4.国王 Luva かくして私達三人は、惑星Kに向けて出発した。 危惧していた内戦の流れ弾や盗賊による襲撃もなく、航海は極めてスムーズに進んだ。この分で行けば予定通り数時間後には目的地に到着できそうである。 飛行艇の中で、アンジェリークは既に式典用の服装に着替えていた。 この日アンジェリークのドレスは、珍しくラベンダー色だった。色白の彼女にはこの美しい色が実に似合っていて、私はまたしてもしばし見惚れてしまった。 実は今回の出張でのアンジェリークの衣装を準備したのはオスカーだった。 元々女王補佐官という職務はあまり出張はしない。女王代理で式典に出席するなどという事例もあまりないので何を着ればいいものかと、最初にアンジェリークから相談を受けたのは私だった。 私は早速以前の事例を調べて打ち合わせに持っていったのだが・・・。 「・・・ダサい。」 アンジェリークとオスカーは私が持っていったデザイン画を指差して異口同音に言った。 「はあ、まあ・・・確かに・・・古いものですからねえ・・・。」私は当惑した。資料は本当にこれしかなかったのだ。 「うーん。これはちょっと、いくらなんでも・・・・。」アンジェリークがうめくように言った。間の悪いことにオリヴィエは丁度別な場所に長期の視察に出ていた 「分かった。俺に任せろ。」 オスカーは何か腹積もりがあるようで心得顔で出て行った。 一週間後にはオスカーは何着かのドレスを持って現われた。 何でも友人のデザイナーに頼み込んで数日で作らせたそうだ。そのデザイナーとやらが女性であることは想像に難くない。どうやって頼んだかはおおよそ想像がつくというものだ。だいたい何で計りもせずにアンジェリークのサイズが分かるのだ。 かくしてアンジェリークは今、そのいわく付きのドレスをカンペキに着こなしていた。私はその姿を賛美と共に少し複雑な思いで見守っていた。 どうもこの二人は妙に息が合っているのである。 聖地での打合せの時からずっとそうだった。 聖殿の警備について、近々聖地で行なわれる美術館の落成式について、今回の戴冠式に随行する人員について・・・・・二人は矢継ぎ早に意見を交換し合い、どちらかが詰まるとどちらかが打開策を提示するといった具合で、全く私の入り込む余地などない、まさに「あうん」の呼吸なのである。 時々アンジェリークが思い出したように「ルヴァ様、あの式典って毎年何日にやるんでしたっけ?」なんて聞いたりするのだが、何の事はない、私は辞書代わりみたいなもんである。 こういう時にいつも嫌と言うほど思い知らされるのだが、知識をもっているのとそれを使えると言うのは別次元の話で、要するにこういう場に立つと私はいつも嫌になるくらい「役立たず」なのである。 日頃はまあ人それぞれだと思って、あまり気にしないようにしているのだが、アンジェリークがここにいて、自分以外の男をもっぱらたよりにしているのを見ると、我ながら自分で自分が情けなかった。 そんな感慨にふける間もなく―――ほぼ定刻に飛行艇は目的地のエアポートに到着した。 予想はしていたがかなり鄙びた場所だった。上空から見たときでも、エアポート周辺に僅かな緑地を残して土地のほとんどが砂漠化しているのが見て取れた。エアポートの設備自体も時代がかったもので、最後に整備したのはいつだろうと思われるような代物だった。 死に向かう星―――出発前にアンジェリークが用意した資料にもこの星の置かれている状況が仔細に書かれていた。かつては緑多き地であったこの星は、後半世紀も経たないうちに完全に砂漠化してしまうのだ。先代の女王陛下は、いったい何のために二度もこの星に訪れたのか、結局公式記録には何も残されておらず、謎のままだった。 タラップを降りると生暖かい砂混じりの風が頬を叩いた。重力のせいか、なんとなく体が思い。ふと訳もなくいやな感じがした。 タラップの下では一群の人々が我々を出迎えた。 我々はエアポートの内部の遺跡のような古びた建物の中で慌しく挨拶を交わした。 「ようこそ。」王族らしき若い男が、かなり舌足らずな公用語で我々に手を差し出した。 若い男は、明日戴冠式を迎える新国王であった。彼はウェイと名乗った。 新国王は上背があり、かなりの偉丈夫であった。顔立ちは整っていると言えなくもなかったが、目に落ち着きがなく、表情が神経質そうで、それが元々の輪郭に宿った気品を損んじていた。 (これが新国王・・・・)三人は期せずして顔を見合わせた。 国王は、後ろに控えた人々を振り返り、苛々と彼らの言葉で二言三言しゃべった。 「これで充分だろう。城にもどるぞ。」そんなようなことを言ったらしい。 私は遠方に赴く時は、できるだけその国の言葉を学んでおくようにしていた。それでこんな聞きたくもない内緒話も聞こえてしまうわけだ。 その時、一群のはずれにいた小柄な人物が、さっとベールを脱ぐと歩み寄ってきた。 「ようこそ」真っ白な両腕を伸ばして満面の笑顔を見せたその人物は、年のころはアンジェリークより一つ二つ年下か、まだ幼さを残した少女だった。 「王妹殿下です。」顔色の悪い大臣が、我々に紹介した。 「シャンユンと申します。―――兄は公用語が得意では有りませんので、替わりに私が通訳いたします。」 黒髪に黒い瞳の美少女は、にっこり微笑むと我々に向き直った。 「遠い宇宙の女王陛下にお使えする皆様。このような鄙びたところにようこそお越しくださいました。