10.黄色いドレス Angelique 「まだまだ子供・・・かあ」 寮に帰ってからもルヴァ様に言われたことが耳から離れなかった。 分かってる。ルヴァ様の言うとおりだ。確かに自分は子供っぽい・・・というか子供だ。 でも・・恋愛の対象にならないとはっきり言われたのはショックだった。 初めて会ったときから、ずっと好きだった。 よりによって、守護聖の中でも一番年上で、一番落ち着いたあの人を好きになってしまった。 最初は単なるあこがれだろうと自分でも思った。というか、無理にそう思おうとした。だけどこの息苦しいような思いは、時間が経つに連れて治まるどころか激しさを増すばかりだった。 ただ一緒にいられれば嬉しくて、声をかけられただけでどきどきして、あえない日が何日か続くと淋しくて・・。 手が届かない人だということはよく分かっている。相手は尊い守護聖様なのだ。今はたまたま試験中で、たまたままかり間違って女王候補になど選ばれてしまったから、こうして会って話すこともできるけれど、試験が終わればもう会えなくなってしまう人なのだ。そのことを考えるといつもたまらない気持になった。 とにかく、 一方的な片思いであることは疑いもない事実だけれども、せめてもう少し、見た目だけでも釣り合うようになりたかった。ほんのちょっと、一回でもいいから、子供じゃなくて一人の女性としての自分を見てもらいたい。 洋服ダンスをあけて乏しいワードローブを引っ張り出してみた。白いフリルのついたブラウス。チェックのミニスカート。どれも絵に描いたようなティーンズウェアである。 もともとこれだけ美丈夫揃いの聖地の人々の中で着飾ることに意味などあるのだろうか?なんとなく気押されするままにいつもスモルニィの制服ばかり着ていた。今更大人っぽくといってもどうしたらいいのやら・・。 そんな時、ふと脳裏にオリヴィエの顔がよぎった。そう言われてみれば前に「制服ばかりであきない?制服も似合ってるけど、どう?私が別のを見立ててあげようか?」と、言ってくださったっけ。 あの時は恥ずかしくて「そのうち・・・」とか、お茶を濁してしまったけど。いっそ、頼んでみようかなあ・・・。 翌日、私は勇気を奮い起こしてオリヴィエ様を尋ねてみた。 今週に入ってお茶会で半日育成を休んでしまったけど、後1日くらいならなんとかなるだろう。 「あのー。大人っぽくなりたいんです。相談に乗ってください」恥ずかしかったけど、単刀直入に言った。 私はオリヴィエ様のことを常々とても頼りになる人だと思っていた。とても気を使ってくれる半面、表裏なくストレートなものの言い方をするところを信頼していた。こういう人にはきちんと言いたいことを言わなきゃ失礼に当たる。 「おーや。アンジェリーク。いったいどういう風の吹き回しかなあ。」 オリヴィエ様は私からファッションの相談を受けたことがかなり嬉しかったらしく。上機嫌になった。 「OK。まかしといて、あたしがあんたを誰もが振り向くような素敵なレディにしてあげるからね」 オリヴィエ様はちょっと奥に引っ込んだかと思うと、春らしい淡い黄色のとてもきれいなワンピースを持って現われた。それはシルクと紗を重ねた柔らかいとてもきれいな生地でできていて、光の加減で微妙に色合いが変化した。胸のあたりで一旦シェイプさせた後、ゆるやかにひざ下まで広がるシンプルなラインのワンピースは、派手さはないけれど、清楚な上品さがあって、私はひと目で気に入ってしまった。 黄色いワンピースを着て、リボンを解いて、オリヴィエ様によってうっすらとメイクをほどこされた私は、鏡の前に立ってみて、唖然とした。 「オリヴィエ様・・・・・すごおい・・・。」私は思わず鏡の中の自分をまじまじと何度も見直してしまった。 「でしょう?」オリヴィエ様も出来栄えに充分満足されたようでにっこりと微笑んだ。 鏡の中の私は、「大人っぽい」というのとはちょっと違う気がしたけど、いつもよりぐっと落ち着いて見えた。