2.最初の一週間

Angelique


聖地での初日は散々だった。
見たこともない豪華な神殿に連れてこられて、会う人は揃いも揃って超美形ばかり。
緊張のしっぱなしで、しゃべれば声は引っくり返るし歩けば右手と右足がいっしょに出ちゃうし、頭の中は常に真っ白で、挨拶の時も自分で自分が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
・・・そういえばあの時誰か笑ってたなー。ああー恥ずかしい。挨拶一つまともにできないなんて・・・。

それにしてもロザリアという子は落ち着いていた。
とてもきれいな子だった。あんまりきれいだから声をかけづらかったんだけど、緊張して私がハンカチを落とした時に
「ハンカチ。落ちてましてよ。」と声をかけてくれた。
私が「ほんとだ。ありがとう!」って笑いかけたら、なんだか赤くなってたけど。
あの子とは友達になれるかなあ。なれるといいんだけど・・・。

さっき補佐官様―――ディア様というとっても美しくてお優しそうな方が、いろいろ説明をしてくれた。なんでも明日から本格的に試験が始まって、私たちは大陸を「イクセイ」しなきゃならないそうなんだ・・・・・・。
はっきり言って私、自信ない。私が女王様なんて、どう考えても柄じゃないわ。
でも、見送ってくれた家族や友達、みんなのことを考えると、やらないであきらめるなんて情けないことはできないし・・・・・。
(もう考えるのよそう)私は開き直った。いつも考えに詰まった時は寝て起きて元気になってから考えることにしている。あれこれ考えても始まらないし、やることをやるだけだわ。
ふかふかのベッドにもぐりこんで頭までふとんをかぶった。
明日から試験開始。・・・がんばらなくちゃ。




今日は試験初日。 私は研究院でもらった「民の望み」の資料を手に、はりきって光の守護聖のもとを尋ねた。 私が育てる大陸エリューションの民の今の一番の望みは「誇り」。光の守護聖に育成のお願いをしなければならない。
ところが行って見ると育成どころではなかった。
「ノックに品がない!」
「お辞儀がだらしない!」
「言葉遣いがなってない!」と、いきなりお小言の連発をくらった。
ジュリアス様ってすごくきれいな顔をしているのに性格はとっても厳しい。
ちょっと面食らったけれども、ジュリアス様はさんざっぱら叱り飛ばした後で、正しいマナーとやらを半日がかりで教えてくれた。私はそういうこと全然知らないで生きてきたので、文字通り手取り足取り、教える方もかなりたいへんだったろうと思うけど、ジュリアス様は辛抱強く、 とにかく熱心に教えてくれた。
「よし、どうやら様になってきたようだ・・・」何十回目かでこういわれたときに、私は嬉しくなってつい「やったあ!」と飛び上がってしまった。
瞬間「しまった!またお行儀悪いことしちゃった。」と、後悔したけど、ジュリアス様は今度は私を叱らなかった。ゴホンと咳払いをしただけで、目の隅でほんのちょっぴり微笑まれたみたい・・・だった。
やっぱり怖そうだけれど優しい人だと私は確信した。

その後もトラブル続きだった。夢の守護聖を尋ねた時は 「あんたはお手入れしなさ過ぎ!」と、メイクをされそうになって慌てて逃げ出した。
風の守護聖を尋ねた時はちょうどロードワークに行く途中だったらしく、 「一緒に行かないか?」とさわやかに誘われてついていったところ、たっぷり5キロは走らさせられた。
「すごいや、アンジェリーク、君って足が速いんだね」と、誉めてもらったのは嬉しかったけど、けっきょくその日はもう育成どころじゃなかった。
鋼の守護聖からは初対面なのにいきなり「おめーホントにやる気あんだろうな?言っとくけど、あそびだったら付き合う気はねーぜ!」とあびせかけられ、私も「遊びなんかじゃありません!!」っとどなり返してその後睨み合いになった。 10分くらい睨み合っていたら、さすがに向こうからふっと目をそらして
「おめーが本気でやるっつーんだったら、別にオレは文句はねーけどよ」とかいいながら面倒くさそうに育成の依頼を受けてくれた。
けっこうさばさばした方みたいだから、気を悪くはされてないみたいだけど、初対面でこんなケンカみたいになっちゃって・・・ちょっと反省した。
闇の守護聖を尋ねた時はクラヴィス様が何にもおっしゃらないので、ふたりでずーっと押し黙ったまま、これはまた違った意味で睨めっこのようになってしまった。
今度は私の負けで、「出直してきます・・・」と引き下がったが、クラヴィス様は「また来るがよい・・」と言ってくださった。

