里帰り (4)



そして翌朝―――

私はふてくされたまま、朝食に一口も口をつけなかった。
ルヴァは平気な顔でさっさと自分の分をたいらげると、「行きましょう」と、腰をあげた。

私は結局、自分で荷物を用意していた。昨日の様子ではどんなに反抗したところで連れていかれるのは明らかだった。どうせ行かねばならないのなら皺だらけの服を着させられるのはごめんだった。

馬車の中でも、次元回廊でも私達は黙ったまま、ひと言も口をきかなかった。
沈黙を重く感じたのは私だけで、ルヴァは全く気にならないようだった。ルヴァはさっさと本を広げると私の不機嫌なんかどこ吹く風で平然と読みふけりだしたのだ。
本当にこの人ってどんな神経をしてるのだろう。私はむしろ羨ましくなった。


主星の空港までは思いのほか早く到着してしまった。刻々と運命のときは近づいている。国内線に乗り込むと私はもう不安に押しつぶされそうだった。

最後にあってから主星の時間では10年近く経っているはずだ。パパもママも年を取ってるに違いない。二人に会って、平静でいられる自信がなかった。残酷な時の流れが私達の間を隔てている。今会ったとして、次は?もし次に会えたとしても、その時はパパもママもきっとおじいちゃんとおばあちゃんになっている。そしてその次は・・・・その次はどうなるの?

考えたくなかった。もう会えないって、そう思ったほうが気が楽だと思った。だから忘れようとしたのに・・・・それなのに・・・・。
私は恨めしげに隣で平然と読書にふけっている夫を見やった。優しいけれど鈍感なこの人には、そういう私の気持はさっぱり通じていないらしい。


目をそらしかけた瞬間―――。
私の視線は彼が持つ本の背表紙にくぎ付けになってしまった。背表紙は、上下が逆向きだった。それに出かけたときからずっと同じ本を読んでる。いつものこの人のペースなら、軽く三冊は読むくらいの時間が合ったはずなのに・・・・。

私はふいに夫が本なんか読んでいないということに気が付いてしまった。ルヴァの視線は、同じページのおんなじところを、ただ行ったり来たりしている。私はルヴァが私以上に緊張していることに気がついた。頬には昨日の傷がうっすらと残っている。目がちょっぴり赤かった。昨日は寝ていないのかもしれない。


「・・・・・・・・・・・」
私は横目でルヴァの横顔を見ながら、大きく息をついた。

私は一人ぼっちだった。とても不安で、心細くて、誰かにすがりつきたかった。そしてそんな私を今助けてくれることができるのは、答えをくれるのはやっぱりこの人しかいない。


「・・・・・・・・・・・」
私は思い切ってルヴァの腕をとると、体を摺り寄せるように彼にもたれた。
「アンジェ・・・。」ルヴァはすぐに読んでもいない本を放り出すと、私の肩に手を回してそっと抱き寄せた。
やっぱりそうなんだ。私達のどちらも、もう一人ではいられないんだ。


「怖いの・・・」
私は今の気持をできるだけ正確に夫に伝えようと言葉を選んだ。
「またすぐに分かれなきゃならないのに、どうして会わなきゃいけないの?」
「アンジェ・・・。」
「会うたびにパパもママもどんどん年をとって、どんどん離れていっちゃうのよ。私、そんなの見たくない・・・・・怖いの・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・」
ルヴァはだまって大きな手で私の髪を撫でてくれた。心配そうに私を見つめるルヴァの目を見ると、私には分かった。ルヴァが私が不機嫌でも平気でいると思ったのは間違いだった。泣いている私以上に、それを見ているルヴァはつらかったに違いない。愛されてるんだ。こんなにも深く。


「ご両親はきっとあなたに会いたがってますよ。」
ルヴァは私の髪をなでながら、優しく言った。
「きっと心配していると思いますよー。試験を棄権して帰ってくるかと思ったら帰って来もせずに、いきなりどこの馬の骨とも分からない男と結婚して・・・・。こんな風にいじめられて泣かされてるんじゃないかと心配してますよ。」
私はルヴァのへたくそな冗談にちょっぴり微笑んだ。
「あー。やっと笑ってくれましたね」
ルヴァが心底ほっとしたようにそう言うのを聞いて、私は素直に「悪いことをした」と、反省した。私のとった態度は予想以上にこの人を苦しめていたに違いない。

「ですからね、あなたが元気で、幸せで、とってもきれいになったところをご両親に見せてあげましょう。それに私もこんな風にあなたを泣かしちゃうこともありますけど、でもあなたのことを本当に愛しているってことを分かってもらえれば、きっとご両親も安心されると思うんですよ。」

相変わらず私の髪をなでながらゆっくり語るルヴァの言葉を聞いているうちに、不思議と私もそんな気持になってきた。不安が完全に拭い去られたわけではなかったけれど、心の枷が取り払われてみると、やっぱり切ないほど両親に会いたかった。

飛行機が着陸準備に入ったことを告げるアナウンスが流れてきた。
私は不安から逃れようと、もう一度ルヴァの暖かい肩に顔をうずめた。




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