砂のつぶやき(3)



あいつの誕生日が終わってから1週間、俺はあいつと顔を合わせないようにとにかく徹底的に、あいつのことを避けた。
しつこく礼を言われるのだけは、なんとしてもカンベンしてほしかった。

ところが、間の悪いことに、そーゆー時に限って、あいつに用事ができちまったんだ。
解析力学の本を借りに図書館に行ったところ、いつもの銀縁めがねの司書が、いつものとおりにこう言ったんだ。
「すみません。ここにはその本は置いてないです。あっ、でも、その本でしたらルヴァ様がお持ちでしたよ。」
まったく、どーなってんだ、これで何度目だ!なんで図書館にねー本が、のきなみルヴァんとこにはあるんだよ!
俺は仕方なくひとしきり悪態をついて図書館を出ると、執務室に戻って珍しくルヴァに伝言をたのんだ。
「本貸せ。解析力学演習。誰かに取りに行かせる。」
使いにメモを渡すと、あっという間に返事が戻ってきた。
「分かりました。屋敷にあるので『自分で』取りに来てください。」

やられた。と、俺は思った。
まじかよ。
しかも執務室じゃなくて、あいつん家ときたもんだ。
俺はとてつもなくブルーな気分になった。


翌日、俺はしょーがねーから、ルヴァん家に行った。
今作りかけてるモンには、その本が必要だったし、ぼんくら図書館が本を取り寄せるのを何ヶ月も待つなんて気の長い真似は、俺にはどう考えても無理だった。

ルヴァは俺が来たのを見て嬉しそうにはしてみせたものの、俺が心配していたようにぐだぐだと礼を言おうとしなかったので、俺は少なからずほっとした。ルヴァはすぐに用意してあった本を俺に渡してくれた。

「すぐにお茶をいれますからねー。」
「茶かよ?水でいーよ、水ねーのかよ。」
「まあそう言わずに・・・・・ほら、あなたがくれた砂時計ですよ。お茶を入れる時にはいつもこれが重宝してましてねー。」
ルヴァが机の上から例の砂時計を取り上げた。

オレは、ルヴァがこの砂時計をけっこう気に入って使ってるのようなのを見て、ちょっとくすぐったい気分になった。この隠居じじいみたいに始終茶を飲んでるやつが、そのたびに使ってんのかと思うと悪い気はしなかった。
だけど素直にここで嬉しそうな顔をするのもどうも癪に障るっつーか、とにかくオレは反射的に逆のことを言った。

「あんだよ、おめー、これを茶ー入れるのに使ってんのかぁ?」
「あれー、いけませんでしたかー?」
ルヴァはびっくりしたように目をぱちくりさせている。オレは更に図に乗った。
「分かっちゃいねーなー。」
「えっ?じゃあ、どう使えばいいんでしょう?」
「みろよ、ここにアナがあいてんだろ?」
「あー、ほんとですね?何するんですか?」
「ここに紐を通して首から下げて持ち歩くんだよ。」
「持ち歩いて・・・・・外で使うんですか?」
「歩いてて、誰かにあうだろ?話し込みそうになったら・・・・・・・」
「なったら?」
「これを引っくり返す!そして3分以内に話す!長話はしない!そうすりゃあ、おめーの長話が減って、聖地の連中のストレスが減るだろ?自然お前の株もあがってくる。サイコーのプレゼントだろーが?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
ルヴァが押し黙った。どうやらやっとこ自分の長話を笑われていることに気付いたらしい。
「悪かったですねえ、話が長くて・・・。」
ぶつぶつと恨めしげにルヴァがつぶやいた。
「分かればいーんだよ。自覚がね―のがイチバン始末が悪いからなー。」
ルヴァは再びぐっと押し黙った。
ルヴァは黙りこくってから怒り出すまでのインターバルが長い。今が潮時だ。言うだけ言うってオレはさっさと立ち上がった。
「あっ、ゼフェル・・・・」
「ほら、3分たったぞ、茶が出過ぎるだろ」
「あっ」
ルヴァが茶に気を取られている隙に、オレは目当ての本を引っつかむとさっさと窓枠を越えててトンズラを決め込んだ。



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