11.すれ違い(1) Luva なんであんなことを口走ってしまったのかさっぱり分からなかった。 自分でも唖然として、唖然としたままアンジェリークに謝りもしないで執務室に戻ってきてしまった。 あまりにも突然だったから・・・・・戸惑ってしまったのだ。 いつもと違うアンジェリークを見たとき、びっくりしてしまった。・・・あんまり・・・きれいだったから。 春先のタンポポのような色合いのふわふわしたドレスはアンジェリークにとても似合っていて、彼女の華奢な体はなんだかお日様に溶けてしまいそうなくらい儚げに見えた。いつもより深く開いた襟ぐりからきれいな形の鎖骨と真っ白なうなじが見えて、ピンクのルージュを塗ったふっくらとした唇がまるで桜の花びらのようで・・・・私はこんなアンジェリークを見たことがなかったので、とても動揺してしまったのだ。 それなら素直に「綺麗ですね」と誉めれば良さそうなものだが、 あの時、アンジェリークがオリヴィエと腕を絡ませて楽しそうにふざけ合っているのを見たらなぜだか急に、いやーな気持になって、そうしたら口が勝手にあんなことを言っていたのだ。 アンジェのびっくりしたような悲しそうな顔が再び目に浮かんだ。それはそうだ、あんなこと言われて傷ついたに違いない。 私は激しく後悔した。何であんなバカなことを言ったものか・・・。 私は悪い癖で、自分が何であんな行動に出たのかを分析し始めた。 私はアンジェリークが育成をはじめたばかりの、心細げに泣きべそをかいていたあの頃からずっと彼女を応援してきたのである。色々相談にも乗ったし、一緒にエリューションにも行った。 だから・・・・だから自分はアンジェリークにとって特別な存在だと勝手に思い込んでいたのではないだろうか? それが、自分の知らないアンジェリークが他の守護聖と仲良く腕を組んでいたりしたものだから、つまり・・・・"やきもち"をやいたのではないだろうか? 我ながらあまりにも幼稚であきれてしまうが、どうもそうとしか思えない。 しかし、冷静に考えてみれば彼女は女王候補なのである。自分だけと親しくするようでは既に女王失格である。すべての守護聖とコミュニケーションをとらねばならないのは当然だし、真面目な彼女はそれをきっとやっているはずである。 私だけが彼女を応援しているというのも大間違いだ。はじめの頃はいざ知らず、今や他の守護聖たちもアンジェリークには助力を惜しまないであろう。 私の知らないアンジェリークがいるのは当たり前のことなのだ。 この発見は、私の自分でも不可解な行動に一応の結論を与えたものの、私の心をなぜか途方もなく憂鬱にした。 アンジェリークは他の守護聖の前でもあんなふうに泣きべそをかいてなぐさめられたり、嬉しそうににこにこしたり、目をきらきらさせて話に聞き入ったりしているのだろうか? そうに違いない。 私だけと思うほうがどうかしていたのだ・・・。 目の前に今日のタンポポの花のようなアンジェリークとその悲しそうな顔がちらついて、私はその晩結局借りてきた本を1ページも読むことができなかった。 翌朝私は、アンジェリークの寮を訪ねることにした。 とにかく昨日の事を謝らねばならない。彼女をとても傷つけてしまったに違いない。 何と言って謝ればいいのか見当もつかないが、とにかく謝らねば。 私は寮のアンジェリークの部屋をノックした。 ―――返事がない。 彼女はもう出かけてしまったのだろうか?もしかしたら自分の執務室を尋ねてくれているのかもしれない。 彼女はよく育成で時間が取れないとき、朝や夕方のちょっとした時間にわざわざ挨拶だけのために執務室に寄ってくれることがあった。 私はあわてて執務室に戻った。 ところが、昼になり、夕方になり、夜になっても彼女は現われなかった。 すれ違いを恐れてずっと執務室にこもっていたが、その間あれこれと物思いにふけってしまって、借りてきた本は結局また手付かずのままだった。 こんなことは初めてだ。 私は気持が落ち着かないのをアンジェリークにちゃんと謝っていないからだろうと解釈した。 きちんと謝って、彼女が気にしていないのを確認したら、元通りの生活に戻れるだろうと思った。私は明日の朝、もう少し早い時間に彼女を訪ねてみようと心に決めた。 翌朝、少し早めにアンジェリークの寮に向かった。 寮の部屋をノックすると ―――相変わらず返事がなかった。 私は焦った。 もう出かけてしまったのだろうか?それとも、もしかすると、・・・・もしかすると彼女は居留守を使って自分を避けているんだろうか? 怒っているんだろうか、やっぱり。 ・・・会いたくないということは嫌われてしまったと言うことなのだろうか? 私はしばらくドアの前で硬直していた。 心の中にドーンと重い鉛の棒でもささったような気がして、私は重い足取りで元来た道を戻っていった。 その日は執務室の机の前で腑抜けのように半日を過ごした。 外はとてもいい天気なのに、心の中はちっとも晴れない。悶々としていると、ふと窓の外から聞きなれた笑い声が聞こえてきた。 私は反射的に立ち上がると、吸い寄せられるように窓辺によった。 窓の下の小道をジュリアスとアンジェリークが歩いていた。 アンジェリークがジュリアスに何やら一生懸命話して聞かせているのをジュリアスが目を細めてうなずきながら聞いていた。 私はこんな穏やかでくつろいだ表情のジュリアスを見たことがなかった。 私は何か見てはいけないものを見てしまったように、とっさに二人から目をそむけて窓辺を離れた。 急に胸の辺が何か締め付けられるように苦しくなってきた。 なんなんだろう、これは・・・。 私は再び窓辺に戻るとアンジェリークの姿を探した。 二人はもう行ってしまったようで、人影のない小道には、春の太陽がさんさんと木漏れ日を地に落としているだけだった。 |