恋、と言ふ名・・



気付かなければ良かった・・
この感情には・・

ホンの一瞬前とは世界の色さえかわってしまった。
知らなければ、今までのように
貴女の傍に居られたのに・・
もう・・微笑みながら貴女の隣りに居られない。

ああ・・この身の奥底から沸き出ずる衝動が、
恋でなくて一体何だと言うのだろう。

迸る熱に煽られ、
我と我が身を焔(ほむら)に晒し・・
貴女と共にこそ燃え落ちたい・・と、
願う思いが、恋でなくて
例えば何だと言うのだろう。


貴女が、春の陽射しのように煌き、
輝く度に・・
私の中に在る闇は、際立つ。

そして・・恋と言う名では
言い表しようもない程の
烈しいこの魂の渇きを・・

・・己の影を思い知る。




届かぬ思いと眠れぬ夜は、
日を追うごとに質量を増して、
私の枷(りせい)を切り崩す。


宇宙(そら)総べるのに誰より相応しい・・
癒しの腕(かいな)を持つ、貴女。

貴女の枕元にある、読み止しの本の如くに
無邪気で健やかな心を持つ、貴女。

・・貴女は知らない。

今や私は、貴女にとって、
滴り落ちる毒でしかないことを・・
慈しみのみでは語り尽くせぬ、
男女の理や・・

隠された牙を研がずには居られぬほど、
私が、貴女に餓(かつ)えていることも。


お願いです。
どうかそんなふうに微笑まないで・・・
安心しきった眼差しで、
幼な子のように触れないで・・

やっと、綻び始めた
"貴女"という花から
微かに甘く漂う芳香が・・
私の狂気を呼び覚ます。

嗚呼!零れてしまう
誤魔化しようのない・・本当の私。

嗚呼!貴女の驚愕に眼を見開いた表情が
私の網膜に焼き付いて離れない・・

急いで・・お願いです。
急いで・・どうか離れて!


幾重にも重なる禁忌をも引き裂いて
貴女をこの手に掴もうとする。

これ以上・・尖った爪が出ぬうちに、
そのドアを閉ざして・・
もう・・此処に来ないで下さい。


私は弱い。
弱くて・・脆いのです。
やっとの事で踏み止まっている
底知れぬこの深遠の狭間で、
揺れる心を抱き締めている事しか・・
出来ないのだから。


恋と言ふ名を借りてはみても・・
最早、恋には及びもつかぬ。

既に宿りし、この棘は、
昏き淵より出ずるモノ。

何よりも、恐ろしいのは・・・

私が、変わる事ではなくて、
貴女を・・汚してしまう事。

FIN




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