メイクも服も派手じゃないけど、すごく自分に合ってる気がする。 「すごいすごい、素敵です。オリヴィエ様、どうも有難うございます。」 「気に入った?」 「はい!」 「じゃあ、お礼をもらっちゃおっかなー。」 オリヴィエ様に言われて私はドキッとした。 「ご・・ごめんなさい。今日私何にも持ってきてなくて・・・。」 私は慌ててバッグの中をごそごそした。 「そうじゃなくって」オリヴィエ様は笑って私にウインクした。 「今日一日私とデートしよっ。」 「え?・・・このカッコで出かけるんですか?」私はたじろいだ。いきなりそれはちょっと恥ずかしい・・・。 「何言ってんの。せっかくこんなにカワイイんだからみんなに見てもらわなくっちゃ。ね☆」 私はオリヴィエ様にせきたてられるようにして表に出た。外は暖かかったけど、薄くてふわふわした生地がさやさや風に吹かれるたびになんとなく恥ずかしくて、くすぐったいような気がした。 広場にはめずらしくジュリアス様がいらっしゃった。「叱られる」と思いきや、光の守護聖はまじまじと私を見つめた後で「良く似合っている」と、目を細めて誉めてくれた。そして「良い見立てだ。だが・・・これ以上いじるな」とオリヴィエ様にクギをさして帰っていかれた。 その後もオリヴィエ様はマルセル様の花壇だのカフェテラスだの守護聖らの執務室だのいたるところに私を連れまわした、要するに私を全員に見せて回りたいらしい。 さすがにオリヴィエ様のお見立てだけのことはあって、私のこの衣装は守護聖の皆さんには概ね好感を持って受け入れられたようだった。 「わー。どうしたのアンジェリーク。すごいやー。きれいだなー。まるでお姫様みたいだねー。」 「だーっ。なっなんなんだよおめー、そんなカッコして。まるで女みてー、じゃなくて、えっと。わー、寄るな、寄るんじゃねー。恥ずかしいだろー。」 「今日のお嬢ちゃんはたまらなく魅力的だが、オリヴィエのエスコートと言うのが気に入らんな。今度俺にもドレスを見立てさせてくれ。俺の色に染まってみるのも悪くはないと思うぜ」 「私の思ったとおりですね、あなたはそういう優しい色がお似合いだと思っていたのですよ。以前からお願いしたいと思っていたのですが、今度私の絵のモデルになっていただけませんか?」 みんな表現はさまざまだが、評判は上々だった。 クラヴィス様は何もおっしゃらなかったけど、帰ろうとすると「もう帰るのか・・?」とおっしゃられた。 「さあて、後はルヴァか」 オリヴィエ様がルヴァ様の名前を出したとたんに、私の心臓はびくっと跳ね上がった。 「執務室にはいなかったし・・・図書館でも行って見ようか?」 私は急に息苦しいくらい動悸が激しくなってしまって、返事ができずにただオリヴィエ様にうなずいてみせた。 図書館に続く小道を歩いていると、ふいにオリヴィエ様が振り返った。 「ねえ、アンジェリーク」 「はっ・・・はい。」 「腕組んで歩こ」 オリヴィエ様がにっこりと笑って肘を突き出すようにした。 すでに緊張で心臓がばくばくし始めていた私はすがりつくようにオリヴィエ様の腕を取った。 私はオリヴィエ様が女性のように美しいけれど、実はとても男らしい人だということを知っている。だけど、いつも友達感覚で相談に乗ってくれるオリヴィエ様のことを異性として意識したことはなかった。 オリヴィエ様の腕にすがりつくと、なんだか気持が落ち着いてリラックスした気持になってきた。 「急におとなっぽくなりたいなんて・・・・さてはアンジェリーク。好きな人でもできたんじゃない?」 「そっ・・・そんな・・」図星を指されて私は顔が赤らむのを感じた。 「ふーん。」オリヴィエ様は伺うように私の顔を見て「誰に恋してるのか、聞きたいような、怖いような・・・。」と、ちょっと意味不明のことをおっしゃった。 「でも聞いちゃおっ!」おもむろにオリヴィエ様はがばっと私のほうに向き直った。 「アーンジェ?誰が好きなのー?」 「しっ・・知りません。そんな人いません〜。」