12.襲撃

Oscar


「やっぱりヘンだと思いませんか?」ふいにアンジェが俺を引っ張って耳打ちした。
「戴冠式のときに見かけた国賓の人たち、誰も来てませんよ」
「そのようだな・・・。」俺もちょうど同じことを考えていた。
他国はみんな引き払ったのに、俺達だけが残されている。どう考えても不自然だ。
「磁場嵐の話も本当なんでしょうか?」声をひそめてアンジェリークが言った。
「まだ嘘だと断定もできないが・・・・・。」俺は曖昧に言葉を濁した。
やつらの行動は納得がいかないフシが多いが、確証がない以上、みだりに疑うような発言をするわけには行かない。
「ルヴァはなんて言ってるんだ?」悔しいが、やはりこの手の問題になるとやつの分析は頼りになる。
「さあ。」
「さあって・・・話してないのか?」
「だって、いつもいないんですもの。」
どうなってるんだ、この二人は・・・。俺は肩をすくめた。

気を取り直して詳しく事情を聞こうと振り向いた瞬間、俺の視界に動く影が映った。

向こうの植え込みの影。人が隠れている気配がある。何かキラリと光るものが見えた。俺の全身が危険を察知して緊張した。
―――瞬間―――。
植え込みの影から銀色の光る筋が襲ってきた。
飛び道具だ。

その日俺は完全な丸腰だった。園遊会に武器を持ち込むわけには行かない。
俺はやむなくアンジェを突き飛ばすと、手近に合ったテーブルをひっくり返し、盾にしてその影に身を隠した。
テーブルの上の皿やグラスが派手な音を立てて飛び散る。
一、ニ、三本―――続けざまに襲ってきたナイフはすべて鈍い音を立ててテーブルの板に突き刺さった。
気が付くのが一瞬遅れていたら、逃れられなかったろう・・・。背中を冷たい汗が流れた。


周りの連中が驚いて騒ぎ出した。
突き飛ばされてびっくりしたアンジェが目を丸くしてこちらを見ている。
アンジェは上手い具合に植え込みの影に倒れていた。
植え込みが目隠しになって向こうからは姿が見えないはずだ。
ところが
「オスカー様!」
心配したアンジェは立ち上がると、こちらに向かって歩み寄ってきた。
「来るな!」
叫んだ瞬間にはもう、再び向こうの植え込みが動くのが見えた。
俺は距離を測った。駄目だ、間に合わない。俺は横っ飛びに跳んだ。


鈍い音がして、わき腹に焼けるような痛みが走った。
「オスカ様――!!」アンジェリークの悲鳴が聞こえる。

辺りが騒然としてきた。
「誰も動くな!!」傷口を押さえたまま俺は叫んだ。騒ぎたてるのはやつらの脱出をやりやすくさせるだけだ。
「あっちだ!追え!」入り口近くにいた衛兵に植え込みの方を指差した。衛兵達は、はじかれたように走っていった。

「オスカー様。」
アンジェリークが泣き濡れた目で俺を見ている。
「怪我はないか?」
アンジェは泣きながら首を横に振った。
「私はなんとも有りません。オスカー様が、オスカー様が・・・・。」
傷は大したことはなかった。幸い急所は外れている。何よりアンジェが無事でよかった。俺は大きく安堵の息をついた。
連中は明らかにアンジェを狙っていた。誰が・・・?いったい何のために・・・?

「オスカー!大丈夫ですか!?」
騒ぎを聞きつけて駆け戻ってきたルヴァを見て、俺はつい頭に血が上った。
ここ数日鬱屈していた気持が込み上げて来た。
「お前はっ・・・・一体何をしてたんだっ!」俺は思わずルヴァの胸倉をつかむと、青白い横っ面を思い切り拳で殴り飛ばしていた。
ルヴァは殴られてあっさりとその場に尻餅をついた。その手ごたえのなさが、また俺の怒りを煽った。
「恋人を放ったらかしにして、何をしてたかと言ってるんだ!」
俺は容赦なくルヴァの襟首を掴むと、やつを引きずり起こした。
「やめて!やめてください。オスカー様!」アンジェリークが泣きながら俺の固めた拳に取りすがった。
「無理をしないで。けがしてるんですから・・・手当てが先です。」
俺は駆けつけた医者達に囲まれるようにして医療室へと連れて行かれた。アンジェリークはちらりとルヴァのほうを振り向いたが、そのまま小走りに俺の後を追ってきた。





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