日曜日の恋人 (6)


アンジェが言い出したアイディアは、お好み焼き野外パーティー。というものだった。
公園で俺とアンジェちゃんでお好み焼きを焼きまくって、来た人に振舞うというもので、これはお祭ずきな俺のハートをくすぐる実に絶妙な企画やった。

その日アンジェちゃんは、真っ白いエプロンをきりりとしめて、朝から俺が厳選して農家から取り寄せた無農薬キャベツを刻んでいた。

「アンジェちゃん、こっち、タネ切れたわ」
「はーい。ただいまー。」
両手でナベを下げてにこにこ返事するアンジェちゃんを見てると、どーも妙な錯覚に走ってしまいそうやった。まるでアンジェちゃんが俺の嫁さんにでもなったような・・・。
「・・・どうしたんですか?チャーリーさん?ぼーっとしちゃって」
目の前でアンジェがひらひらと手を振る。俺ははっと我に返った。
「あっ。あー何でもあらへん。何でもあらへんよー。おおっ、あかん!こっち側こげてまう!」

「何か、あやしいよなー、おめ―ら。」
突然お好み焼きの皿を手にしたままのゼフェル様が、俺らの前で立ち止まった。
「はっ?」
「えっ?」
「おめ―が俺らに礼をするのは分かるけどよー。なんでアンジェがおめーを手伝ってるんだ?こないだもそーだったろー?」

俺は慌てた。
そら、俺はええけど・・・ウワサになったって、むしろ嬉しいくらいやけど・・・・。そやけど、そんなことでアンジェちゃんがジュリアス様やら誰やらに叱られるようなことになったら、それが原因で試験に影響がでるようなことになったら、そらもう、すまないどころの騒ぎじゃなかった。俺は慌てて力いっぱい弁解した。
「そら、誤解ですわー。ほら、アンジェちゃんは面倒見がええお人やから・・・。さすが女王候補さんともなると、困った一般民間人を放って置けないって言いますかー、まあ、それだけのことですわー。なぁ、アンジェちゃん・・・?って・・・あれ・・・?アンジェ・・ちゃん・・?」
さっきまで隣にいたアンジェは、何時の間にか元の調理台に戻ってうつむいてキャベツを刻んでいた。ゼフェル様はまだ何や納得がいかんような顔をしつつも皿を手に向こうへ歩いていかはった。





お好み焼きパーティの日を境に、アンジェリークはぱったりと店に来なくなった。

励まし鳥の売れ行きは好調だった。
チップを設計したおっちゃんは、10日くらいして帰ってきた。 金が入ったんで、娘や息子のところを順番に訪ねまわってきたらしい。おっちゃんの行方不明はただそれだけのことだった。
不良部品の1件は良く良く調べたところライバル社の工作だということが判明した。、その会社とは訴訟中だった。証拠が後から後からぼろぼろ出てきよったんで、こっちもまず負ける気遣いはない。今回のドタバタの落とし前はきちっととらせるつもりだった。
何もかもが片付いて、元通りになって・・・・だけど、俺の気持だけは後戻りが出来んようになっとった。

あれから何か俺はおかしかった。
毎週月曜から金曜まで分刻み、秒刻みで動きながら、ふっと気が付くと日曜日を待っている自分に気が付いてしまう。
会議が終わるとアンジェ、商談が終わるとアンジェ、食事の間もアンジェ、ベッドに入ってもアンジェ・・・・・。頭ん中で、彼女の笑顔や、真剣な表情がくるくる回って離れなかった。
日の曜日になったらなったで、俺は朝早くからそわそわと落ち着かなかった。
店を広げて、縁台いっぱいに彼女の好きそうなもん並べて待っているのに・・・・。
ずーっと待っているのに、彼女は一向に来なかった。

なんで一度でも顔出してくれへんのやろ?
あんなにしょっちゅう来てくれとったのに。
試験で忙しいんやろか?具合でも悪いんか?
俺何か自分でも知らん間に、何か彼女の気ぃ悪くさせるようなこと言ったんやろか?

