15.敵

Luva


それからどのくらい時間が経ったのか・・・・気が付くと頭の芯に鈍い痛みが残っていたが先ほどまでの気味の悪い冷や汗は引いていた。どうやらクスリの効き目が切れたようだ。
「ルヴァ・・・・」オスカーが仕切りのドアを開けて入ってくる。
「大丈夫です。切れたみたいですよ。心配をおかけしましたねー。」
私はふと不安になった。最初のうちは自制できていたつもりだが、後の方は本当に意識が無い。
「あのー。私、妙なことを口走ったりしませんでしたか?」
「何も・・・・物音一つしなかったぜ」オスカーは私の縛めを解きながら、振り向きもせず答えた。
先ほどからオスカーは寡黙になっていた。初めて知ったが、この男が芯から腹を立てると、こうなるらしい。
縛めを解いた後の手首や足首からは血がにじんでいた。自分では気が付かなかったがけっこう暴れたらしい。血のにじんだ白布を見て、オスカーが眉をひそめた。私は袖を伸ばして傷跡を隠した。

部屋を出ると、アンジェリークが飛びついてきた。
「ルヴァ・・・・ルヴァ・・・・」私の名を呼び、すがりついて泣き出した。
つい先ほどまでクスリのせいで朦朧とする意識下でこの人を幾度となく冒涜してしまった私は、彼女の顔をまともに見ることができなかった。
私はそっと彼女の体を押しやった。
何も知らずにこんな薬を全部飲んでいたら、とんでもないことをしでかしていたに違いない。


「とにかくこれで私達が敵に囲まれているということははっきりしましたね」
「そのようだな・・・。」
「とりあえずこんな手の込んだことをするところを見ると、彼らには我々を殺すつもりがないのは確かですね。」
「それじゃ、やつらのねらいは・・・。」
「サクリアでしょう。」私は断定した。
アンジェが小さく息を呑んだ。
「我々のサクリアでこの星の砂漠化を止めようとしている。・・・・そのくらいならまだ交渉で解決できる余地が有りますが、それだけじゃなさそうですねー。招待状のあて先は元々陛下だったわけですし、陛下のサクリアを手に入れるつもりでいたとしたら、とんでもない大それたことを企んでいるのかもしれません。」
「どっちにせよ碌なことは考えてなさそうだな。」オスカーが毒づいた。

「逃げましょう」私は立ち上がってポンポンと衣の襞を払った。
「彼らはきっとクスリの効果を確かめに来るでしょう。その時に思い通りになっていなかったら我々が気が付いたのがばれちゃいますよ。」
「でも、逃げるってどうやって?」アンジェが不安そうに言った。
「オスカーとアンジェはここを出てエアポートに向かってください。」
「ルヴァはどうするの?」アンジェが心配げに私の袖をつかんだ。
「一緒に出ると目立ちますしねえ・・・。私は彼らに何とか早く帰れないかとか相談に行って、ニ三時間引き止めておきますよ。」私は二人に笑って見せた。
「危険じゃないのか?」
「大丈夫ですよ。長話は得意ですしね。」
「私も残ります。」アンジェが駄々をこねだしたが、こんなことは予測済みだ。
「ダメですよ。あなたにはしてもらわなきゃならないことがありますから・・・。」
「何をすればいいんですか?」
「ええと、あなたは陛下と精神感応で交信できるって言ってましたね。」
「ええ・・・でも、それは陛下の力の及ぶ聖地でのことです。ここでは・・・。」
「聖地以外で試したことはないんですね?」
「ええ・・・。」
「じゃあ、ここを離れたら試してみてください。つながったら事情を話して応援を頼んでください。これは重要な外交問題ですからね。」
私はわざと彼女の使命感を刺激するような言い方を選んで言った。案の定彼女はぐっと黙り込んだ。

「裏の庭から柵を越えるのがいいでしょう。反対側は森であまり人気はありません。」
私はノートの紙を一枚引きちぎると手早く裏庭方面の地図を書いてオスカーに渡した。
「詳しいな・・・・」オスカーが驚いたように言った。
「ああ、ええ、まあ・・・。」私は曖昧に誤魔化した。実はシャンユンに付き合っていたのはこの辺に関しての情報が欲しかったのが大きな理由のひとつだった。だが、今更こんなところで言い訳がましいことを言っても、ゆっくり説明している時間はない。
「オスカーはエアポートについたら飛行艇を探してください。もしかしたらこちらの星のものをお借りしなきゃならないかもしれません。」
「奪えってことだな・・・・。分かった。」
「これは彼らがオスカーに飲ませようとしたクスリです。あんまり残ってませんけど、大事な証拠ですから聖地に戻ったら王立研究院に提出してくださいね。」私はクスリ壜をアンジェの手に握らせようとしたが、彼女は手のひらを握り締めて受け取ろうとしなかった。
「いやです。」もう、目に涙がにじんでいる。
「自分で持っていけばいいじゃないですか。自分で研究院に渡せばいいのに・・・なんでそんなこと言うんですか?」
「もし危険が迫って、その時私が間に合わなかったら、あなたたちはとりあえず先に逃げなきゃいけません。」
「いやです。私たち待ってます」

私は駄々っ子のようなアンジェをなだめるために、にっこりと笑って見せた。
「大丈夫ですよ。私を殺したらそれこそ外交問題ですよ。下手すりゃ戦争ですよ。ここの人たちもそんな馬鹿な真似はしないでしょう。だから、安心して聖地の応援を得て後で迎えに来てください。みんなで残ったらもっと危険でしょう?とにかく誰かが聖地にこの状況を伝えることが一番肝心なんです。」
実際、これ以上の割り振りは思い浮かばなかった。
エアポートで飛行艇を確保するのはオスカーの武力が欠かせないし、聖地との交信はアンジェリークでないとできない。長話で彼らを煙に巻くのは自分がまさに打ってつけだろう。それに言ってしまうと情けないが、私には万一何かがあったとき彼女を無事エアポートまで送り届ける自信がなかった。
「アンジェを頼みます。」まだ納得がいかない表情のアンジェを私は無理やりオスカーの方に押しやった。
「任せろ」オスカーはうなずくと、振り返るアンジェをせきたてるようにして中庭に面した廊下から出て行った。


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