あれからどのくらい経ったのだろう・・・
切なる祈りの如く、
邪なる呪詛の如く、
彼女へサクリアを贈った、あの日から・・・

彼女は、ルヴァの願い通りに・・・女王になった。
試験に敗れ、故郷へ帰る事も無く、
誰の手にも触れる事すらない孤高の宇宙(そら)に今は、いる筈だ。

けれど、ルヴァの心は晴れなかった。

彼女を聖域に閉じ込めてしまいさえすれば、
張り裂けそうな胸の痛みも鎮まるのだろう・・・
やがて・・時がある程度経てば、いつかは穏かな思い出に昇華してくれるかもしれない・・・

そんな自分の見通しはかなり甘かったらしいと、
今更になって思い知った。
尚、悪い事に、時が経てば経つほどに彼女への想いは募り、薄れもせず、色鮮やかに染まっていく・・・

「・・ふぅ・・・貴女は、今・・幸せでしょうか・・私の愚かさなど・・その高みからなら、すぐに解ってしまうのでしょうね・・・。」



―――****―――




コンコン・・

月明かりの美しいある夜の事・・・
極力控えめなノックがルヴァの部屋に響いた。

「どうぞ・・開いていますよ・・」

皮肉な事・・・と言って良いのだろうか?
新たなる宇宙は、かつてない程に安定している・・・
彼女の絶大なる力によって・・
心配するような不安要素など欠片もないのだ。
それは、彼女が・・いかに女王に相応しかったか・・という事の裏返しのようで・・・
ルヴァはツキリ、と胸の痛みが再び増したのを感じた。

そう・・・どうせ、大した用件でもないのだろう・・
こんな夜更けだ・・

いつもの通り、読みかけの本から目を離す事無く、おざなりに声を掛けた・・
居留守を使える時間ではないが、今は誰の声も聞きたくない・・・
誰であれ・・、出来る事ならすぐ帰って欲しかった。

そして、その応えに従って入って来たのは
余りにも意外過ぎる人だった。


―――****―――




蒼い月明かりの下、瞬時に目を反らし・・苦しげに眉をひそめて発せられたルヴァの一言は、 来訪者の正体を知らしめるのに充分な威力を持っていた。
例え・・その人、本人の名を呼ばずとも・・・
「・・・・・陛下。」



困惑と疑問とを胸の中で渦巻かせながらも
ルヴァは・・・、彼女を見ない事を固く決め、
此処にいては成らない高貴なる女性(ヒト)に向かうことにした。
そのこと一つだけを。

一視でも彼女を捉えたなら・・
その姿を焼き付けてしまったら・・

どうなるか・・・が、ルヴァには簡単には予測がつけられないのだから。

彼女に向う危険極まりない迸る感情。

"それ"を、一度目はどうにか耐えられたが、二度目の今回も必ずしもそう出来るとは、何人にもいえる訳ではない。
ましてや、押さえつけられた想いの分、激情は迸る可能性を秘めている。 ・・・・・自信など自分の何処を捜しても在る筈が無かった。

そして・・、一刻も疾く・・・誰でもいい。
誰でも良いから、彼女と自分とを引き離さなければならない。

あの日のように・・己の欲するままに彼女を傷付ける事を、間違ってもしない様にする為にはそれこそが有効な手段だと自分を無理矢理に宥めて口を開いた。

「もう・・此処にはいらっしゃらないで下さい・・と、申し上げた筈です。」
殊更に口調を意識する。
自分との接点は、殆ど無いのだと彼女と自分に言い聞かせる為に・・
案の定、固い響きに彼女が、身の置き所を無くした風に縮こまったのが解った。
「畏れながら・・貴女は、最早・・以前の様な軽々しい身の上では無いのですよ、聖殿を抜け出してこのような所までお独りでいらっしゃるなど・・とても、誉められたものではありませんねー。」
「ルヴァ様・・私。」

その声の震え具合で、今・・どんな表情をしているかさえ、ルヴァには想像できてしまう。
その・・思い詰めた、澄んだ碧玉の双眸には、温かな雫が今にも零れ落ちそうに一杯に湛えられているのだ。
それでも・・・全身全霊で突き放すしかない!

