First stage: どうせ、夢見てるみたいなもんだろう? Oscar
どうしようもないことなんか いくらでもあるだろ?生きてれば いちいち泣けばいい
怒鳴りゃいい、震えていい 僕らは黄色月亮 クールになんかなれないよ 手に入らないものを 持ってるやつを羨んで
多いとか足りないとか 気がつけば、また数えてる 僕らは黄色月亮 利口じゃなくて上等さ だけど這いつくばってる僕から
君だけは目をそらさないで 性懲りも無く、僕を照らしてよ それだけで僕はまた笑える 何度でも立ち上がれるから Oh・・・今夜も出てるよ黄色月亮
照らしておくれよ黄色月亮 
ある、雨降りの夜だった。 俺は某ロックシンガーのコンサート会場にいた。 久しぶりにヤツらの曲を聴くのを楽しみにして来たんだが・・・
3曲もたなかった。 うまい・・・確かに相変わらずテクニックは抜群だった。 だけど何かが違う・・・前はもっとこう・・・とにかくこんなに大衆趣味じゃなかった。
最近のファンは何にも感じてないみたいで盛り上がっていたけれど、俺はなんとなく続けて聴くのが苦しくなってきた。 ため息をつき、首を振りながらドアを押し開けると、
同じように両側の扉から首を振りながら出てくる二人の男が目に入った。 それが俺とあの二人―――ルヴァと翡翠との出会いだった。 何となく、俺達は並んで会場を出て、誰が誘うとも無く並んで一軒の飲み屋の扉をくぐった。
それから、 「昔のあいつらはすごかった」とか 「あの時のライブはどうだった」とか そんなハナシをするうちに、俺達は自分達の音楽の趣味がかなり近いことに気がついてきた。
「バンドやらないか?」 いったい誰が言い出したのか今となっては分からない。 とにかく俺達三人がバンドを組むことになったのはこんな偶然からだった。
店を出た直後、雨上がりの空にかかった黄色い三日月を見上げて、翡翠がこんなことを言った。 「黄色い月は人を惑わせると言うけれど・・・
どうなんだろうね? 案外惑わされているようで、正気に戻っているのかも知れないね。」 ―――バンド名が決まった。
『黄色月亮(ファンサー・ユエリャン)』 それが俺たちのバンドの名前になった。
ギターとボーカル担当のルヴァは妙なヤツだった。 「歌えるか?」って聞いたら「はい」って返事するもんだから、てっきり経験があるのかと思ったら、こいつはバリバリのシロウトだった。歌ったことがあるというのは、つまり小学校の聖歌隊のことだったらしい。
ところがこいつ、楽器を鳴らすと何かがブチ切れたようにメチャクチャハードに歌い出した。 音域は・・・確実に4オクターブは出てるだろう。ときどき音がカッ飛ぶんだが、それが大して気にならないくらい、伸びのある高音には独特の色気があった。
あまり自分の話はしたがらないが、どこかいいとこのボンボンらしいということは一目で見て取れた。かなり高価なブランド物のスーツを実に当たり前に地味に着こなしている。夏でも行儀良く着込んだ長袖の上着を脱がない。
そしてコイツ、歌ではかなりキレるくせに、MCの時はマイクを向けただけで真っ赤になってヒトコトもしゃべろうとはしなかった。 ドラムの翡翠は、どこか得体の知れない男だった。
こいつも自分のことは一切しゃべろうとしない。 スタジオに入る時と、出る時と、いつも違う女を連れている。それもフツウの女じゃない。一流のファッション雑誌のグラビアを飾りそうな突拍子もない美女ばかりだった。
ドラムの腕は、はっきり言ってプロじゃないのが不思議なくらいだった。 ドラムの面とピックの点の、コンマの接触から叩き出されるその音は、刃物のようにシャープで、それでいて度肝を抜くような力強さがあった。
ハードな曲を続けざまに叩きながら、汗もかかない。息も乱さない。聞いているものだけシャカリキに熱くさせておいて、当人は涼しい顔なのだ。 携帯の番号が月単位で変わる。底なしに飲むくせに酔ったところを見たことがない。
・・・・・とにかく謎だらけの人物だった。 ベースの俺は・・・こいつらの中じゃ、多分一番まともだろう。
総合商社の海外部で主にプラント関係の仕事をしている。 今年の春まで中東にいた。2年がかりのプロジェクトが一段落したというので、本社に呼び戻されたところだった。多分、来年にはまた別な場所に駆り出されるんだろう。
バンドを始めたのは、それまでの間のほんの暇つぶしのつもりだったわけだ。 特別な宣伝はしない。オリジナルしか歌わない。2ヶ月に一度、決まったハコでライブをする・・・・・。
そんないい加減な俺たちのライブ活動はいい加減にやってる割には良く客が集まった。 『ファンサー・ユエリャン』、この他愛もない暇つぶしのお遊びが、やがて俺達の運命を大きく動かすことになるんだが・・・・・・、
その時の俺達は、まだ誰もそのことに気づいてはいなかった。
next
stage |