18.後悔

Oscar


翌日、夜が明けるまで俺は狂ったようにアンジェリークを探しつづけた。
しかしどこに行ったものか彼女の行方を示す手がかりは何も見つからなかった。
俺は焦った。敵地でたったひとり、しかもアンジェは女だ。危険すぎる。俺の無思慮な振る舞いのせいで彼女にもしもの事があったら・・・・。
岬の突端まで来たところで俺はがっくりと膝をついてしまった。
俺は自分を呪い、激しく罵った。いっそこの濁流に身を投げて何もかもに決着をつけてしまいたかった。


そんな時、ふと俺を呼ぶ声がした。
顔を上げるとよたつきながら丘を駆け下りてくる人影が見えた。――ルヴァだ。
一番会いたくない時に一番会いたくないやつと会ってしまった。俺は天を仰いで瞑目した。


「オスカー。無事でよかった。」ルヴァは嬉しそうに安堵の声をもらした。
やおら辺りを見回し「・・・・・アンジェは?」と、俺に尋ねる。

その問いに俺の体は電流に打たれたように震えた。
そうだ、ルヴァ、俺はお前を裏切った。お前は俺を信頼して一番大事なものを俺に託し、俺はそのお前との約束を破ったのだ。
「・・・すまない。」俺は膝をついたままルヴァの前に頭を下げた。
これまで陛下以外、誰にも頭を下げたことはない。だが・・・そうせずにはいられなかった。
ルヴァは俺の横に座り込むと何も言わずに俺を引き起こした。
「やつらに浚われたんですか?」ルヴァの顔が緊張にこわばっている。
俺は力なく首を横に振った。
「何があったんですか?オスカー!」
ルヴァがはげしく俺をゆさぶった。俺は黙って腰につるしていた剣をさやごと抜くとルヴァに突きつけた。
「気が済むようにしてくれ・・・・・。」
実際他に方法が見当たらない。覚悟は出来ている。俺は目をつぶった。

しばらくの後、俺は両肩にルヴァの手が置かれたのを感じて目を開けた。
ルヴァは俺の両肩に手を置いたまま、少し困ったような苦しげな表情を浮かべて微笑んでいた。
「オスカー。違います。あなたのせいじゃありません。」
「ルヴァ・・・。」
「それは多分、仕方のないことなんです・・・・。」
「・・・・・」

ルヴァは静かな目で俺をじっとみつめている。その目に怒りの色が見られないことが逆に俺を居たたまれなくした。
いっそ声高に罵ってくれればどんなにか気が楽だろう・・。俺は目をそらしてルヴァの視線を避けた。
ルヴァは唐突にさっき俺がしていたように砂地に手をついた。
「すみませんでした・・・・。」
「ルヴァ・・・・・。」
「私はあなたにとても酷なことをしてしまいました。本当は、分かっていたくせに・・・。」
「やめろよ。」
「私は自信がなくて・・・・あなた達を苦しめてしまいました。」
俺はさっきルヴァがそうしたようにやつを引き起こした。

他のやつがこんなことをやったら嫌味な偽善にしか見えないかもしれない。
しかし・・・・その時のルヴァの表情を見て俺はすぐに分かった。
ルヴァは本当に自分を責めていた。
それでいて、湧き上がる感情を静かに忍耐強くねじ伏せようとしているように見えた。


そして、こいつは、それをやってのけた。
「とにかくオスカー。彼女を探しましょう。」
ルヴァが静かに言ういうと立ち上がった。
「私達の問題はアンジェを見つけてからゆっくり話し合えばいいことです。・・・まずは彼女を見つけましょう。」
ルヴァは振り向くと俺に向かって静かに微笑みかけて見せた。俺はその言葉に強い信念を感じた。
こいつは何で、こんな時に微笑えるんだろう・・・・・。
俺は目の前の男を初めて見る人物のようにしげしげと眺めた。

