Diamond Tears -2-


どうして素直になれないんだろう・・・。
大切な夜・・・・。一緒に過ごしたい人はあなただけなのに・・・・・。

<ルヴァ&アンジェリーク>


4時の鐘が鳴る。
オリヴィエ様が立ち去った後も、私はしばらく放心したように立ち上がれずにいた。

「もしかしたらこれが・・・。最後のクリスマスになるかも知れないよ・・・。」
オリヴィエ様の言葉が静かに頭の中でよみがえる。

試験が終わったら、女王になってもならなくても、今までどおりにルヴァ様に会うことはできなくなる。
これが、多分・・・・あなたと過ごせる最後の・・・クリスマス・・・・・。

私ははじかれたように椅子から立ち上がった。
何を馬鹿なこと考えてたんだろう?・・・・・つまらない意地を張ってる場合じゃないのに・・・・。
テーブルに広げられたままのドレスを取り上げると、慌しく身に付ける。
装身具に、靴にバッグ・・・何もかもそろってた。それを次々と包みから引っ張り出す。
急いで着替えを済ませると、鏡台の前で髪を直して、・・・メイクもほんの少しやり直した。

鏡の向こうの私・・・確かに子供っぽいかもしれない・・・。
あなたに釣り合わないかもしれない・・・。


だけど私はあなたが好き。
どうしようもなく大好き。
この夜にそばにいて欲しい人は、やっぱりあなたしかいない。


時計を見ると、私は慌しく立ち上がった。
ルヴァ様・・・私邸にいらっしゃるのかしら?今から迎えに行くにしても、遠いしこの格好だし、馬車もないし・・・・。
でもでも、そんなこと言ってられない!

飛び出そうとした矢先に、不意に玄関の呼び鈴が鳴った。


「・・・アンジェリーク?」

扉の向こうから聞こえてくるためらうような声に私は一瞬硬直した。
・・・ルヴァ様の、声だった。

「アンジェリーク。 開けないで・・・・このまま私の話を聞いてください。」
慌ててドアを開けようとする私を、ルヴァ様が押しとどめた。

「オリヴィエからあなたが泣いていたって聞いて・・・いても立ってもいられなくて・・・・・・」
「えっ・・・・・?」
「すみませんでした。・・心にもないことを言って、あなたを傷つけて・・・・・。私は自分に自信がなくて、つい、あんなことを 言ってしまったんです。本当はあなたを誰にも取られたくないくせに・・・・・。
でも、今度こそ、正直に本当の気持ちを言います。アンジェリーク・・・・もし許してもらえるなら、今日、私と一緒にパーティーに行ってもらえませんか?あなたとこうして過ごせる日もあと何日もないかもしれない・・・・だったらその時間を、全部、誰にも譲りたくないんです・・・・。」
「ルヴァ様・・・・・。」
「もし・・・今日、他の人とじゃなくて私と一緒に過ごしてもらえるなら、この扉を開けてもらえませんか?」

扉をそっと押し開ける。
扉の向こうに、会いたかったその人の姿を見た瞬間・・・・もう我慢できなかった。
「ルヴァ様・・・」
私は両手を伸ばすと、ルヴァ様の懐にしがみついて泣き出してしまった。

「ごめんなさい・・・・。素直じゃなかったのは私のほうです。私がちゃんと『ルヴァ様と一緒にいたい』って、そう言えばよかったんです・・・・。」
「アンジェリーク・・・・・ああ・・泣かないで・・・。」
ルヴァ様はしがみついている私を、壊れ物みたいにそうっと抱き返しながら、それでもまだ幾分心配そうにこう聞いた。
「私と一緒に・・・・来てくださいますか?」
私はまだ半泣きの顔を上げると、ルヴァ様に向かって微笑んだ。
「はい。迎えに来てくださって嬉しいです。・・・・あっ、でも、ちょっとだけ待ってください。」

「お化粧、ちょっと取れちゃったから・・・。」
私は安心したように笑顔になったルヴァ様を残して慌てて鏡台の前に駆け戻った。
 
 




パーティーはもう始まっていた。

フロアは賑やかに人で溢れている。
私はフロアに入ってもルヴァ様が私の手を握ったままずっと離そうとしないのが、恥ずかしくて・・・でも何だか嬉しかった。

「踊りましょうか?」
いきなりルヴァ様が口にした言葉に私はびっくりして聞き返した。
「えっ?ルヴァ様、ダンスもなさるんですか?」
ルヴァ様はにっこり笑うと、私の耳元に口を寄せてこう言った。
「もちろん、初めてですよ。あなたを誘おうと思って、夕べ一夜漬けで本を読んで練習したんです。」
「ルヴァ様ったら・・・・。」
ダンスの本を読みながら一生懸命ひとりでステップの練習をしているルヴァ様を想像して、私は思わずくすっと笑ってしまった。
「だって、踊らなかったら他の人があなたを誘うでしょう?今日は最初からあなたを 独り占めするつもりでしたからね。」
ルヴァ様は大真面目な表情でそう言うと、そっと私を引き寄せた。


ルヴァ様のステップは正確だけどぎこちなくて、私はといえばダンスなんかまともに踊ったこともない。
お互いにへまをしたり、相手の足を踏みそうになるたびに私たちは顔を見合わせては吹き出してしまった。
ダンスがこんなに楽しいとは思ったこともなかった。
握った手は暖かくて、体が触れ合うたびに、心臓がコトコトと音をたてた。