彼女を護る唯一の手段だと信じればこそ・・・
拷問にも似た時間に終止符を打つべく、動かなくてはならない。

「その呼び名は・・・既に消えたのですよ。
私は、所用が在りますから、御送り出来ません。
直ぐに迎えを呼びますから・・宜しいですね。」

ふるふると、無言のまま首を揺らす影が見えた。

「貴女が、此処にいるだけで私には、とても苦痛なのです。
それがお解りに為らぬほどに愚鈍でいらっしゃいますか!?
でなければ、お解りで居ても尚、そうしておられるのなら・・余りに酷、というものです!」

どれほど、キツイ言葉を浴びせようとも
彼女は、目の前から消えてくれはしなかった。
云いたい言葉を捜しあぐねて所在なさげに立っているだけ・・

「それとも・・・いつか様になっても宜しいのですか?
さあ・・・戻って下さい!!
私が私を押さえつけていられるうちにっ!」

絞り出すような言葉は決して誇張でも何でもない。

再び頭をもたげようとしている・・
凶暴な獣を解き放つ事の無いようにと、
どれほど理性を奮い立たせているか・・
じわりとこめかみに染み出した汗が無言で語っていた。

その、長いか短いのかも解らない緊張に
先に根を上げたのはルヴァの方だった。

ゆらり・・俯いていた顔をゆっくり上げる。
下から順に彼女の姿が視界に捉えられていく・・
潤んだ瞳一杯にルヴァを映したアンジェリークが、思い描いた通りの姿で居る事を確認した途端・・、

とうとう、不可視の羽を持つ天使を壁に縫い止める為に無意識に両の手が動いた。

「何故?私を追い詰めるんです?」
腕に左右を塞がれ、逃げ場を失ってもなお・・
天使は、無言のまま・・
まるで声を発したらどうにかなってしまうとでも思っているかのようだった。
そんな彼女に、次第に近づきながら疑問を投げかける。
もう、今は吐息が感じられる程、近くに・・
焦がれた頬が、瞳が、唇があった。

言葉に叩きつけるような激しさは無く、それは逆にその段階を過ぎたことを指していた。

静かであればあるほど、込められた激情は深い。

先程までルヴァの脳裏をあれほど占めていた彼女への配慮も既にホンの片隅へ追いやられてしまっていた。

「警告は・・もう・・しました。
だから、これは・・・私と・・貴女の罪です。」

――罪だと云うのなら罪のままでいい。

宇宙が貴女を望むよりもなお、一層に狂おしく・・
私が貴女を欲している事を、
他の誰でもなく私が、一番解している。

あらかじめ、定められたかのようにルヴァの唇が彼女のそれに触れる・・
両腕は、彼女を閉じ込める柵から、
彼女を縛める為の縄へと形を変える・・・
掠るような、触れるだけの接吻。

けれど、ルヴァの想いを模した其れは、
すぐに離れはしなかった。

触れるだけから、包み込むように・・・
そして、探るように・・・絡め獲るように・・
決して放さぬ様にと・・・徐々に激しく、深くなった。


刹那と永久の間のキス――

・・・・・・そして。

そっと触れた時のように朱唇から離れた後、
再びルヴァは訊ねた。

どうして、以前のように拒絶しなかったのかと・・・
此処に彼女が、いる・・・その存在理由を・・・

アンジェリークは、・・・
堪えきれずに落ちた涙の雫とともに
やっと、心の中で探り当てた言葉をポロリ、と零した。

「・・貴方を・・・愛しているからです。」

FIN



■管理人(ロンアル)よりひとこと!

まちこです。さまから、サイトの1周年を記念していただいちゃいました!「恋、と言ふ名」「愛と言ふ花」「雫」のルヴァリモ三部作です。
実はこの三部作、「ミルフィオリ」さんに贈呈された三部作の別バージョンなのです。
「ミルフィオリ」さんのところの「恋といふ名・・」「恋と言ふ名(弐)」「翡翠外伝」では、恋の狂気を引き金に、登場人物たちにそれぞれ悲劇的な結末が訪れます。
ハッピーエンドもアン・ハッピーエンドもそれぞれ別な切なさがあるまちこです。さんの創作!どうぞよろしかったら二作読み比べて見てくださいねー!

本作ではラストのキス・シーンが激萌えでした。いったい何回キスしたんでしょうねー?(笑)

まちこさん!ステキな誕生日プレゼント有難うございました!

ロンアル


別バージョン「恋といふ名・・」は、「百花蜜〜ミルフィオリ」さんで!




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