9.失言 Luva その後、私はアンジェリークに引っ張られるようにしてオリヴィエの私邸に向かった。 なんでも私の復帰を祝ってお茶会の準備をしてくれているのだそうだ。 「えー。それはありがたいですね。ですが、アンジェリーク。私は少し王立研究院に寄りたいのですが」 何より育成の様子が気がかりであった。 私のその言葉にアンジェリークは「待っていました」とばかりに手提げかばんから書類の束を取り出した。 最近のフェリシアとエリューションの育成の状況。---エリューションは2週間で驚くほど幸福度があがっていた。建物の数も堅調に伸びている。 「すごいですねー。よくやりました。アンジェリーク」 手放しで誉められて、アンジェリークは嬉しそうに頬を染めた。 しかし、もっと驚いたのはフェリシアで、半数以上の建物が倒壊したのにこちらもほとんど復興している。 反省室に入る直前にディアから聞いたのだが、あの大暴風雨はエリューションと同時にフェリシアでも猛威を振るっていたらしい。エリューションの建物はほとんど倒れなかったので、災害後の育成状況では、最近までエリューションがフェリシアを上回っていたようだ。それを2週間で挽回するのだから大したものだ。ロザリアが底力を出せばもっと延ばせたのであろうが、今回の結果を活かして慎重になっているのだろう。天晴れとしかいいようがない。 現時点ではフェリシアの建物数はエリューションのそれを僅かに上回っていた。 「それはそうと・・・毎食後に緑茶がつきましてねー。洋食でも何でもかならず最後は緑茶なんですよ。しかもウサギさんの柄の水筒に入ってまして、なんでだろうなーって思ってたんですけど」 アンジェリークの頬が見る間にもみじを散らしたように真っ赤になった。 「あなたが差し入れてくれたんですねー。有難うございます。とっても嬉しかったですよ」 彼女は真っ赤な顔のまま「いいえ」とか何とかもごもごと口の中で応えた。はにかんでいる様子が可愛くて、また形のいい頭をなでてあげたくなったけれど、(失礼ですよねーいい加減彼女も大人なんですからそんなこと。)と思って我慢した。 お茶会にはなんと守護聖が全員顔をそろえていた。 いつもしゃべらないクラヴィスに「やつれたな・・」とぼそっと声をかけられた時には、突き放すようなその声の中に彼なりのいたわりを感じて思わずじーんときた。 「おっさん俺の脱走計画書見なかったのかよ」ゼフェルが例によってつっかかってくる。 無謀にもゼフェルは聖殿の奥庭にラジコンの鳥を飛ばして私との連絡を試みたのである。機械の鳥がいきなり窓から飛び込んできて「おっさんいねーか」と叫びだした時には、私はもう腰が抜けそうになったものだった。 「まっまさか、ゼフェル・・・ですか?」と私が言うと、機械の鳥は私の声に反応したのか「脱走計画書」と書かれた何やらきな臭い巻紙を落として飛び去っていったのである。 「はあ、見ましたけどねえ。久しぶりの活字で嬉しかったのは嬉しかったのですが、、申訳ないですが、内容的には今ひとつでしたねえ」 「読みもんじゃねえっつーの」 ゼフェルは机をたたいた。 ゼフェルは本当にあの計画を実行するつもりで、私の手に計画書が渉ったのを確認したその日に、自分も聖殿の奥に忍び込もうとしたのだそうだ。 「それをこいつにつかまっちまってよー」とジュリアスを指差す。 指されたジュリアスはじろりと横目でゼフェルをにらんだ。 ああ、ジュリアス。よくぞつかまえてくれました。・・・私はジュリアスに心から感謝した。そんな計画を実行された日には、2週間どころか何年監禁されることになるか想像もつかない。 盛り上がっていると、オリヴィエにちょいちょいと脇をつつかれた。 「あんたがいない間さ、アンジェリークったら本当にかわいそうなくらいしょげてたんだよ」 (アンジェリークが・・・?)本人を見るとランディやマルセルらのテーブルで屈託なく笑い興じている。 「毎朝あんたの執務室に言って、『書庫に風を通さなきゃいけないから』って窓をあけてお掃除していたのよ。本屋にも毎日通って、あんたがいない間に出た新刊は買っておかないと、売り切れちゃうとあんたががっかりするからって言って・・・もう本当にいじらしいくらいだったんだから」 やっぱり・・・。