23.終末

Luva


その場に居合わせた誰もが、何が起きたのかを一瞬理解できずにいた。
気が付くと腕の中にかばっていたはずのアンジェリークがいない。
彼女はちょうど、みんなの中央のあたりに立っていて、その背からは純白の、豊かで清らかな羽が見えた。彼女を中心にオレンジ色に発光する球体が我々全員を包んでいた。球体の中は心地よく、暖かかった。
球体ごと瞬間移動したらしい。我々は崩れ始めた神殿の外、中庭のあたりにいた。宙に浮いていた球体は静かに地表につくと、しぼむようにして消えた。同時にアンジェの羽も消え、彼女は崩れるように地に倒れた。

私はすぐにアンジェに駆け寄ると助け起こした。
「アンジェ」
名前を呼ぶと彼女はぽっかりと目を開けた。
「大丈夫・・・・とても疲れて・・・・。」サクリアの急激な消費で消耗しただけらしい。私はほっと安堵の息をついた。
ウェイは・・・・・既に息絶えているようだった。
私はただ一人、所在なげに立ちすくんでいるシャンユンと向き合った。

「欲しかったの」
私が何も言わないうちに、シャンユンが口を開いた。
「何が・・・ですか?」
釣り込まれるように私は問うた。
「全部。何もかも。『お前には手に入れられない』って言われたもの全てが・・・。愚かだと思います?」
茫然と立ち尽くす私に彼女は再び嫣然と笑って見せた。
「与えたいとは思わなかったのですか?」私は言った後ですぐ後悔した。これは愚かな質問だった。彼女は生まれた時から滅びるように定められていたのだ。そんな彼女に人の世の喜びを説いたところで、無責任な他人事に過ぎない。
シヤンユンははじけるように笑った。
「ごめんなさい。笑ったりして・・・・。あなたがまるで教書先生のようなことをおっしゃるので・・・。思いませんでしたわ。残念なことに・・・・。でも、もう少し早くお会いできていれば、もしかしたら・・・。」
「我々と行きませんか?」私はシャンユンに言った。あきれたことにこれだけひどい目に合わされても、どうしたことか私はこの少女を芯から嫌うことができないのだった。それはもしかしたら彼女がどこかしらアンジェに似ているかもしれない。どこか根っこのところで、二人には同じものがあるような気がする。最初からそんな気がしていた・・・。
「ルヴァ・・・。」
「違う国で違う生き方をしてみませんか?そこでなら、欲しかったものが手に入れられるかも知れませんよ」
シャンユンはじっと私を見つめ、その視線がアンジェへと移った。
「いいえ・・・。いいえ。私の欲しいものは決して手に入らない。手に入れても私のものにはならない・・・」
ふいにシャンユンは身を翻すとひらひらと私の前に駆け寄ってきた。シャンユンの手が私の後頭部に触れ、唇が唇に触れた。彼女の舌が私の舌を捕らえ、柔らかく絡み付いてきた。濃厚な異国の華の香りがただよう。
とっさに振りほどこうとした私は、しかし動けなくなってしまった。私の頬に何か冷たいものが流れたから。
これは、彼女の涙なのだろうか?それともいつものように、何か新しいタチの悪い悪戯で、私を騙そうとしているのだろうか?
熱烈な口づけの後、シャンユンは再び身を翻して階の上に飛び乗った。
シャンユンは再び我々を均等に見つめると、これまでにない晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「さようなら。」身を翻すと彼女はくずれかけた古城の中へと駆け込んで行った。
「シャンユン!」追いかけようとする私をオスカーが止めた。
城はすでに崩れ始めている。

私はオスカーと二人でぐったりとしたアンジェをひきずるようにして宮殿の門を出た。


「おっさん!・・・・大丈夫か?」
「オスカー様!アンジェリーク!」
門の外には丁度、ゼフェルとランディが駆けつけてきていた。
すでに足元は立っているのが覚束ないほど激しく揺れている。
「畜生!どーなってんだよ、これ!」ゼフェルが毒づきながら、載ってきた小艇に我々を押し込んだ。
エアポートで本艦にドックインすると同時に、今度はエアポート自体が土煙をあげて崩れ始めた。
「っきしょー。つかまってろよー。」かなり無茶なオペレーションでゼフェルが離陸を試みた。
「ゼフェル―。死んでも放すなー。」ランディが一緒になって操縦桿を押さえた。


飛行艇はこれ以上はないくらいの急な角度で浮上した。
上空からこの星の緑がゆっくりと砂の色に埋め尽くされてゆくのが見えた。



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