16.脱出

Luva


二人が出て行ったのを見届けると、私は国王に謁見を申し出た。
通常国王との謁見ともなると面倒な手続きが必要なものだが、さすがにここではそのように物々しいこともなく、私はすぐに謁見の間に通された。
「賢者様・・・。」
相変わらずすぐに飛び出してきたのはシャンユンであった。国王はむすっとした表情で奥の席に座り込んでいる。国賓は立って迎えるくらいは礼儀だろうが、周りにはそれを教える人物もいないらしい。
替わりにシャンユンが私を手を取らんばかりにして室内に招き入れた。

私が型どおりの挨拶をすると、国王は面倒くさそうに手を振った。
座れとも言わない国王に替わって、シャンユンが私に席を勧め、私は二人に向き合って腰をおろした。

「それで・・・・御用の向きは?」耳障りな公用語で国王・・・ウェイがたどたどしく言った。
「我々の出立のことなのですが・・・・・その後、磁場嵐の状況はいかがでしょうか?」
「さあ、良くなったと言う報告は受けていないが・・・。」
「帰国の予定も大幅に過ぎておりますし、そろそろ戻りませんことには次の公務に支障をきたしてしまいます。我々も少々焦ってきておりまして・・・。」
「自然現象だから仕方ないだろう。」ウェイの敬語が怪しくなってきた。シャンユンがちょっと眉をひそめた。
「それでですねー。私も多少気象学を学んできておりますので、できればデータを管理されている研究所に直接うかがわせていただいて、お国のご担当の方と直接話をさせていただければと思うのですよ。そちらで集められたデータと、私どもの飛行艇の耐久力を照らし合わせれば、多少の無理をすれば出られないこともないかと思うんですが・・・。」
私はこの期に及んで駄目押しで彼らの真意を確認したいと思っていた。これで誠意ある回答が出てくれば、先ほどの毒薬の件は彼らのあずかり知らぬことという可能性も出てくる・・・。
「我々が信用ならないということか・・・。」
「兄様・・・・・・」シャンユンが兄のひざをゆすってたしなめた。私のほうを振り向いて言う。
「ごめんなさい。賢者様。兄は公用語が苦手で、うまく言いたいことが表現できないんです。」
ウェイはふん、と横を向いた。
私は笑って彼らの言葉に切り替えた。
「実は航海に当たってこちらの気象データも調べてきたのですが、こちらではこんなに長い期間磁場嵐が続くと言うのはあまりないことですよね。」
「そうですね。珍しいですわ。でも・・・私はそのおかげで賢者様と長く一緒にいられてとても嬉しいのですけれども・・・。でも賢者様には迷惑をかけてしまっているのですね。」シャンユンは悲しげな顔をして見せた。
話をそらされそうになったが、私はもともと時間稼ぎが目的だから結論は急がない。
「いえいえ。国王陛下の言われるとおり、自然現象なのですから仕方有りません。ですが、個人的な興味もありましてね。この特異な現象について、お国の専門家に是非ご意見を伺いたいと思っているのですよ。」
「分かった、データ―を渡せばいいのだな。」ウェイが苛々と言った。
「いいえ。できればデータの出し方についてもご担当の方のご意見を伺いたいと思いまして・・・。」私はしつこく食い下がった。
「いい加減にしろ!」ウェイが荒々しくテーブルを叩いた。「信用できないなら信用できないと、そう言えばいいだろう!」
「お兄様!」シャンユンが兄を責めるように見た。
全く・・・この若い国王には外交も国交もへったくれもないようだ。私は心の中で苦笑いした。
「これは・・・・失礼の段お許しください。」私は時期嵐に関するデータをもらうということであっさり折れた。どっちみちデータなんて出てこないだろうことは分かっている。磁場嵐も恐らくでっちあげだろう。彼らに誠意が無いことが分かれば充分である。
私はもうひとつ気になっている問題を切り出した。
「実はもうひとつお願いが有りまして・・・・・。」
「なんだ」かなり不機嫌そうにウェイが言った。
「先代国王陛下はご病気と伺いましたが、一度だけでもお見舞いさせていただくことはできませんでしょうか?」
一瞬ウェイとシャンユンがちらりと顔を見合わせたのを私は見逃さなかった。
「賢者様。父王はこの宮殿にはいないのです。」シャンユンが困ったように私に言った。
「容態が悪化してからは、別な場所で療養しているのです。」
「私どもの先代女王がたいへん懇意にさせていただいていたということですから、私たちが来ているということだけでもお伝えしたいのです。」
「そんなことならもう伝えてある!」ぶすっとしてウェイが言った。
一瞬シャンユンが厳しい視線で兄を見たが、ウェイは気づいていない様だった。
私にはこれはうそだと言うことがすぐに分かった。知っているのなら来られないまでも伝言なり書簡なり、何か挨拶のひとつくらいあるだろう。先代国王はすくなくともこの国王のように礼儀知らずじゃないはずだ。
「このごろはずっと意識が混濁してしまっているようで・・・・。ものごとの認識が出来ないのです。」すかさずシャンユンがフォローした。
「そうでしたか・・・・」私はこの件もあっさり折れた。
「それでは最後ですが・・・・」私は二人がどのあたりまで行ったかを計算しながら切り出した。
ウェイの眉がぴくっと上がった。
「せっかくこうしてお近づきになったわけですし、何か私どものほうでお力になれることがないかと思いまして・・・」
ウェイはむっつりと黙り込んでいる。
「どういうことですか?」シャンユンが小首を傾げる。
「例えば・・・・・」私は体をずらして部屋の奥の植え木の方に両手を伸ばした。水盤の無いところでサクリアを使うのはずい分久しぶりだった。上手くいくかどうかは保証の限りではない