そんなこんなで私の試験最初の週は前途多難な幕開けとなったが、木の曜日までにどうにか9人のうち、8人の守護聖と話をすることができた。
守護聖たちはみなそれぞれにかなりクセがあり、慣れればいい人たちなのであろうということは分かるのだけれども、でもあの美貌を目の当たりにし、彼らの守護聖という貴い身分を意識するたびに、やっぱりどうしようもなく威圧感と気後れを感じた。
あの執務室の大きなドアの前に立つと体がすくむ。重厚な扉をノックするのには勇気と気合が必要だった。

金の曜日の朝、私は地の守護聖の執務室の前に立って、いつものとおりスーハースーハーと大きく深呼吸をしていた。まだお目にかかっていない守護聖は、後はこの執務室にいる地の守護聖だけだ。知識を司どる守護聖というからには、相当のインテリに違いない。どうやって話をあわせたものか・・・・前の晩から私は緊張しきっていた。
胸に手を当てていつもより長くスーハーを繰り返していると、背後からいささかトーンの高い間延びした声が聞こえてきた。

「あー。あなたはアンジェリークですね。そんなところでどうなさったんですかー。」
深呼吸を止めて振り向くと、そこには長身の人物が自分の頭の上までも高く積み上げた本を両手に抱えて立っていた。
本が邪魔で顔は見えないけど、この人が、地の守護聖?
「どうしたんですか?あなた、苦しいんですか?」私がスーハーしているのを見て勘違いしたらしい、地の守護聖は持っていた本を傍らに放り出してわたわたと駆け寄ってきた。
「だっ大丈夫ですか?気をしっかり持ってくださいね」
切れ長の涼しげな目があっという間に超アップで間近に迫ってきて私は動転した
「ちっちがぅんです・・」何とか抗議の声をあげたが相手も動転しているようで聞いてはいない。あれよあれよという間に「よっこらせ」と抱えあげられて執務室のソファーの上に横にさせられた。この人見かけはひょろっとしているのに意外と力持ちなんだ。
「えークスリ、クスリ」地の守護聖は、私をソファーに放り出すと今度は長身をかがめて引出しをがさごそしてはじめた。
私はソファーから立ち上がると慌てて身づくろいし、アワテまくっている地の守護聖―――ルヴァ様の背後に立つと声をかけた。
「あのぅ・・・・」
「えー。これは胃薬ですねー。これはばんそうこう・・・。」
聞こえていないのかと私は声を張り上げた。

「違うんですー!!!」

「∩■△〃ヾ〆※÷♂〜!っつつつ・・・・。」真後ろで大声を出されて、ルヴァ様はよっぽどびっくりしたらしい。思い切り引き出しに指をはさんでその場にうずくまってしまった。

結局、今度は私が薬箱をあさってルヴァ様の手当てをすることになった。
私が事情を話して謝ると、ルヴァ様は更に平身低頭で私に謝った。
元はといえば、ドアの前で紛らわしいことをしていた私が悪いのだけど・・・・・・。
「いやー。すみませんー。これはとんだことをしてしまいましたねー。いや、私はてっきりあなたが胸を押さえて苦しそうにしているように見えたもので・・・。」
気を取り直してふたりで椅子にかけると、ルヴァ様は私に緑色のお茶をすすめてくれた。
「で・・・どうして深呼吸なんかしていらしたんですかー?」
「・・・ちょっと入りづらくって・・・」
言った後で、私ははっとした。失礼じゃなかったかしら、今の発言は?私は焦った。この人の『のほほん』としたトーンに乗せられてついポロリとホンネが出てしまったのだ。
だけどルヴァ様はまったく気にしていないようで
「あー。そうなんですかー。入りづらかったんですねー。」なんて笑っていらっしゃる。
「いっ・・・いえ、決して来るのがいやだとか、嫌いだとか、そういうことじゃないんです。ただその・・・ちょっと怖いというか・・・・その・・・みなさんすごく立派な方ばかりで、何だか気後れしちゃって・・・。」
どうしよう。今度は『怖い』なんて言ってしまった。・・・まずい・・・。私は自分が言えば言うほど泥沼にはまってゆくのを感じていた。
だけどルヴァ様は相変わらずの笑顔で、『うんうん』とうなずいていらっしゃる・・・・。
その笑顔を見ると、私は言葉が続かなくなってしまった。


