9.足止め

Luva


私は珍しく腹を立てていた。オスカーにではない。自分にだ。
先刻は些細な感情に捕われて、きちんと事情を説明しようとしなかった。そのためオスカーとの間にいらざる溝を作ってしまった。
本当は彼らと相談したいことが山ほどあるのだ。この旅はそもそも最初からおかしかった。なぜこのような貧しい小国が盛大な式典をする必要があるのか?国王はどこにいるのか?誰が、何のために我々を呼んだのか?
彼らには明らかに何か別な目的がある。すべての条件が危険の兆候を示していた。

私がいつになく頑なになってオスカーとの行き違いを修正しようとしなかったのは馬鹿げた理由からだった。
オスカー自身があんなにムキになる背景に、私は別な感情があることに気づいていた。そして、それに不安を感じていたのだ。そんな自分が猛烈に嫌だったのだ。
どうも全員調子が狂っている。みんな自制心を失って間違った方向に向かっている。
この星の重苦しい空気がそうさせるのだろうか?

とにかく私は、軌道修正を図ることにした。今からでも遅くない。とにかく今できることをやらねばならない。
私は重い気分を抱えたまま、時間どおりに謁見の間を訪れた。


謁見の間にシャンユン姫はいなかった。
相変わらずばつの悪そうな落ち着かない表情を浮かべたクレマン氏が、おどおどと私に告げた。
「地の守護聖殿。実は、困ったことになりました」
「はあ。」
「昨日辺りからこの星域で大規模な磁場嵐が起きてまして、とても危険な状態です。ご帰還はしばらく見合わされたほうが・・・。」
「何ですって?」 私は一瞬耳を疑った。この辺にたまに磁場嵐が起こるのは確かな事実である。しかし、今はその季節ではないはずだ。
私はまじまじとクレマン氏の顔を見つめ返した。クレマン氏はそそくさと視線をそらした。
もしかしたら・・・・我々は帰国を早めようとしているのを見抜かれて先手を打たれたのかもしれない。

「では、一度飛行艇に残してきた者と連絡をとらせていただけないでしょうか?」私は何とか思考を立て直すとそう言った。
一瞬国王と大臣がすばやく顔を見合わせるのを私は見逃さなかった。
数秒の間を置いて、国王が下手くそな公用語で言った。
「嵐で、危険だ、場所を移した。」
「それはいつのことですか?・・・どうして事前に教えていただけなかったのでしょうか?」
私はわざと不満を匂わせる口ぶりで言った。彼らにいささかでも誠意があれば、何らかの事情説明が得られるはずだ。
「危険だからだ。時間はない」国王が乱暴にテーブルを叩いた。
これは、明白な、宣戦布告である。

結局、彼らの誠意どころか何の情報も引き出せないまま、私は一旦引き下がらざるを得なかった。
とにかく二人と相談しなければ・・・。アンジェリークの部屋に向かうと、彼女は部屋の前の廊下に所在なげに佇んでいた。


「どこに行ってらしたんですか・・・?」
アンジェリークの声はどことなく物憂げだった。私は勢い込んで言った。
「そのことで私も話があるんです・・・。オスカーは?」
「部屋で仮眠してます。オスカー様・・・・夕べはずっと私の部屋の前で番をしてくれてたんです。」
アンジェリークの言葉は、そのつもりは無いのかも知れないけれど私を責めていた。彼女の視線が痛かった。分かっている。本来、彼女を守るのは私の役目なのだ。だけど、私は・・・・。
「ルヴァ様は平気なんですか?私をずっとオスカー様とふたりきりにしていて。」
「アンジェリーク、私は・・・・。」
「ごめんなさい。私、めちゃくちゃなこと言ってますね。でも、あのお姫様きれいで可愛らしいですものね。ルヴァ様、そんな暇ないですよね・・・。」
どうしてそんな話になるんだ。アンジェリークの言葉に私は頭が真っ白になりそうだった。
「アンジェリーク、それは・・・」
「触らないでください!」アンジェリークはこれまで聞いた事が無いほどヒステリックな声を上げると、差し出した私の手を激しく払いのけ、身を翻して走り去ってしまった。
私はもう追いかける気力も湧いてこなかった。
いったい何がどうなっているんだろう。些細な誤解が誤解を呼んで・・・・とにかく、三人とも、もうバラバラだった。


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