伸ばした両手の先から静かに緑色の光の球体が生み出された。
それが淡い光を放ちながら、植木に落ちると、木全体がぼうっとほの白く光った。

「すごい・・・・・これがサクリアですね。」シャンユンが再び感歎の声を上げた。
「そうですよ。」私は微笑んで答えると、手元のちょっと冷めかかった紅茶を啜った。
ウェイは呆然とした様子でこの光景を見ていたが、ソファーに座りなおすと自分も紅茶を手にとって一息に飲み干した。その目がぎらぎら輝いているのを私は不吉な思いで見つめていた。
「それで、この力を私たちにお貸しくださるということなんですね。」
「ええ・・・お望みとあらば・・・」私はシャンユンに微笑みかけた。

シャンユンはちょっと口を尖らせた「うそつきですわ。ルヴァは・・・。」
「どうしてですか?」
「だって、私達のことを助けて下さるのでしたら、どうして私たちに毒を飲ませようなんてなさるの?」
さすがにシャンユンは気が付いていたようだった。
私はさっき二人がサクリアに見とれているうちに、彼らのティーカップにさっきアンジェに渡した毒薬の残りをほんの少しずつ入れていた。シャンユンはともかく、ウェイを振り切るためには他の方法がちょっと思いつかなかった。
「ひどいことなさるのね・・」恨めしげにシャンユンが言った。
「お互い様だと思いますけど」皮肉じゃなく、これは私の本心だった。
「分かりました。じゃ、これでおあいこですわね」
まだカップの紅茶を飲んでいなかったシャンユンはいきなりカップの中身をのどを鳴らして全部飲み下してしまった。


シャンユンは目を細めると袖を口元に当てて笑い出した。
「このお薬が何だかご存知ですか?」
「ええ、飲めばどうなるかということは大体分かりますが、薄くしてありますから気分が悪くなるくらいで済むかと思いますよ。」
振り向くとウェイはガタガタと震えながら床につっぷしている。
「すみません。」身を翻して部屋を出ようとすると、何かひっかかるものがあった。
振り向くとシャンユンが私のマントの端を捉えて嫣然と微笑んでした。
「私は構いません。・・・・あなたにだったら、私の本心をお見せします。」振り向いた私の懐の中に、いきなり音を立ててシャンユンが倒れこんできた。
これも芝居かと思ったが確かに彼女の全身はクスリによって薄紅色に染まって小刻みに震えている。いきなり身悶えるとシャンユンは私の腕の中で自分の衣を解き始めた。
「好きなのです・・・あなたが・・・・。」熱っぽく言うとそのまま唇を求めてきた。
シャンユンにからみつかれて私は焦った。クスリはかなり薄めてあるから切れるのも早いはずだ。ウェイが覚めたら一巻の終わりである。
「すみません。」私はシャンユンがたった今自分で解いた腰紐を拾い上げると、彼女の脱げかかった衣の前をしっかり合わせた。陶然とした表情の彼女を胴体と両腕をひとまとめにすると、かるーく縛った。
結び目も団子じゃなくて蝶結びにしておいた。これなら時間はかかるが自分でも解けるだろう。
それだけ済むと、私は振り返りもせずに部屋を出た。


一つ深呼吸をすると、そのまま何食わぬ顔でゆっくりと廊下を歩き、中庭に抜けた。
かなり時間が経っている。二人に追いつくのは難しいかも知れない。
---逆を言えばたっぷり時間は稼げたということだ。


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