からかわれているとは知りながら、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。 「その反応!ア・ヤ・シ・イ」 「違いますったら〜。」オリヴィエ様に鼻の頭をつつかれて、恥ずかしくて私はくすくすと笑い出してしまった。 ちょうど、そんな時―――。 夕暮れが迫った小道を向こうから歩いてくる長身の影が見えた。 緑の服。ルヴァ様だ。私は一気に緊張した。 「はあ〜い。ルヴァ〜。」気が付いたオリヴィエ様がルヴァ様に手を振った。 ルヴァ様は最初、いつもと違う私に驚いたようで、びっくりした顔で私のことを見ていらした。私はまじまじと見つめられて思わずまた顔が赤くなるのを感じた。 「どーしたの、ルヴァったら。ボー然としちゃってぇ。あんまりアンジェが可愛いんでびっくりしちゃった?」 オリヴィエ様の言葉に、ルヴァ様はちょっと困ったような顔をされた。 ルヴァ様は私のほうに向き直ると、ゆっくりとこう言った。 「あー。アンジェリーク。それはどうなんでしょうかねー。私はいつものあなたの方がいいと思いますねー。」 私は一瞬、頭の中が真っ白になって、何も言葉が出せなくなってしまった。 「ちょっと、あんたなんてこというのよ」オリヴィエ様が慌ててフォローに入ったけど、ルヴァ様は相変わらず困ったような怒ったような顔をされている。 「あんたねー。いくら自分が流行に疎くて、美的感覚ゼロで、センスがないからといってねー。ちょっ・・・ちょっと待ちなさいよ。まだ話は終わってないんだからね」 ルヴァ様はオリヴィエ様と私には構わずにゆっくりと背を向けると聖殿の方に歩いていってしまった。 オリヴィエ様は帰る道々ずっと私のことを慰めてくれた。 私のために親切でしてくれたことなのに、すごく気にされて 「ごめんね、アンジェ」なんておっしゃるので、私のほうが申し訳なさでいっぱいになった。 「大丈夫です。私、全然気にしてませんから!」 「あの唐変木、本ばっかり読んで美的感覚がマヒしてんのよ。悪く思わないでカンベンしてやってね、こんど油しぼっとくから・・。」 「いいんです、いいんです。ほら、服装の好みは人それぞれですから・・。」 「じゃあ、私帰るけど、これに懲りずにまた遊びにおいで・・・。」 「はい。・・・あ、お洋服、クリーニングに出してお返ししますから。」 「いいの。それはあんたにプレゼントするよ。」 「えっ・・・でも、それじゃ・・。」 オリヴィエ様は私の顔を見るとおかしそうに笑った。 「バカだねえ・・・いくらアタシだって、これは着られないよ。アンタにプレゼントしようと思って用意してあったんだ。・・・・着て貰えて嬉しかったよ。」 オリヴィエ様はひらひらと手を振ると、帰って行かれた。 オリヴィエ様の姿が見えなくなったとたんに、私は床にペタっと座り込んでしまった。 涙がどっと溢れてくる。 私は泣きながらドレスを脱いで部屋着に着替えた。 私ってなんてばかなんだろう・・・ばかとしか言いようがない。 何を浮ついていたんだろう。 あの人に「子供だ」って言われるのも無理はない。こんな見かけだけちゃらちゃら着飾って、あの人になんていって欲しかったんだろう。 「きれい」って言って欲しかった。 そう、確かに。 なんて浅ましいんだろう。自分がとっても貧相に醜く思えた。 元々あの人にとって自分は単なる女王候補であるわけで、それ以上でもそれ以下でもない。私を助けるのはあの人の仕事で(ルヴァ様も自分でそう言っていた)仕事以外のところで私と付き合う必要なんか全くないんだ。 これまで目をかけてもらったような気がするけど、それは全部育成がらみだった。育成をがんばっているから認めて励ましてくれていたんだ。こんな着飾って遊び歩いている私を見て眉をひそめるのは当然だ。 もう消えてしまいたい。 誰より近いと思っていたあの人から軽蔑されるのは死ぬほどつらかった。 どこか遠いところに消えてしまいたい。 また涙が溢れてきた。 |