この笑顔が悪いんだわ・・・。私は心の中で文句を言った。こんな笑顔で見られたら、嘘なんかつけないじゃない。
いっそ、もっと冷たくしてくれたらいいのに、とすら思った。何か試すようなことを言われたり「こんな子で本当に大丈夫なんだろうか?」って不安そうな顔をしてみせてくれたら、私だって「負けるもんか!」って気持で踏ん張れるし、しっかりしゃっきり受け答えができるのに。
だけど、もうダメだった。私は完全にペースを崩されていた。
「あの・・・私・・・緊張しちゃって、いつもうまく話せなくて・・・。」言葉を捜しているうちに、またしても情けないホンネを言ってしまった。
「どうしてなんでしょうね?」私はうつむいて、やっとの思いで言った。
「どうして私なんかが選ばれたんでしょう?・・・あはは、全然分かりませんね。」

―――どうして私なんかが―――
これは一週間ずっと胸の中で思い続けてきたことだった。
「・・・アンジェリーク」うつむいてしまった私を心配したのか、ルヴァ様がそっと声をかけた。
心配そうな・・・とっても優しい声。
その声を引金に、こらえていた涙がどっと溢れ出してしまった。


涙が止まらなかった。
膝頭がカクカクと震えて、私はとうとう、今日会ったばかりの地の守護聖の前でしゃっくりあげるようにして泣き出してしまった。
一週間ずっと緊張しっぱなしだった。不安な気持を話せる相手は誰もいなかった。怒鳴られたり叱られたり眉をひそめられたりするたびに、笑ってはいたけれど心は傷ついていた。出会う人は皆「何でこんな子が?」って、そう言っている気がした。負けるもんかと柄にもない背伸びをし続けて、もうくたくただった。思いっきり泣きたかった。「私にはできません!」って大声で叫びたかった。
だけど・・・だけど・・・。
とうとう泣いてしまった。しかも・・・初めて会う人の前で・・・。最低だと思った。自分で自分が情けなかった。


ふと大きな手が頭の上に置かれたのを感じた。
それが不器用に「ごしごし」と前後に動いた。
(頭、なでてくれてるんだ。慰めようとして・・・。)混乱した頭の中でそう感じた。
暖かい手だった
泣き顔のまんま振り仰ぐと、私を見下ろすやさしい笑顔と目線がぶつかる。
こんなに情けないところをさらけだしてしまった私のことを、責めるわけでも馬鹿にするわけでもなく、 ただ、 ふーっと肩から力が抜けるような、そんな優しい笑顔だった。

「ええっとですね。確かに大変だとは思うんですよ。・・・だけどね、これはあなたじゃなきゃダメなんです。だから、あなたには頑張って欲しいんですよ」
ルヴァ様はゆっくりと言葉をさがすようにして言った。
「どうしてですか?どうして私じゃなきゃだめなんですか?」私は涙声で、駄々っ子のように言った。
「大陸は意思を持っていて自分で育成者を選ぶんです。選ばれたもの以外が力を送っても受け入れないんですよ。ええっと、あなたの大陸はなんと言う名前でしたっけ」
「エリューションです」
「エリューション。エリューション・・・いい名前ですねえ」
ルヴァ様は目を細めて口の中で何度か大陸の名前を繰り返した。
「エリューションがあなたを選んだのですから、あなたがエリューションを見捨てたら、あの地は滅んでしまうしかないのですよ」
「そんな・・・」私は愕然とした。
「どうしてもここにいたくないというのなら、試験を放棄することもできます。そうしたいですか?」
私は力いっぱい首を横に振った。私のために大陸が滅びてしまうなんて・・・あまりにも恐ろしい。
「うんうん。そうですよね。さすがは女王候補。分かってくださいましたね。」ちょっと子供をあやすような口調が気になったけれど、ルヴァ様は優しくそう言って、また無器用に私の頭をなでてくれた。
「ですからねー。こう考えたらいいと思うんですよ。あなたはエリューションの幸せのことだけ考えればいいんですよ。エリューションの民を幸せにすることがあなたの務めなんですから、私達守護聖のことをあれこれ気にする必要はないんですよ。私達はあなたをお手伝いする立場なんですからねー。お手伝いさんみたいなもんだと思ってくれればいいんですよー。」

「エリューションの幸せだけ考える・・・」そっか、なんだか目からウロコが落ちたような気がした。
そうだ、勝ち負けも、誰にどう思われても関係ない。私のやらなきゃいけないことをとにかくやればいいんだ。
私の心の中で何かがはじけた。
私は涙を拭くと勢いよくソファーから立ち上がった。
「ルヴァ様!ありがとうございます。私、がんばります。」
気合が入りすぎて語尾が裏返った。 そんな私を見てルヴァ様は満足そうにうんうんとうなずいていた。

「行ってきます」挨拶もそこそこに執務室を出た後で、私は最初に来た目的をすっかり忘れていたことにきがついた。
執務室のドアを今度は深呼吸無しにノックする。
再び顔を出した地の守護聖に私は言った。


「ルヴァ様。育成をお願いします。」

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