Diamond Tears -3-
「準備はいいかい?姫君?」 <オスカー&ロザリア>
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二日前・・・・。 俺はやりきれない気分でたそがれの公園にたたずんでいた。 最後のクリスマスか・・・ 確かにディアの言うとおりだ。 あの二人のどちらが女王になるとしても、これがきっと二人にとって、普通の少女として過ごす最後のクリスマスになるだろう。 戴冠式を終えた後は女王の大任が待ち構えている。 まだほんの少女の身で、ほころびかけた宇宙を立て直す責任を背負ってゆかねばならないのだ。 ゆっくりと過ごせるのももう今週限りかも知れない・・・。 懐から引っ張り出した封筒を指先で弄びながら、俺は柄にもないため息をついた。 ――― 本当にいいのか・・・? これまで何度も浮かんでは押し殺してきた疑問が、静かに頭をもたげてくる。 そう・・・俺は迷っている。 本当に、それが彼女にとって幸せなんだろうか? 幼い頃から女王になるべくして育てられてきたロザリア。 普通の少女としての喜びを何一つ与えられることなく、周囲の期待に応えることを当たり前のように要求されてきた彼女。 誰にも見せずに人一倍の努力を重ね、つらいとも言わずに常に完璧な女王候補を務めようとするロザリア・・・そんな彼女が貴婦人の仮面の下から俺だけにのぞかせる少女らしい素顔・・・・ それが俺には何よりもいとおしく思えた。 宇宙がなんだ。 俺にとってはあの笑顔がすべてだった。 もう一度彼女を檻の中に閉じ込めていいのか? 手の届かないところに行かせていいのか? あんなか細い少女にすべての責任をおっかぶせて・・・これじゃまるで生贄みたいじゃないか? 俺は彼女に女王になって欲しいわけじゃない。幸せになって欲しいんだ。 あの笑顔を守るためなら、命だって喜んで賭けるだろう・・・・。 救えるとしたら俺だけ それも、今しかない・・・・・。 俺は懐から2枚の封筒を引っ張り出した。 招待状の入った薄紫の封筒。 もう1枚は大した用でもない公文書の入った白い封筒だった。俺はその中身を抜き取ると、握りつぶして地面に捨てた。 |
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「お待たせしましたわ・・・。」 ちょうどその時、たそがれ始めた公園の入り口から純白のコートをはおったロザリアの姿が現れた。 「何ですの?急なご用って・・・。」 「・・・急に、君に逢いたくなった。」 「・・・まぁ・・・。」 俺の言葉にロザリアは心なしか頬を染めた。 「もうすぐ試験も終わりだな。」 「そう・・・ですわね。」 風にも耐えないような、はかなげな姿が愛しい・・・・。 夜風で冷たくなった細い体を引き寄せるとそのままきつく抱きしめた。 離したくない・・・。 自分だけのものじゃなくなるなんて・・・考えられない。 「・・・選んでくれないか? 」 俺は突然の抱擁に息を詰めて頬を染めているロザリアの前に二つの封筒を差し出した。 招待状の入った薄紫の封筒と白い空っぽの封筒・・・。 つかの間のクリスマスなんかくそくらえだ。 もし彼女が白い封筒を選んだら・・・・その時は・・・俺は・・・。 「何のゲームですの・・・?」 ロザリアは微笑むと白い手を差し出した。 「さぁ・・・?」 俺は曖昧に笑い返した。 ロザリアは小首をかしげたまま、しばらく2枚の封筒の上で華奢な手をさまよわせたかと思うと・・・ ・・・ どちらも取らずに、つと、手首を引っ込めてしまった。 「ロザリア・・・。」 ロザリアは顔をあげると、少女のような悪戯っぽい表情で首をすくめて微笑んだ。 「今日、誘っていただけて良かったですわ・・・・。本当はわたくし・・・心細くて、部屋の中で震えていましたの。」 そう言うと、ロザリアはもう一度俺の胸にそっと頬をもたせかけてきた。 しなやかな蒼い髪がこぼれ落ちて、甘い香りが漂う。背中をそっと抱き寄せると、ロザリアは小さくため息をついた。 「来週には女王試験の結果が出ますわ。・・・もしわたくしが女王に選ばれたとしたら・・・ もちろん、できないだなんて、口が裂けても言うつもりはありませんわ。自分の務めから逃げるようなことをしたら、わたくしがわたくしでなくなってしまいますもの・・・・。でも・・・・そうなった時のことを想像すると・・・・。」 「ロザリア・・・」 無理することはないんだ。・・・・そう言いかけた俺の前でロザリアが顔を上げた。 静かに俺の胸を離れると、ロザリアはまっすぐに俺の顔を見上げた。 はっきりと見つめる瞳が、静かな光を湛えて潤んでいた。 「オスカー様・・・・。支えてくださいますか?わたくしを・・・。」 細くはかなげな手のひらが、力強く俺の腕をとらえた。 「勝手なことを言っているのは分かっています。わたくしはあなたに、何ひとつ返せない・・・普通の恋人らしいことを、何もして差し上げられない・・・・だけど、あなたがいてくれれば、あなたさえいてくだされば・・・・」 ロザリアは顔をあげてはっきりと俺の顔を見た。 「わたくし・・・・絶対怖気づいたりはしない。・・・何があっても負けないと誓えますわ。」 食い入るように俺を見つめる菫色の瞳は、目が離せないほど美しかった。 華奢な体全体からあふれ出る必死な思いが俺を圧倒していた。 馬鹿だな・・・・。 俺は自分を笑った。 俺が愛したのは普通の女なんかじゃない。この宇宙にただひとつしかない、とびきりの宝石なんだ。 それが今、精いっぱいの光を放って輝こうとしている。 この手のひらに閉じ込めて・・・それが愛だなんて・・・そんなことが言えるか? 「誓おう・・・・。」 この宇宙で一番気高く美しいもの・・・何よりも愛しいものの前に俺は跪いた。 剣を片手に・・・・ 差し出された繊手を額に押し頂いて、俺は誓った。 「今、誓う。この剣と、俺のすべてをかけて・・・・。 誰にも真似できない愛し方で、お前を愛してみせる。」 「オスカー様・・・・」 柔らかな手のひらをそっと握り直すと、指先に口づけた。 お前が逃げたくないと言うのなら、俺も逃げない。 ひと言も口にせず、そぶりにも出さずに、誰よりも深く愛してみせる。 お前の道を妨げるものすべてをなぎ払い、ねじ伏せて、お前を傷つけるものすべてから守り通してみせる。 懐の空の封筒を握りつぶして、俺は立ち上がった。 「これを・・・受け取ってくれ。」 薄紫の封筒をロザリアに差し出すと、ロザリアは手を伸ばし受け取った。 「約束してくれ。・・・この日、君は、俺だけのものだ。」 そう・・・もしかしたらこの日が、ふたりが恋人同士としての時を過ごせる最後の日になるかも知れない。 ロザリアは顔をあげると頬を染めてゆっくりと微笑んだ。 |
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