Diamond Tears -4-


リンゴーンと・・。
重く空気を揺るがす最後の鐘の音が、2人の佇む場所を包む。
祝福の羽を広げたように舞い落ちるその結晶は、絶えることなく降り注ぎ、
汚れ無き浄化の白がこの地を覆い尽くす。
それは幻想的であり、そして恐怖でもあり、大自然の営みは人の思惑を遙かに超える。時に人を喜ばせ、時に人を悲しませる。
それはまるで・・・・・。


<オスカー&ロザリア>


カタコトと、2人を乗せた馬車は進む。
降り始めた雪はまだ、この地を覆い尽くすほどにはなっていないが、先頭を進む馬の白い息がその寒さを物語る。
「寒くはないか?」
すっと隣に座るロザリアを抱き寄せると、少しだけ身体の力が抜けるのが解る。
「寒くはありませんわ・・。でも少し緊張しているのかも知れませんわね。」
そっと肩に頭を乗せると静かに瞼を落とす。
彼女の長い髪が肩口で揺れる。
「これはまた、珍しい事もあるんだな。」
少しだけ右の眉を上げながら答えると、蒼の瞳が真っ直ぐに向けられる。
「久しぶりですもの。こんな豪華なドレスを身に纏うのも、こんな盛大なパーティに招待されるのも・・。」
「いつも通りにしていればいいさ。」
「そうですわね・・。」
もう1度ゆっくり瞳を閉じる。そのまま、程なくして馬車はパーティ会場に到着した。
 
 




非公式。
とはいえ、女王公認のクリスマスパーティである。
その盛大さはその辺のパーティの比ではない。
すでにパーティは始まっているらしく、大広間からは楽団によるワルツの音色が聞こえてくる。
「1曲、踊って頂けますか?姫君・・・。」
そっと差し出された手を受け取って、
「1曲だけでよろしいのかしら?騎士殿・・。」
「まさか・・。悪いが今日は誰にも渡すつもりはない。言っただろう?今日は俺だけの物だと。」
すっと手を取ると、そのまま広間の中央に進み出る。
蒼を基調とした彼女のドレスがふわり・・と空を舞った。

「さすがだな・・。」
続けざまに3曲踊り終わっても、ロザリアの息は乱れない。
それはオスカーも同じ事なのだが・・。
「オスカー様のリードが上手だからですわ。他の方だったら、こうまで踊れなかったはずですわ。」
中央からそっと抜け出して、ボーイの手から渡されたグラスを渡せば、ためらいもなくそのカクテルに口を付ける。
「アルコールだったらどうする気だ?」
「オスカー様がそんな事するはずありませんわ。信じておりますもの。」
迷い無く、真っ直ぐに答える彼女に、満足げな微笑みを湛えると、同じようにノンアルコールのグラスに口を付ける。
「よろしいんですの?」
「あぁ・・。」
そう言うと、そっと耳元でささやいた。
「今日は、君に酔いしれているからな・・・。これ以上飲んだら明日は完全に2日酔いさ。」
茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばせば、くすりと彼女の顔から微笑みがこぼれた。
「わたくしも、同じですわね。オスカー様がこんなにかっこいいとは思っても見ませんでしたわ。わたくし、皆様に恨まれてしまいそうですわね。」
遠巻きに、2人を見つめる視線がある事に2人とも解っている。
その大半は女性の物なのだが・・・。
「これは心外だな。俺が思っているのは君だけだと知っているだろう?」
「知っているからこそ言えるのですわ。そして、わたくしも、今、思っているのはオスカー様、貴方の事だけですわ。」
今だけは・・。
女王候補である事も、試験の事も忘れて・・。ただ1人の女性として、貴方の事を思うただの女として・・。





広間には、絶え間なく楽団の紡ぐ音色が響く。
隣で佇む彼の人の腕を捕まえると、
「少し、つき合ってくれないか?」
口調とは裏腹の強い視線が、ロザリアを捕まえる。
返事を待たずに進むその歩みに付き添いながら、2人は滑るように会場を抜け出した。
会場の裏口に回ると、其処にはまるで狙い澄ましたかのように彼の愛馬が主を待っていた。
ふわりと、その愛馬からコートを降ろしてロザリアに羽織らせると、
無言のまま、2人はその会場を後にした。
しばらくそのまま走っていた愛馬がその速度を落とし始める。
見上げた景色の向こうに広がるのは・・。
「綺麗・・・。」
ぽつりとこぼれ出たその感嘆のささやきを聞いて、そっと後ろから暖かい腕がまわされる。
「だろう?・・ここなら、この飛空都市の全てが見渡せる。この白に染まり行く景色が・・。」
ほんの少し高台になったその場所からは、自分たちが暮らす特別寮も聖殿も公園も・・全てが見渡せる。
その1つ1つに忘れられない想い出がある。
2人きりでデーとした場所。幾度も育成を頼んだ執務室。初めて思いを告げた場所。初めて唇を合わせた場所・・。
2人の想い出は全て、ここから始まりそしてここに詰め込んで・・。
「この飛空都市と・・・・。そして俺自身が今日の俺からのクリスマスプレゼントだ・・・ロザリア。」
「オスカー様・・。」
「色々迷ったんだ。これからどうなるか俺にも解らない。だが君はきっとこの世界を守る至高の存在となるだろう。普通の恋人になれない事はよく分かっている。それでも俺は・・君を愛している。君の事だけをこれからもずっと・・。指輪や物だけじゃ俺の気持ちは伝わらない。俺自身の全てを君に捧げる・・・。」
「守って、くださいますか・・。これからもわたくしの事をずっと・・。」
「誓ったはずだ、ロザリア。俺は俺の剣と俺の全てをかけて・・。君を守る。そして愛し続ける。今から俺はお前のものだ・・・ロザリア。」
「わたくし、守って見せますわ。この美しい世界を・・。そして、オスカー様貴方の事を・・・。」
「様・・はもういらないだろう?」 そっと瞳からこぼれ落ちる涙をすくい上げる。そのまま少し強引に唇を奪えば、閉じた瞳からは同じように涙があふれ出す。

リンゴーンと・・最後を告げる鐘の音が響き渡るこの場所で・・。
空から舞い落ちる白い結晶はこの世界を浄化するかの如く後から後から降り積もり、
彼女の肩をドレスを染め上げる。
人を翻弄する大自然の営みが今宵は、美しい想い出を織り上げていく。
今は幻想的なこの自然の行為もいつかは牙をむいて人に襲いかかるかも知れない。
これから先に待つ、俺たちの運命と同じように・・・。
それでも・・・
 




今の終わりを告げる鐘が、鳴り響く。
愛し合う恋人達にとって、それは永遠の始まり・・・・。
祝福の鐘が鳴る。

静かに、聖なる夜が更けてゆく・・・・。

-FIN-


<ルヴァ&アンジェリークの物語へ>


【後書きへ】


【月読紫苑様TOPへ】