・・・・・・ こんな気持は初めてやった。
だらだら悩んだことなんかない。思い切りのよさが性分やのに・・・・。

こんな時、守護聖さんらは羨ましい・・・・俺は思った。
来なきゃ来ないで、あん人達には、こっちから尋ねていく理由がいっくらでもある。
俺にはなんもなかった。商品売りにいくんか?それじゃまるで押し売りや・・・。


あかん・・・こんなん、どう考えても俺らしないわ。
俺は売り物台を叩いて立ち上がった。
俺は、大胆不敵にも女王候補寮に押しかける決断をした。
用事あろうが無かろうがそんなん関係ない!行きたいなら、行けばいいんや!
別に問題ないやろ、友達同士なんやし・・・・。心配やし・・・・・。
よっしゃ、そうとなったらさっさと店の片付け終わらせて・・・・。

大急ぎで屋台を倉庫にぶち込んだ後で、俺はシャトルの鍵を落としたらしいことに気が付いた。
あっちゃー。最近本当にヤキがまわっとるわ。
俺は慌てて庭園に引き返した。落とすんなら屋台のへんに決まっとった。
日が暮れて宵闇に包まれた庭園は、昼とは違ってなんか大人のデートコースみたいなええムードやった。
鍵はあっさり見つかった。
それじゃこれから寮に乗り込んだれ!と気合を入れなおしたそのとたん。

ガサッ――

背後の茂みが揺れて、そこから真っ白な人影が、ものすごい勢いで駆け抜けて行くのが見えた。
・・・・・アンジェリーク?
走っていく人物は少し離れて立っていた俺には気付かんかったようだった。その後姿は間違いなくアンジェリークやった。何でこんな時間に?しかも・・・泣いとった?

俺は嫌な予感がして、アンジェリークが出てきた角を曲がった。

嫌な予感はビンゴやった。
そこにはいかにも「私達デート中です!」みたいな、寄り添うルヴァ様と補佐官さんの姿があった。

これは・・・・これはもしかしたら・・・・。
このシチュエーションは間違いなかった。
俺は頭にカーっと血が昇ってしまった。
あんな可愛い子振るなんて、しかも泣かせるなんて・・・
俺は後先考える余裕も無く、猛然とルヴァ様に突っかかって行った。

「ルヴァ様っ!」
「あー、商人さん。・・・今、店じまいですかー。遅くまでご苦労様ですー。」
「何をぶっとぼけてっ!」
「はっ?」
「いくらあんたさんが相手でも許せることと許せないことが・・・・。」
「えっ?あっ・・・商人さん?」
俺は思わずルヴァ様のハイネックの襟首に手をかけていた。
「ちょっ・・・ちょっと、商人さん!!」
補佐官さんが慌てた声を出したけど、俺はもう止まらんかった。
「泣いとったやないですか?走ってっちゃったじゃないですか?あんた何言わはったんですか?何考えてはるんですか?女の子振るにしたって、もっと傷つけない言い方いうものがありますやろ!!」
「あらやだ商人さん、それはゴカイですよぉ。」
となりであっけに取られていた補佐官さんが、いきなりケラケラと笑い出した。
「ゴカイもヘチマも・・・・。」
「だって、あの子、私たちが恋人同士だって、とっくに知ってますよ。婚約祝いにペアの湯呑みもらったくらいですもん!・・・っというか、ここじゃみーんな知ってますよー。ねーっ、ルヴァ?」
「ねーっ・・・って?・・・・はぁ?」
「げほっ・・・。ええとですね、商人さん、それは誤解ですよ。・・・・私たち、ここで彼女と偶然会って、彼女の相談に乗ってあげてたんですよ。」
「相談って・・・・なんの・・・?」
ルヴァ様は気を悪くした様子も無く、俺に向かってにっこりと微笑んだ。
「それは・・・・あなたから本人に聞いた方がいいと思いますけど・・・。」
補佐官さんがアンジェの走り去った方を指差して言った。
「追っかけなくていいんですかー? 」

――そうだ!追っかけな!

俺は二人に詫びるのも忘れて、後を振り向きもせずにアンジェの後を追いかけた。
取り残された二人はこんな会話をしとったらしいが、それは俺の預かり知らぬことだった。



「あー。商人さんもなかなか足が速いんですねー。」
「ルヴァ様だって、あの時私を追っかけてきた時はびっくりしちゃうほど速かったですよー。」
「ええ?そうでしたっけ?」
「そうでしたよぉ・・・・」
「そうですねぇ・・・大事なもののためには誰だって必死になりますからねー。 」
「ふふっ・・・そうですねっ!」
「ところで、・・・・・・誰もいなくなりましたね。えっと・・・、さっきの続きをしてもいいですか?」
「はい・・・ルヴァ様・・・。 」

 back   next

創作TOPへ