本来でしたら宇宙に名だたる女王陛下とその臣下である皆様をこのような小国の私事にお呼び立てするなど思いもよらないことでございますが、先代女王陛下と私どもの父王の交情を思い、身のほど知らずにも御招きしてしまいました。先代からの友情をお忘れなく、わざわざお越しくださいましたこと、身に余る誉れでございます。情誼に厚い遠い宇宙の女王陛下と皆様に心から感謝を申し上げますわ。」 私たち三人は顔を見合わせて苦笑した。皇太子が口にしたのはほんのひと言二言である、豪華に添えられた美辞麗句のほとんどはこの美少女の創作である事は疑いがない。 私たちの様子を見て少女は華やかに笑うと悪びれもせずに言った。 「兄は口下手ですので、私が替わりにちょっぴり付け足しました。」 最初のいやな雰囲気はきれいにぬぐわれていた。 少女は無邪気に微笑むと、人なつっこくアンジェリークのすぐそばまで歩み寄り「初めまして」と手を差し伸べた。 アンジェリークが微笑んで手を取ると、少女はまじまじとアンジェリークを見つめて目を丸くした。 「まあ。お兄様ご覧になって。こちらの補佐官様のお美しいことといったら、まるで絵本の中から出てきた天使様のようですわ。なんて綺麗な金色の髪・・・それに宝石のような緑色の瞳。本当に、美の女神様の祝福を一身に受けていらっしゃるみたい・・・憧れてしまいますわ。」 あからさまな誉め言葉にアンジェリークはたちまち首筋まで真っ赤になった。 「ご冗談を・・・。お姫様のお美しさにはとても及びませんわ」 アンジェリークの言葉にシャンユンはにっこりと溶けるような笑みを浮かべた。 「私など補佐官様の前では月に照らされる小石のようなものですわ。でも、誉めてくださって有難うございます。」 シャンユンはそのまま踊るような足取りでオスカーの前に歩み出た。 「ようこそ。お噂はかねがね聞き及んでおりました。宇宙に並ぶものなき勇者、炎の守護聖オスカー様。でも噂など当てにならないものですね。実際にお会いするまではこんなにも素敵な方とは思っても見ませんでしたわ。どんなに美々しい言葉を並べ立てたところで、このように凛々しいお姿を言い表すことなんて不可能ですわ。実際私、想像することすらできませんでした。」 このまるでオスカーを女性にしたような豪華な長広舌に聞いている私の方が赤面しそうだったが、さすがにオスカーは平然としたものだった。すかさず姫君の手を取るとその甲に口付けた。 「月の雫から生まれたような、清らかで美しい姫君。私が遠い宇宙を渡ってやってきたのは、きっとあなたのその黒曜石のような美しい瞳に引き寄せられたのでしょう。」 姫君は一気に頬をあからめると、息を整えるように胸に手をおいた。 「勇者様。お姿は気高く、お心が勇敢なばかりでなく、そのお言葉もまるで詩人のように優しく、蜜のように甘いのですね。明日からは国中の乙女達の外出を止めて家にこもらせなければなりませんわ。でないと、国中の乙女が貴方様お一人に焦がれ死にすることになりかねませんわ。」 姫君が胸を抑えたまま私の前に歩み出てくると、私は何かとてつもないことを言い出されないうちにと、何の変哲もないありきたりの挨拶を彼らの言葉で手短に言った。 とたんに姫君の大きな目がまん丸になり、私の顔の上でぴたりと停止した。 「あー。すいません。何か間違って・・・・」言いかけた私の両手をいきなり姫君が力をこめてぐっと握り締めた。 「まあ!!!存じ上げませんでした。名高き賢者様がわたくしどもと同郷とは!」そのまま感極まったように両手を胸の辺に押し抱かれて私は泡を食った。 「ああ、いえ・・・違うんです。ご挨拶の言葉をちょっと勉強してきただけなんですよー。」 「本当ですか?信じられませんわ。でも確かにそうですわ、賢者様のその美しい髪の色は私どもの星のものではありません。瞳の色も・・・」姫君はじぃっと私の目を覗き込むように見つめた。黒曜石のような黒い瞳を長い睫が縁取っていて、とても美しい瞳だった。 「賢者様。豊かで、清らかな水をたたえた深い湖のような瞳をしていらっしゃいますのね。その目に見つめられたらどんな真理も姿を表さずにはいられないでしょう。」 ここで姫君は私の両手を相変わらず自分の胸に押し頂いているのに気がついたようで、急に真っ赤になって手を離した。 「申訳ありません。失礼致しました、賢者様。」 我々は一行に案内されて馬車に乗って城へと向かった。 無邪気で可愛らしい姫君に比べて、私は皇太子の様子が気になっていた。 先ほどから皇太子はほとんどしゃべらない。 態度からして社交的なことはおよそ苦手な性質らしく、居心地が悪そうな素振りを隠そうともしていなかった。成長しきった子供といったイメージがあった。 しかも、この皇太子、先ほどからちらちらとアンジェリークの方を振り向いては気にしているようだ。 時折、口元に笑みを含んで、ぶしつけに凝っとアンジェリークを見つめている。 アンジェリークも気が付いたようで、困惑したような表情を浮かべていた。 私も正直いって当惑していた。この不躾な行為を家臣らは誰も咎めようとしないようだ。外交を重視しないのであれば、なぜわざわざ我らを招いたのだろう。 私は取り合えず様子を伺うことにした。国王に会えば分かることだ。この星の国王は先代の女王陛下と親交が厚かったという、きっとひとかどの人物に違いない。 整備されていない悪路を、数時間馬車に揺られ続けた果てに我々は彼らの城に辿り着いた。 |