確かにルヴァのいうとおりだ。アンジェをこのままにはしておけない。アンジェを探し出し・・・・つぐないは、それからだ。
俺達は再びアンジェを探すため、立ち上がった。





「えーとですね。まず、オスカー。あなたがこれまで探したルートを教えてもらえませんか?」
ルヴァはがさごそと上着を探ってけっこうな枚数の手書きの地図を引っ張り出した。
「これは・・・?」
「ええ。あっちこち歩き回った時に書き溜めておいたんですけどねー。」
俺は少しばかり空恐ろしくなった。もしかしてこいつが毎日シャンユンとほっつき歩いていたのはこのためか?
それでも俺達は二人が歩いたルートに印をつけ、アンジェはどうやら東の――――城の方へ向かったのではないかという結論にたどりついた。
「お前を探しにいったんだろうな・・・・。」
「うーん。見つからないように回り道してきたのが仇になりましたねえ。」
「とにかく城に近づくのは危険だ。急ごう。」
二人は道を急いだ。ルヴァは俺の傷を気遣ったが、俺はむしろこの痛みを歓迎した。傷の痛みが良心の呵責を忘れさせてくれていた。
俺は道を急ぐことを主張したが、ルヴァはすれちがいを心配していつも俺を止めた。焦った俺はルヴァと何度も口論になったが、いつも最後にはやつに言い負かされて黙り込むことになった。

結局その日は何の手がかりもなく、俺達は少し山間に入った森の仲で野宿することになった。
俺は正直、野宿どころじゃなかった。
アンジェが今どこでどうしているかと思うととても休んでいる気にはなれない。
だが、ルヴァは俺のそんな主張にはお構いなしで、木の葉や枯れ枝を集めると懐から出した火打石で器用に火を起こした。
俺はルヴァが火打石なんぞを持ち歩いているのが意外だったが、てきぱきと野宿の準備をして見せたのにも驚いた。文弱で何もできないやつと思っていたが、そう言われてみればこいつは砂漠の厳しい環境の中で幼年期を過ごしたと聞いた事がある。

炎の横で二人は目を閉じたが、俺は眠るどころじゃなかった。
横で、静かに目を閉じているルヴァが俺には信じられなかった。
すると―――眠っているかと見えたルヴァが静かな衣擦れの音と共に立ち上がった。
どこへ行くんだろう―――。俺は一呼吸置いて立ち上がり、その後を追った。
ルヴァは、少し山道を登った高台のあたりで、風に吹かれて月を見ていた。
月が緑色のやつの衣を照らし、仰ぎ見るルヴァの表情は完全に無表情に見えた。
その姿は、ただ、何気なく月を愛でているような静けさだった。ただひとつ、ルヴァの固く握り締められた両手の拳が、はっきりそれとわかるほど震えていることを除いては―――。

月明かりが照らすその先には、俺達が抜け出してきたあの禍禍しい宮殿が見えた。
そうか・・・・月を見ているのかと思ったら、ルヴァは宮殿を見ていたのだ。
ここ数日付き合ってきて、どうやら俺にもルヴァのことがほんの少し分かってきた。
ルヴァももちろんアンジェのことが心配で、焦っているのだ。心の中は嵐が荒れ狂っているのだ。
ただ、こいつはそれに耐えている―――何のために?―――彼女を、無事に、確実に奪い返すために。
そこには俺と考え方も、やり方も、生き方も全く違うタイプの男がいて、俺は初めて、悔しいがこいつは俺の上をいっているという気がした。


ルヴァがゆっくりと振り返り、俺をみつけて微笑んだ。
「オスカー。あなたも眠れないんですか?」
「・・・月を見ていたのか?」俺はルヴァの問いには答えずにいった。
ルヴァも俺の問いに答えなかった。
「オスカー。私はどうも、アンジェが宮殿にいるような気がするんです。」
「・・・・・・・・」俺は問い掛けるようにルヴァを見た。
ルヴァは黙って首を横に振った。「なぜだか分かりません。ただ・・・そんな気がするんです。」
「休みましょう」気を取り直したように再びルヴァが言った。
俺はもうルヴァに逆らわなかった。そうだ。こいつの言うとおりだ。大事なのは最後にアンジェを見つけ出すこと。そのためには無駄に体力を消耗するわけには行かない。

俺達は再び月を仰ぎ、戻ると今度こそ眠りについた。





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