あの涙を見た時に、彼女がどんなに心配してくれていたのか分かったが、そんなにまで気にしていてくれたと知るとやはり嬉しかった。 「ふふん。喜ぶのはまだ早いぜ」ふいに隣の席にすっと炎の守護聖が腰をおろした。 「よ、喜ぶなんて、そんな・・」内心を見透かされたようで慌てる私に 「いいか、俺は同情しないぜ。今回は確かにお前に1本取られた。お嬢ちゃんのハートの中では今はお前がヒーローかもしれない。しかし見てろよ・・・すぐにひっくり返してみせるぜ」 「あの・・・どうしてそういう話になるんでしょう?」 当惑する私を尻目にオリヴィエとオスカーは私の頭越しに訳の分からない火花を散らし始めた。 「さあ、それはどうかねえ。あのコ一途だからさあ。感謝の気持が次第に愛に変わってとか・・・そういうこともありそうだよねえ」 「いや・・・ですから、これは決してそういう話では・・・」 「俺が本気でアタックして落ちなかった女がいるか」 「さあね、けっこういるんじゃないの。それにそもそもあんた本気なの?」 「あの、ここでそういう話は・・・」 「なんだ突っかかるな。さてはお前もお嬢ちゃんのことを・・。」 「ふっふ。さああ、どうかしらね。少なくとも現時点ではあんたよりはアンジェの近いところにいるつもりだけど☆」 「あのー。あなた達はいったい女王試験をなんだと思っているんですかねー」 どうも会話のかみ合わない私にしびれをきらしたらしい、オスカーとオリヴィエは今度は二人がかりで私に食らいついてきた。 「そういうアンタはどうなのさ。好きだからかばったんでしょ?」 「そうだ。大体お前、エリューションで1週間もお嬢ちゃんと二人きりで何してたんだ。まさかお嬢ちゃんと何か有ったわけじゃ・・・・」 「あああ、あなたと一緒にしないで下さい!」 二人のあまりにも不謹慎な会話に私はつい声を荒げてしまった。 「大体何ですか、相手はまだほんの子供ですよ。それをそんな風に・・・不謹慎だとは思いませんか?」 「17といえば大人だろう」オスカーが不敵に笑った。この男が言うと、どうしてこう危険に聞こえるんだろう。アンジェリークをこんな男の餌食にするわけにはいかない。断固彼女を守らねば。私は更に声を荒げた。 「いいえ。まだまだ子供です。年齢じゃないんです。見れば分かるでしょう。大口あいて笑うし、急いでなくても走るし、何をあげても喜ぶし、よく食べるし、すぐに『なんでですか』って聞くし、ミニスカートで木登りするし、外で昼寝するし、どこが大人なんですか、そんな色恋の対象になんかなりはしませんよっ!!」 思いっきりまくしたてて一息つくと、向かいにいるオスカーとオリヴィエは何故か硬直した表情に汗を浮かべて 「そうか・・いや、お前の気持は良く分かった。じゃ、俺は行くから・・・。」 「あ。あたしも、紅茶のおかわりしてこようっと」逃げるようにそそくさと立ち去ってしまった。 「まったく何を考えているんだか・・・」へた、っと椅子に座り込んだ私の背後から、すっと新しいお茶を満たした湯のみが差し出された。 「あの・・・お茶のおかわりをどうぞ・・・」 「ああ、有難うございますー」受け取って、その人を見ると、私は思わず口に含んだ緑茶を吐き出しそうになった。 それはまさしくアンジェリークであった。 まずい。今の会話を、特に私の最後の発言を聞かれてしまっただろうか---私の体から音を立てて血の気が引いた。 しかしアンジェリークは何事もなかったようにニコニコと笑顔を浮かべている。 ほーっと私は一息ついた。どうやら聞いていなかったようだ。 やれやれ。 ものの勢いであんなことを言ってしまったが、自分だって彼女がもう子供じゃないことは分かっている。エリューションでの彼女はもう立派な指導者であった。子供は成長するものなのである。 しかし、恋愛とかそういう問題になると、やはり彼女にはまだ早い気がする。少なくともオスカーの相手なんてとんでもない。 「オスカーにはどこかでもう少しクギを指しておいた方がよさそうですねー。」私は心の中で呟いていた。 こんなことを考えている時点でアンジェリークを私物化していることになるのだが、その時はまだそんなことには少しも考えがおよんでいなかったのである。 |