4th stage: 捨てようとしているのだろうか?それとも、探そうとしているのだろうか・・・・。


翡翠

「・・・あなたは不思議な人ね。」
隣の女がグラスを片手に嫣然と笑う。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?あなたの正体?・・・仕事、何やってるの?社長さん?」

「困った姫君だね・・・そんなこと聞いてどうするつもりかい?」
銀を散らした臙脂色の爪先を、女はそっと私の腕に絡ませてきた。
「あら、あなたのことなら何だって知りたいわ・・・だって何一つ知らないんだもの。」

「職業は・・・そうだね・・・世間では「海賊」と呼ばれているようだね。」
「・・・・海賊?」
女の瞳が驚いたように大きく見開かれ・・・そして笑み崩れた。
「あなたパイレーツなの?・・・クールだわ。
それじゃ、浚ってくれる?私のことも・・・荒々しく・・・・・。」


(・・・・・悪いが私は大物しか狙わないんだ。)

胸に浮かんだ皮肉な言葉を、私は瞬時に差し障りの無いものに変換した。
「可憐な花を手荒く扱うような無粋な趣味は持ち合わせないのでね・・・。」
「・・・はぐらかして・・・意地悪ね・・・・。」
女は拗ねたように唇を尖らせた。

「ねぇ・・・次はどこに連れて行ってくれるの?」
上目遣いに見上げる瞳は、はっきりと媚を含んでいる。かなり酔ってもいるようだ。
そろそろ潮時だろうね・・・・・・・私はゆっくりと腰を上げた。


「そうだね・・・君の部屋はどうだい?」







「それじゃあ、ちゃんと送り届けたからね。ゆっくりお休み・・・・。」
「上がって行かないの?・・・遠慮しなくていいのよ?」
「・・・・それはまた次の楽しみにとっておくよ。」
「ねぇ・・・。本当に、いいのよ・・・・・。」

腕を掴んだまま、女は依然として上目遣いにこちらを見ている。
かなり色気のある部類に入る女性なのだろうけれども、あいにく最近の私はその種の「色気」というものにさっぱり興味が持てずにいた。

「ねぇ・・・・。入って・・・・?」
更にしなだれかかってくる体を私はゆっくりと押し戻した。
そろそろ明確に意思表示をしないと本当に解放してもらえなくなりそうだ。


「やれやれ・・・『誰とでも寝る』のは『一人で寝る』よりはるかに味気ないと思わないかね?」


女の眉が瞬時にきりりと上がった。

「何よ・・・意気地なし!」

鼻先で勢い良くしまったドアを見て

「・・・慎重と言って欲しいね・・・・。」

私は苦笑しながら踵を返した。







ここの暮らしは悪くない。
誰も彼もがお互いに深くは干渉せず、風のように擦れ違いながら生きている。
人は自分の才量で自分の行きたい道を選び、すべて自分でその責任を取る。
至極、合理的に思えた。ここは案外私の性に合っているかも知れない。



ただ・・・



―――「翡翠さん・・・・。」



いる筈も無い人の声に私は足を止め、振り向いた。



「・・・・・・・・・・・・・・・・」



肩をすくめると、私はまた歩き出した。




全部捨てたつもりだった。

どうして今更、彼女のことを思い出すのだろう?

執着しているのだろうか?
手に入れたかったのだろうか?彼女を?
手に入れて、それでいったいどうしたかったというのだろう・・・・?



「くだらないね・・・・・」



つぶやくと、私はゆっくりと街灯の灯る街角を歩き出した。








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