<双真珠7>
多忙な執務の合間に人目を忍び・・
つかの間の悦びに身を委ねる。
そんな、逢瀬でもわたくしは幸せでした。
諦めなければ、耐えさえすれば・・
雪が解けて春の草木が芽吹くように、
いつかは貴女と二人、
共に青空の下を歩けると望みを抱いていたので。
貴女のサクリアが、弱まっていると王立研究院から報告を受けた時・・
その望みはまるで極彩色に彩られて私のすぐ目の前に捧げられているかのように思えました。
それは、取りも直さず貴女の命がサクリアの矯正に耐えられなく為った事を意味していたというのに・・
もう・・
貴女に愁いを帯びた瞳をさせなくて済む、
貴女と暮らせる日々は、すぐにでも訪れるのだ。
わたくしは、喜び勇んですぐに故郷の星から小さな宝石を取寄せました。
ほんのりと桜色に染まった薄紅真珠・・
故郷では、婚姻をする夫から娶るべき愛する女性への初めての贈り物であり、女性がそれを身に付ける事で婚姻の証となるものでもありました。
それから・・オリヴィエとゼフェルに頼みました。
オリヴィエは何も言わず・・快く手持ちの中から貴女とわたくしの瞳色の宝石を譲ってくれて、
ゼフェルも、ぶっきらぼうな態度とは裏腹に、
驚くほど見事にわたくしの願い通りの貴女の白い指に良く合う指輪をあつらえてくれました。
小粒の真珠を挟んで一対ずつのアクアマリンとぺリドットをお互いを見詰めるように配して・・
そして、裏側には、故郷の文字で
『永遠に貴女だけを愛します。』
といういみの刻印がしてあります。
出来上がったのは、奇しくも新女王たる娘が見つかったその日でした。
貴女は、これを薬指にはめてどんなふうに喜んでくださるのでしょうか・・
わたくしは、仕上がったばかりのその指輪を持って高鳴る胸を押さえながら貴女の元へ急ぎました。
貴女は、しばらく見ないうちにほんの少し痩せてやつれたふうに見えました。
「少しお痩せに成られたようですね・・」
わたくしが声を掛けると
引継ぎの所為ですと言って貴女は、笑っていたのだけれど・・
もしかしたら・・
本当は、顔色も蒼褪めていたのかもしれません。
それでも、わたくしと一緒に居る時の貴女は、
とても嬉しそうに微笑んでくださっているから・・
その頬もほんのりと染められているから・・
最後までわたくしは気付かなかったのです。
蝋燭の火が、消える寸前にひと際明るく輝くことに・・
貴女へ指輪を差し出して、わたくしは、愛を乞いました。
貴女は、頬を一層薔薇色に染め、
「嬉しいです。・・」
と、そっと指輪を嵌めながら云って下さった。
わたくしが、両手を広げたその中へ、瞳を閉じた貴女がゆっくりと降りてきました。
すっぽりと収まった身体を抱き締めると貴女は、すっかりと身を委ねて下さっていてわたくしの胸に小さな頭をコトと乗せました。
わたくしは幸せの恍惚感の中で二人の未来を貴女へ語りかけようとしたその時・・。
・・・・・ことり・・・・
わたくしが身動きをした拍子に貴女の左腕が力なく垂れ下がりました・・
まるで、最後の花弁が音も無く散るように。
・・・・するり・・
確かに嵌まっていた筈の指輪が抜け・・
小さな鈴が鳴る様な軽い響きをたてて、
床を転がっていきました。
貴女の首がクラリと揺れ、
すべての力が抜けた身体を
わたくしは、ただ抱き締めているほかに、
どうする事も出来ませんでした。
部屋の隅へと指輪がくるくると回って・・・
やがて止まるまで目で追うしかなかったように・・・
そして・・貴女は、嬉しそうな微笑みをわたくしに向けたまま・・鼓動を刻む事を止めてしまった。
・・・・貴女は何一つ悪くない。
真に罰せられるべき者は、わたくしだけの筈。
―――なのに・・
貴女は、わたくしが背負う分の罪まで負って逝ってしまった。
貴女に焦がれたままのわたくしを独りきり、残して。
これこそが、禁忌を破りし者へ与えられる罰だというのなら・・
余りにも的を射た仕打ちを下した運命とやらを恨むより他は無いのでしょう。
―――運命は、
わたくし自身には一切の罰を与えずに、わたくしの命より大切なものをわたくしから取り上げてしまったのですから・・
永遠に。
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