日曜日の恋人 (7)
あちこち駈けずりまわった末、俺はやっと森の湖で膝を抱えて座っているアンジェリークを見つけた。
アンジェリークがまだ泣いているのを見て、俺はひとつおおげさに咳払いをした。
「よっ!どないしたん?こんな時間にこんな淋しい場所でたそがれとったら、お化けが出るで〜! 」
「チャーリーさん・・・・。」
振り向いたアンジェリークの目は真っ赤になってた。
俺は黙ってアンジェの横に腰をおろした。
「なぁ、何かあったんなら話してくれへんかなぁ?・・・・俺なんか、相談相手にならんか?」
アンジェは俺から目を背けると、膝っ小僧を眺めたまま呟くように言った。
「私、決まったんです。・・・女王に・・・・・。」
――「あ・・・・おめでとう。」
言いながら、言葉が石のようにのどの奥でつかえた。
アンジェリークが女王になる・・・・・?
当然や。そのために試験受けてるんやから。アンジェかレイチェルかどっちかが女王になるんは当たり前やった。
そやけど俺は・・・・俺は正直言って、そんなことすっかり忘れとった。アンジェが女王になるなんて、そんなこと考えたことも無かった。
アンジェは突然また、声を詰まらせて泣き出した。
「おめでたいんですか?私が女王になって、それっておめでたいことですか?チャーリーさん、私が女王になって嬉しいんですか?」
「アンジェちゃん?」
「あたし、普通の女の子なんですよ。私なんか、何にもできない。宇宙を守るなんて・・・あたしには、無理・・・・そんなの、無理ですよ・・・・。」
俺はアンジェが声を上げて泣きじゃくり始めたのを見ると、もう矢も盾もたまらず、彼女のほっそい肩を両手で掴んだ。
「・・・・落ちつくんや・・・・」
「チャーリーさん・・・?」
アンジェが泣きべそかいたまんまの顔で俺をみあげた。
「・・・・誰が決めた?」
「えっ?」
「フツーの女の子は女王になれへんとか、女王になったら普通でいられへんとか?誰が決めたんや、そんなこと。どこの法律に書いてある?あんた、自分で試したんか?」
「・・・・・・・・・。」
「もっと自信持ち。あんたは誰にも負けないあんたや。あん時だってそうだった。フツーのあんたの願いを、普通じゃない守護聖さんたちが一生懸命叶えようとしとったやないか?・・・・あんたには、自分では気付いてないかもしれへんけど、すっごい力がある。いつも優しくて、一生懸命で、あんた見てると放っておけなくて、「あーあんたのために、何かしてあげたいなー」って、自然ーとそんな気持になるんや。それって普通のことやないやろ?・・・・・・
それはな、あんたがみんなのこと大っ好きで、あんたの心の中に愛がパンパンに詰まってるからや。それはあんたがもってる、ものすごい力や思うけどな?」
「でも・・・・あたし・・・。」
「女王になるのがいやなんか?」
「そうじゃなくて・・・・。」
「そうじゃないんやろ?助けたい、育てたいと思うてんのやろ? だったら、やらな。 女王になったらええやないか?」
「でも・・・・私が女王になったら・・・・・もう買い物なんてできないし、チャーリーさんとだって会えなくなっちゃうんですよ。」
「会える!」
俺はきっぱり、断言した。
「チャーリーさん・・・。」
「あんたがひと言『会いたい』言うてくれたら、俺、聖殿だろうが地獄の釜の中だろうが、どこへでも駆けつけたる。毎週日曜日会いに行って、あんたの執務室で直営店開いたる。そこではあんたフツーでいてええんやからな?泣いたり笑ったり、ニコニコしながら買い物するフツーの女の子でいてくれたらええんや。心細いなら俺が支えたる。あんたのことばっちり守ったる。あんたが宇宙のこと幸せにしてやれるように、俺がまず、あんたのこと、幸せにしたる!」
アンジェが両目を落っこちそうなくらい見開いて、俺を見た。
俺はとっさに告白する決心を固めた。女王だろうが召使だろうが、社長だろうが泥棒だろうが、そんなん何も関係ないっ!俺があんたを好きなんや!