「アンジェリーク?」
何曲も続けざまに踊り続けるうちに、慣れないヒールで段々足が痛くなってきた。
次第に足がもつれだした私を見て、ルヴァ様がふとステップを止めた。
「ごめんなさい。・・・私、こんなヒールの靴履くの初めてで・・・・」
「・・・・・・・・・」
ルヴァ様はじっと私を見ていたかと思うと、いきなり私の体を軽々と横抱きに抱き上げた。

「ル・・・ルヴァ様っ・・・・・」
「すみませんでしたねー。気がつかなくて・・・ずっと我慢してたんですか?」
「あっ・・・あのっ・・・ルヴァ様っ・・・私・・歩けますからっ・・・」
みんなが振り返ってこちらを見ている・・・・。心臓がものすごい勢いで鼓動を刻み出した。

真っ赤になってうろたえる私を無視して、ルヴァ様は悠然と私を抱いたままテラスに歩み出た。
「椅子がありますから・・・少し休んだ方がいいでしょう?」
ルヴァ様はそのままテラスの椅子に、そっと私を抱き下ろした。


月が明るく輝いている。
テラスには他に人影もなかった。
月明かりの下、ルヴァ様は微笑むとそっと懐からリボンのかかった箱を取り出して私に差し出した。

「・・・・あなたに・・クリスマス・プレゼントです。」
「私に・・・?」
「ええ・・・。開けて見てください。」

促されて包みを開けると、そこからは華奢なゴールドのネックレスが現れた。
細い金色の鎖に小さな輪の形のペンダントヘッドがあしらわれている。
ルヴァ様はペンダント・ヘッドの捻れた輪を指差して言った。
「途中でサークルが捻れているでしょう?このデザインは私の故郷では「永遠」を意味するんです。」
「永遠・・・・?」
「ええ。何があっても決して離れない。はぐれても必ず巡りあい、やがて、ひとつになる・・・そんな永遠の愛情を表しているんです。」


「もうすぐ試験も終わりですね。・・・・」
煌々と輝く月を見上げて、ルヴァ様はまったく別なことを言い出した。
「私はあなたがきっと女王になると・・・そう思ってるんですよ。女王になったら、あなたはもう私の手の届かないところに行ってしまう・・・だから、あなたのことはあきらめなきゃ・・・忘れなきゃいけないと、ずっとそんな風に思ってました。・・・・・だけどここ数日ずっと考えてたんです・・・・本当にそうなんだろうかって・・・・。」
「ルヴァ様・・・・」
「結局分かりました。あなたを忘れるなんて私にはできません。あきらめるなんて無理です。・・・だから、私は、この気持ちに嘘をつかずに、これからもずっとこの気持ちを大切にしていくことに決めたんです。・・・そして、もし叶うことならば・・・・。」
ルヴァ様はもう一度私を振り返ると、いつもどおりの穏やかな笑顔でゆっくりと私に向かって微笑んだ。
「あなたにも同じ気持ちで・・・待っていて欲しいんです。」
「ルヴァ様」
「もちろん普通の恋人同士のようにはいかないでしょうし、あなたにもつらい思いをさせてしまうと思います。・・・・だけど、探せばきっと方法があると思うんですよ。私たちがいつか二人とも勤めを終えて、自分のために生きられるようになる日まで・・・その日まで離れずに一緒にいられる方法を、あきらめずに探してみようと思うんです・・・・。」

胸の中をゆっくりと温かいものが満たしてゆく・・・。
女王に選ばれたら、こんな風にルヴァ様と会うこともできなくなる。ルヴァ様のことを忘れなきゃいけない・・・・。
同じ不安がいつも私の胸にもつきまとっていた。
だけど、もし許されるなら・・・・。女王になってもこの気持ちを抱き続けることが許されるのなら・・・・。


顔を上げるとルヴァ様は優しい表情で私を見つめていた。
震える声で私は問いかけた。
「・・・・女王になっても・・いいんですか?・・・・それでもずっと私のこと・・・・好きでいてくれるんですか?」


答えの代わりに、ルヴァ様はゆっくりと私に向かって微笑んだ。

「じっとして・・・つけてあげますから・・・。」

そう言って、そっと私の後ろに回ると、ルヴァ様は私の手から金の鎖をすくい上げて、そっとうなじに添わせた。
温かい指先が首筋に触れた瞬間、痺れるように全身が震えた。

そのまま・・・ゆっくりと後ろから抱き寄せられる。
頬にかかる髪を、長い指先がそっとかきあげた。
ゆっくりと、頬に唇が触れる・・・・・。

「愛している・・・・アンジェリーク。」

耳元で、吐息のようにルヴァ様がささやいた。
見開いた瞳から静かに涙が溢れ出す・・・・。止まらない・・・・・。

「ルヴァ様・・・・」

背中からしっかりと私の体を抱き寄せて
私の耳元で、ルヴァ様がもう一度ささやいた。

「あなたを愛しています。・・・・永遠に・・・・・。
私はあなたのことを、ずっとずっと・・・いつまでも、見守っていますから・・・・。」



0時を告げる鐘が、厳かに響き渡る。
私は全身をルヴァ様の温かい体にあずけたまま


止まらない涙に身をゆだねていた。





今の終わりを告げる鐘が、鳴り響く。
愛し合う恋人達にとって、それは永遠の始まり・・・・。
祝福の鐘が鳴る。

静かに、聖なる夜が更けてゆく・・・・。

-FIN-


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