5th stage: 子猫は知っていた。俺も気づいてた。
Oscar

日曜日、家で仕事の書類を整理しているところに1通のメールが飛び込んできた。

―――「猫は元気でいて?」

件名のない、1行だけのメール・・・・誰からかはすぐ分かった。
俺は同じように1行だけのメールを返した。

―――「ロザリアは元気だ。すっかり俺になついて甘えてるぜ」

チャットのような勢いで次のメールが来た。

―――「私が誰だか分かってるの?」
―――「ロザリアの第一発見者だろ?」俺も即座に返信した。

また、返信が来た。

―――「あの子の顔を見たいの。今から行っていいかしら?」






指定した駅前の喫茶店に、彼女は5分と遅れずに姿を現した。
「よう・・・・。」
「・・・・元気だった?」
彼女は俺には見向きもせずに、俺の腕からロザリアを抱き取るとレースの襟飾りに子猫の爪がかかるのもかまわずに頬擦りした。
子猫はまるで彼女のことを覚えているかのように「みぃ」と小さく鳴いて喉を鳴らした。



「・・・・お見合いしてきたのよ。」
アイスティーのストローから唇を離すと、彼女はどこかやり切れなさそうにつぶやいた。
「それはそれは・・・」
「『紹介したい人がいるから』って親に言われて出かけてみたら・・・・・サイアクだったわ。この子の顔でも見れば気分が直るかと思って。」
「なんて、な・・・本当は俺の顔を見たくなったんじゃないのか?」
「猫よ」
俺の顔を上目遣いに睨んだまま彼女は答えた。
「・・・・で?気分は直ったか?」
「少しは・・・」
「ほら見ろ」
「・・・・あなたじゃなくて、『猫』よ」


子猫を胸に抱いたまま、彼女は少しずつ話し始めた。
「有名大学を卒業してそのまま海外に留学、博士号を取得。帰国後は父親の経営する会社に入社して社長業を見習い中、ですって・・・・絵に描いたようなウラナリだったわ。」
「別にいいじゃないか、学歴が高いのも親が金持ちなのも結構なことだろう?少なくとも、そいつのせいじゃない。」
「動物は好きかって聞いたのよ・・・そしたら・・・・」
「そしたら?」
「『血統書付なら』、ですって・・・・。」

「要は気に入らなかったんだろう?・・・断れば済む話じゃないか?こんなところで文句言われたって相手の男も気の毒だろう?」
「そんな気楽なものじゃないわ」
「・・・というと?」
「わたくしだけの問題じゃないのよ・・・断ればいろんな人に影響が出るわ。あなたのような気楽な人とは事情が違うのよ。」

「・・・・似たようなもんじゃないか」俺は肩をすくめた。
「何が?」
「動物が好きかって聞かれて『血統書付なら』って答えるそいつと、好きでもない男と立場で付き合うって言ってる君と・・・俺には大差ないように思えるが・・・・・。」

「・・・帰ります。」
弾かれたように彼女が立ち上がった。

「おい。忠告しとくぞ。」
立ち去りかけた彼女は、俺の言葉に再び振り向いた。
「早まるな。・・・そんな縁談なんか適当にあしらっておくことだ。大体、結婚するならちゃんとした一人前のレディーになってからにするんだな。でなきゃ相手の男も気の毒・・・・・」

―――バシン

頬の上で手のひらが鳴った。
けっこうシッカリした平手打ちだった。スピードも力の入れ加減も文句なし。俺は苦笑いした。


「また会いに来いよ」
「誰が!」
「俺にじゃない・・・ロザリアに、だ。」
彼女は今度こそスカートの裾を翻して走り去っていった。


「なぁにが縁談だ・・・。」
その後姿を見送りながら、俺はつぶやいた。
「まだ、本当の恋も知らないくせに・・・・。」


「みぃ・・・・」
彼女が去った方向に首を伸ばして、妙に淋しそうな声でロザリアが鳴いた。

「・・・・・・・」

動物にはちゃんと分かるのだ。 上辺に出ない魂というものが・・・・・・。
空席になった向かい側の席に目をやると、なぜかあの雨の日の光景が頭の中に蘇ってきた。







翌週、俺は自分から彼女にメールを送った。

―――「例のうらなりはどうした?うまくいってるか?」

稲妻のような勢いで返事が返ってきた。

―――「あなたにそんなこと話す必要ないでしょう?」

俺は肩をすくめて苦笑した。そりゃそうだ。愚痴を言うなと言ったのは俺の方なんだから、彼女に報告する義理は無い。

メールの着信を告げる音がして、俺は再びモニターに視線を落とした。
彼女からのメールだった。

そこにはたったひとこと・・・・・



―――「・・・・・とっくに断ったわ。」







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