深夜・・。
草木も動物たちも眠りに落ちた。冴え冴えとした月だけが照らし出す螺旋の階段を音もなく滑るように進む1つの影。
たどり着いた最上階に待つただ1つの扉を開いて、その影はゆっくりと窓辺近くのベットサイドに腰掛けた。
「明日・・。」
語りかけるように紡ぎ出された言葉に、ベットに横たわる少女がゆっくりと瞳を上げた。
「新しい者がこの地に来る・・。」
そう告げると。その瞳はゆっくりと微笑んだように見える。
「これで。良かったのだな・・。」
伸ばした指先にかかる金糸の髪。出会った頃、艶やかに流れていたその髪も、なめらかな肌も、此処にはもう存在しない。
力をなくし、ただ横たわるだけの少女。きっとこの少女の言葉を聞き取ることが出来るのは目の前にいるこの人だけだろう。
『ありがとう・・』
僅かに動いた唇がそう告げる。
『・・私は、未来をあの子に託したわ・・・。17年前のあの時に。』
彼の地の月日でいえば、17年前。ここではたった数ヶ月前のことだが・・・。
その日の朝。彼女の侍従は姿を消した。
正確に言えば、消したのではなく、消え去ることしか出来なかったのだ。この地にすむ我らとそして、この地の外に住む彼らとの契約の代償として。
何故、この地に訪れる『巫女』に侍従が必要か。
何故、この地に訪れる『巫女』が同じ容姿をかたどるのか・・・。
全てはあのときに・・・・。
この地に我らが降り立った瞬間から成立した契約のために。
だが、それも。
今では知るものなど存在はせぬのだ・・・・。
そして、・・・・・・・
「恨んでおるだろうな・・・。そなたは。」
『そうかもしれません。だからこそ、私は次の巫女に未来を託したの・・・。きっと・・・・。』
唇の動きと同時にゆっくりとその瞳が落ちる。
微かな呼吸と鼓動の音さえも薄れゆくその中で、その影はゆっくりと少女の左手にはめられた指輪を抜き取った。
薄く紫色の光を放っていた指輪は、少女の指から離れた瞬間に、透明のガラス玉へと変わっていく。
最後のその光を消し去るように、東の空から薄く朝日が昇る。
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