里帰り (2)



「行きましょう!」
なんとルヴァは二言返事で賛成した。しかもかなり乗り気なようであった。
これは意外な反応だった。休みがあれば出かけるより本を読んでいたい人なのだ。無理して私にあわせているのかしらと勘ぐっても見たけれどそうでもなさそうだった。
「あなたはどこか行きたいところがあるんですか?」
「特には・・まだ・・・。」勢いに押されて私はくちごもった。
「じゃあ、あなたは忙しいでしょうし、今回は私に任せてくださいませんかー?私が手配しておきましょう」
ルヴァは胸をたたいてみせた。

おかしい。何かがおかしい。普段なんでも私の意見を聞いて、たいがいはそのとおりにしてしまうこの人が、今回はいやに積極的だった。
(まっ・・・・いいか・・・・たまには・・・。)私は腑に落ちないながらも彼に従うことにした。どこに行く気か知らないけれど、めったに自己主張しないこの人がここまでやる気を出しているのだもの、私も彼の思い通りにさせてあげたかった。



そして一週間後―――
「はい。これチケットです」
ルヴァから手渡されたチケットを何気なく受け取った私は愕然とした。
「るっ・・・ルヴァっ!こっ・・・これっ・・・・これって・・・・。」
渡されたチケットは主星の首都から私の実家のある都市へ向けての地方便のものだった。
「はい。主星の国内線のチケットですよ。」
「もしかして・・・・もしかして・・・・」
「そう。帰るんですよ。俗に言う『お里帰り』ってやつです。」
「だって、私、帰らないって、前にも言ったじゃないですか。ずっとここにいるって・・・・・」
「ちょっと顔を見せに帰るだけですよ。いい機会じゃないですか。」
「・・・・・・・・いやです。私、帰りません!」
きっぱりと言い張る私を見て、ルヴァはちょっぴり困ったように首を傾げた。
「アンジェリーク?」
「だって、主星ではもうすっごく時間が経ってるんですよ。みんなもう私のことなんか忘れてるもの」
「・・・・そんなわけないでしょう、親子なんですから。」ルヴァはあきれたように言った。
「パパもママもおじいちゃんおばあちゃんになっちゃって、生きてるかどうかも分かんないし・・・・」
「縁起でもない。ご健在ですよ、みなさん。」
「そんなことどうしてご存知なんですかっ?」
「あっ・・・・」私の言葉にルヴァは慌てて口を押さえた。
「あっ・・・・じゃ、ありません!」私は思わず叫んだ。
「私に黙って調べたんですね・・・どうしてそんなことするんですか?」
「だって気になるじゃないですかー。あなたのご両親ってことは私にとっても親同然でしょう?」
「そんなこと言ったら、ルヴァのご両親だっていないじゃないですか。私の親だってもういません!」
「アンジェリーク・・・。そんなこと言うもんじゃありませんよ・・・。」
「知りません!とにかく主星になんか行きませんから!」
「アンジェリーク・・・・・。」



私は部屋に戻るとベッドに突っ伏した。
主星には帰らない―――。この話は前にもルヴァにしたことがあったし、ルヴァは何も言わなかったから、もう分かってくれていると思ったのに・・・・。


いつもほとんどルヴァの部屋に入り浸っている私は、自分の部屋はほとんど荷物置き場みたいなもので、ここで過ごすことは皆無だった。慣れないベッドの上で、私はしばらくぼうっとルヴァが迎えに来るのを待っていた。いつもならこんな時、ルヴァは私を一人ぼっちにしておいたりはしない。心配そうにやってきて、遠慮がちにノックして、私がドアを開けるまで決してあきらめずにずっと待っていてくれる。そして言うのだ。「アンジェリーク。すみませんでした。あなたの気持を考えもせずに・・・・」そうして優しく抱きしめられるだけで、私はもう何に腹をたてていたのかさえ忘れてしまうのに・・・・。


その日ルヴァは部屋には来なかった。
そして私達は冷戦状態に突入したのである。








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