夜想曲



穏かな夜気を縫って月の光が、この室内まで降りている。
私をまるで嘲笑っているかのように・・

どうして・・私は、貴女に出会ってしまったのでしょう?
何故・・貴女に向けられる感情は、愛では無かったのでしょう?
一体・・何時からだったのか・・
気付きたくは無かった想いを・・・気付かずには居れない程の強さで思い知ったのは。

どれほどの哲学書を読破しようと、いくら聖典を紐解こうと、消滅も叶わず・・
せめても・・と望んだ、昇華も・・・己が求めるモノとは、余りに違い過ぎた。

未だ堕ちる前に・・・幾夜、幾昼、祈った事でしょう・・
どんな時でも、貴女の幸せが、私の悦びで有ります様にと。
誰に向ける笑みでも、貴女が微笑みを絶やさぬよう・・包み込むことが、出来ますようにと。

懸命に、足掻いても・・いや。
足掻けば足掻くだけ、ずぶり・・ずぶり・・・と、
沈んで行く底知れぬ深さに・・
私は、怯え・・やがて・・それも、通り過ぎた・・
遂には、認めざるを得なかった・・己の闇。

差異に気付かぬほど自然に・・・もはや揺るがぬ頑健さで・・私に巣食うのは、
恋と言う名の・・・・狂気。





窓の向こう側で、貴女は笑っている・・・ ほら、たったそれだけのことで、私は掌を握り締めずには居れない激情に駆られる。

私には無い華を持つ男。
貴女を厭きさせない機智に富んだ会話。
・・さり気なく腕がまわり・・触れる肩に
私の拳は益々固く・・いつしか食い込んだ爪の辺りから紅い雫が滲んでいた・・意識する事さえないうちに。

貴女は、私が観ていることなど何も知らないまま・・
笑顔で過ぎ去って行く。
小さく・・・遠く。


ずっと・・もう長い事・・
私は、心揺れる者を宥め、諭してきた。
知性を司る大地の守護聖として・・・

ある時は、力尽き、この地を往かなくては為らない者を・・
ある時は、心ならず、故郷を追われた者を・・
そして・・・恋に苦しむ者を
訳知り顔で、云って来たのだ・・・ある意味、滑稽なほど。

今更ながら思う。
なんと傲慢だったのだろう。と・・
その頃の私は、ただ認識(しらなかった)だけなのだ。
"喪う"という事の本当の恐さを・・
それほどまでに執着せずには居れないモノを私が持たなかっただけ・・

今なら・・貴女を喪う・・と思っただけで、私の心は、すぐにも荒狂う。
のたうち、悶え・・流れ込む先を探して渦を巻く・・
「最早、如何なる手段を以てしても構わない。」
と私の内なる声の総てが叫ぶ・・
貴女を喪わない為ならば・・と。

今や私は、・・誰の事をも諭せない。 宥める事すら適わない。
絶対的な畏怖の前に余りにも無力である事を理解(しって)しまった今と為っては・・





貴女は、もう・・すぐにでも手の届かない至高へ昇る。
私の想いを置き去りにしたまま・・

あれほど畏れ嫌った闇でした。
それなのに・・受け入れてしまえば、とても甘美なのです。
恐らく・・私は守護聖としては、相応しくないのでしょう・・
それどころか、この宇宙(そら)に生きる、
人としてのあるべき姿さえ裏切っているのです。
それでも・・構わない。・・・貴女が、私と共に存在できるのなら。・・私の望みが叶うなら。


「こんにちわ。お招き有り難う御座いますっルヴァ様。」
無邪気で、無防備な貴女。
何時もの通りに天使の微笑みを撒きながら、
私のもとへいらした貴女。
「ああ・・良くいらっしゃいましたねー。
今、お茶を淹れますから・・貴女はソファーででも寛いで居て下さいねー。」
貴女は・・・知らない。
私の欲望も、浅ましさも、卑小さも・・何もかも。
だから、そのまま・・・捕らわれて下さい・・私の腕に・・





私の想いのありったけをこの雫に委ねましょう。
・・ピシャンー・・・
貴女好みに淹れたティーカップの中で輪を描いて拡がる私の想いは・・・
飲み干した貴女の中で、同じ様に拡がるのです。
・・・例え、貴女の意に染まなくとも・・・

「ルヴァ様。とっても美味しいです。」
「でも・・・お茶請けは、おせんべいなんてーちょっと変ですかねぇ。」
「いいえっ!ちっとも。おせんべいだって香ばしくって私好きだし、このお茶にだって、良く合いますっ。」
ぶんぶんと首を振る貴女が、愛らしい。

けれど・・・それは、私だけのものでは・・無い。

「ああ・・それは良かったですねー、貴女の為だけに特別に淹れたお茶なんですよ・・」
「わぁ本当ですか?嬉し・・い・・な・・ぁ・・・・ぁっ・・」
ゆっくりと貴女の指が、カップを放す。
体の変化を受け入れられないまま・・意識も共に。



転がったカップを拾ってそっと囁く・・・
「・・ええ。本当です。心を込めて・・・ね。」



FIN





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