「ええか!回りくどいのニガテやから、ずどんと直球勝負で行くで!俺・・・あんたのこと好きや。めちゃくちゃ好きや。どうしようもないくらい、もう、頭おかしなりそなくらい好きなんや。好きや好きやあんたが大好き〜!!!」
「チャーリーさん・・・声、大きい・・・・聞こえちゃう・・・。」
「かまわんもん!聞こえたかて俺、ゼンゼン恥ずかしないでー。こんっなめっちゃかわいい女の子、好きにならんオトコがどうかしてるわー!好きや!アンジェリーク!愛してる〜!」
「もう、分かった・・・分かったから・・・チャーリーさん・・・・恥ずかしい・・・・。」
「あんたが女王になるんやったら、それでもええ。 あんたの任期が終わるまで、俺待ってるから・・・。 いや、待ついうのは嫁さんにするのを待つってだけのことやで?俺は黙って指くわえてたりするオトコやないからな!女王様だろうが女神様だろうが、あんたを徹底的に幸せにしたる!無茶苦茶幸せにして、もう幸せで幸せで、幸せが宇宙中にだーっと溢れ出すくらいの、メガトン級の幸せやで!」
くすっ・・・・・。
アンジェリークが笑った。
「笑ったな・・・・。あんたやっぱり笑顔がサイコーや。」
やっぱりあんたの笑顔はサイコー。俺の心の中の数日分のもやもやが、アンジェの笑顔見たとたんに、さーっと引いていった。
俺はもう我慢できへんかった。
小っちゃな体を引き寄せると、アンジェはすとんと俺の胸の中に収まった。
柔らかくて、あったかい、優しい匂いのする体。
アンジェリークはびっくりした顔のまま、放心したように俺の胸に頬を寄せている。
「返事は・・・・?まだ聞いてへんけど?」
だめだなんていわせる気、さらさらなかったけど、俺は念のため聞いた。
「えっ?・・・あっ・・・その・・・。すっ・・・好きです。・・・よろしくお願いします。」
返事の最後まで待たずに、俺は抱きしめる手にぐーっと力を入れた。
俺が宇宙きっての大財閥の社長だってことを白状しても、アンジェリークはにっこり笑って「そうだったんですかー」と言ったきり、動じた風も無かった。
俺の名前には妙にこだわったくせに、肩書きの方にはテンから興味が無いらしい。まっ、そんな欲の無いとこが俺のアンジェちゃんのカワイイとこなんやけど・・・。
「毎度ー!ウォン・コーポレーションですぅ!」
日の曜日、俺はいつもの通り陛下の執務室のドアをノックする。
「たこ焼き屋台セット12台、お持ちしましたー!」
中から「きゃーっ」とかいう、かわいいあの人の歓声が聞こえてくる。
バタンと扉を開けて出てきたのは、補佐官になったレイチェルちゃんやった。
「あー。レイチェルちゃん!まいどー!」
「まいどじゃないって!!・・・あんたタチ、本当に聖殿の廊下で模擬店やる気?」
「ええがな、日曜日やもん。固いこと言いっこナシや。ほら、試作品のたこ焼き!試食してみ!うまいでぇ〜!!」
「あたし、タコ切りますねー。」
パタパタと足音をひびかせてアンジェちゃんも飛び出してきた。
「もーっ、アンジェ!陛下がタコなんか切っちゃだめだってー!あっ、でも、コレ美味しいかも?」
「いいじゃない?遊ぶ時は遊ぶ!あっ、レイチェルも手伝って!うわー、このタコすごく新鮮だぁ!」
「全くもー。しょうがないなー。あっ、じゃあたし山芋おろすねー。」
毎週日の曜日は俺たちの大事なデート日なんやけど、俺ら二人のお祭ずきでサービス精神旺盛な性格が災いしてか、なかなか二人っきりでええムードになれるチャンスは少なかった。
だけど・・・・。
「うわぁ!本当だ、すっごくおいしい〜。タコ大きい〜。」
試作品を一口頬張ったアンジェが、こぼれるような笑顔になった。
まっ、ええわ。この笑顔が見られれば・・・。
この忍耐と献身のオカエシは、全部ツケにしといて、俺の嫁さんになった後で、全部まとめて返してもらお!
「うまいやろー?全国のたこ焼き食べまくって作った究極のレシピやでー!」
「すごい!おいしいです〜!」
物騒な俺の思惑も知らんと、かわいい天使はまた俺に向かって蕩けそうな笑顔を浮かべた。
=完=
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