里帰り (3)



次第に機嫌が悪くなる私をあの人はわざとのように放置した。

私はその日の守護聖全員に向けた連絡事項を、他の人のは自分で持っていったけれど、ルヴァの分だけは女官に頼んで届けてもらった。ルヴァからはいつもどおり一番先に返事が届き、しかもいつもどおりルヴァのレポートには、私の仕事に役立ちそうな情報の抜書きが添えられていた。
ちょっぴりほだされそうになるのを(こんなことで誤魔化されるもんですか!)と、自分で自分を叱り付けた。
今度という今度はあの人の勝手な先走りを許すわけには行かないのだ。

私は伝言で「今週は毎日遅くなります。待たないで先に退出してください。食事は聖殿でいただきます。」という内容をかなりぶっきらぼうに彼に伝えた。これも矢のような速さで返事が戻ってきた。
「分かりました。無理しないで下さいね。何か手伝えることがあったら言ってください。」
いつもどおりの調子で、それがまた私にはカチンと来た。

(忘れたフリをしようとしたって、そうはいかないんだから!)
私は急ぎじゃない仕事まで引っ張り出してたっぷり夜中まで残業した。そして、家に着くなり自分の部屋に直行してルヴァと顔を合わせないまま一人で寝てしまった。

更に翌朝、「今日は早出しなきゃならないから朝ご飯は要らないわ。今週はずーっと要らないから。時間が無いからもう行きますね。馬車は着いたらすぐ戻します」執事さんにそう言い捨てて、私はさっさと出仕してしまった。
これでもうルヴァにも私がどれだけ腹を立てているかが分かるはずだ。


その日の定例の謁見で、集まった守護聖の中で、私は殊更にルヴァのことを無視した。
他の方の発言には誠意と笑顔で対応したけれど、あの人の質問には目も合わせずに、どうしても言わなければならないことだけ、かなり事務的に答えた。
こっそり目の隅で盗み見ると、ルヴァはそれでも平然としていつもどおりの笑顔すら浮かべている。それを見て私は更にカッとなった。前からこういうふてぶてしさのある人だとは思っていたけれど、今ほどそれを憎らしく感じたことはなかった。これじゃあ一人でハラを立てている私が馬鹿みたいじゃない。


「あんたたち、ケンカしてんの?」みんなが退出した後、陛下が妙に嬉しそうに私に言った。
「べっ・・・別に・・・。」平静を装ってみたものの、上手くはいかなかった。
「じゃあ、今日、聖殿に泊まれば?あんたが泊まるんなら、私も今日はここに泊まるわ。」
「ホント?」願っても無い言葉だった。深刻に帰りたくなかったのだ。
「じゃあ、明日もあさっても泊まってもいい?今週ずーっと泊まってもいい?」
「いいわよ。あんたが夜中まで働いてくれればそのほうが私も助かるし。」
「・・・・・・・」
ちょっとひっかかるところはあったけど、それでも私は嬉しかった。
私は再びルヴァに「今週はずっと聖殿に泊まります」とだけ、伝言を送った。さすがに今回は返事が来なかった。




そして、嵐は出発前夜に訪れた。

深夜ひっそり、私は館に戻った。聖殿に置いてある着替えは尽きてしまったし、明日から陛下も休暇に入る。さすがにいつまでも聖殿に泊まりつづけるわけにも行かなかった。

なかなか寝付けずにベッドの上でぼうっとしていると、ノックもせずにいきなりルヴァが押し入ってきた。

「まだ仕度してないんですか?」私を見るとあきれたようにルヴァが言った。
「だって、私行かないもの」
「・・・・まだそんなことを言って・・・。」
「そんなに行きたければひとりで行けばいいでしょう!私は絶対行きませんから!」
「・・・・・・・」
わずかな沈黙の後、ルヴァはいきなり私のクローゼットをあけると旅行かばんを引っ張り出して、その中に私の洋服をたたみもしないで詰めだした。
「やめてよ!そんなことしたって行かないんだから!」私はびっくりして、思わず手近にあった羽枕をルヴァに投げつけた。枕は命中して羽根が派手に散らばったけど、ルヴァはお構いなしで今度はドレッサーに歩み寄ると手当たり次第に化粧道具を鞄に押し込み始めた。その勢いに私は震え上がった。今までルヴァのことを怖いと思ったことは無かった。だけど今日のルヴァは怖い。すごく怖かった。

「やめてったら!」
私は枕もとにあった人形やらぬいぐるみやらを、ルヴァに向かってめくらめっぽうに投げつけた。手に触れたままに思わず投げつけた小さな置時計が、ルヴァの頬をかすめた。頬が切れて、そこからちょっぴり血がにじみ出した。

私はその場に凍りついたようになった。
よければいいのに。よけてくれればよかったのに・・・・・。


静かにルヴァが私を見た。
(ぶたれる!)なぜかそう思って、私は身をすくめた。そのくらいルヴァは怒っているように見えた。


「明日の朝までにちゃんと支度しておきなさい」

聞いたことも無いような低い声でそういうと、ルヴァは部屋を出て行った。






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