4.親友 Rosalia 「あのー」 午後になって私の執務室に入ってきた時、アンジェリークは鼻の頭を赤くしていた。瞼も赤く腫れている。どうやら泣いていたらしい。 「あのね、今日、陛下のところに泊まってもいいですか?」 本人はせいぜい元気よく言ってみたつもりみたいだけど、思いっきり泣いた後の声だった。・・・・つくづく芝居の出来ない子だわ。私は敢えてずばっと言った。 「・・・・・いいわよ。何?もう淋しくて泣いてたの?」 案の定、アンジェリークは慌てて言い訳を始めた。 「そっそんなわけじゃないんですけど・・・・せっかくルヴァがいないから・・・。久しぶりだしぃ・・・。」 「はいはい。いいわよ。じゃ、今日は一緒に馬車で帰りましょう。」 アンジェリークのために客間を用意してあったんだけど、この子はネグリジェに着替えると当然のように枕を抱えて、私の寝室に戻ってきた。 「わーい。ロザリアと寝るの、久しぶり!」 「誰がいっしょに寝るって言ったのよ。」 「だってぇ・・・・知らないところに一人だと眠れないんだもん。」 「しょうがないわねえ。」 大げさに肩をすくめて見せると、アンジェはエヘっと舌を出してベッドにもぐりこんで来た。 本音を言えば、私も実はアンジェが来るのを待っていた。アンジェと話すのは実に楽しくて、毎日のお茶の時間だけじゃぜんぜん物足りないのだ。 毎日のお茶の時間、私たちは仕事の打ち合わせのフリで人払いをして、さんざん馬鹿な話をすることにしていた。食べ物の話、衣装や化粧品の流行の話、芸能人の話に守護聖たちのウワサ話まで、子供の頃から「下品」「くだらない」と禁じられていた話題が実はすごく楽しくてストレス解消になる、ということをアンジェリークが教えてくれた。(ちなみにアンジェリークは初めてルヴァに「許した」時も、休暇明けすぐに、真っ赤になりながら教えてくれた。さすがに詳細は聞いても教えてくれなかったけど・・・・・。) ベッドの中で夢中になって四方山話に興じていると、突然アンジェリークが妙なことを言い出した。 「ねえ・・・ロザリアは試験の時、好きになった人っていなかったの?」 「いたわよ」 私が即答すると、アンジェリークは目を丸くした。 「えー!そうだったの?誰ー?もしかして守護聖のどなたか?」 「秘密よ」私はそっけなく答えた。言うわけないわよ。聞いたらきっと気にするくせに。 「もしかして・・・・もしかして私達のせい?ロザリア、私のために我慢したの?」 そら見たことか、アンジェリークはあっという間に泣きそうになった。 「うるさいわねえ、片思いだったのよ。」 昔だったらプライドが邪魔して決していえなかったセリフだわ。でもアンジェにはこんな風にズバズバ本音を言ってしまうのが、むしろ心地よかった。 「ねえ・・・まさか・・・ルヴァじゃないよね?」 アンジェは早くも見当違いな心配で再び泣きそうになっている。わたしは吹き出しそうになった。 「ご冗談でしょ。ルヴァは守護聖としては信頼してるけど、男性としては全然タイプじゃないから安心なさい。彼はやっぱりアンタ向きでしょ。ボケたもん同士、一生夫婦漫才やってなさい。」 「ひど〜い・・・。」アンジェはちょっぴり頬を膨らませて見せた。 正直言って私は、アンジェを独占しようとするルヴァに対してちょっぴり嫉妬していた。ルヴァには他にも守護聖同士の付き合いがあって、親しい人もいるだろうけれども、私には今まで生きてきた人生で本当に親友と呼べるのは、この騒々しくて図々しくて、だけど憎めないおばかなこの子だけなんだから・・・。 私はアンジェにそんなにさっさと結婚なんかして欲しくなかった。だから単純でおバカなこの子に 「仕事と家庭の両立は難しいんだから、あんたみたいなおバカな子が欲張ったら共倒れよ」とか、 「男は結婚したら相手に興味を失うものですってよ」とか、 「結婚前に体だけ求めてくる男なんてサイテー」とか、いろいろ吹き込んでやったわけだ。 さらにアンジェにはデートする時間もないくらい、過分に仕事を与えてやった。 案の定このおバカさんは「当分結婚したくないって、ちゃんとルヴァ様に言ってきました」と、報告にきた。ルヴァは知らないだろうけれど、私は内心ほくそ笑んだものだった。 その後も私は時々気分が悪い時なんかはルヴァを呼びつけて「仕事が遅い」とか「ゼフェルが反抗的なのはあなたの教育が悪いからよ!」とか小言をいいまくって憂さを晴らすことがあった。本人は暢気なもんで自分だけがいじめられているとは気がついていないらしい。いつもひたすら恐れ入るのみであった。 もちろん、悪いなんて全然思ってないわよ。別に二人のことが嫌いでやってるわけじゃないし・・・・。二人ともこうしてちゃんと結婚できたんだし、愛し合ってるんだからそれでいいじゃない。私はちょっぴり意地悪してストレス発散させてもらってるだけなの。私がストレスを溜め込んだら、宇宙がとんでもないことになっちゃうんだから・・・・。 実際女王の仕事は見た目の華やかさに反比例して意外と精神戦だった。 アンジェリークがいるからこそ、精神の均衡が保てて、みんなには弱気な顔を見せずにいられるのだ。 女王の宝冠の重さに私はひとりで耐えてるわけじゃない。アンジェリークがいてくれる・・・・・。 頭の中にふとルヴァの朴訥そうな顔がよぎった。 3週間したら彼は帰ってきてしまうわけだ。 (またどこか行ってもらおうかしら・・・・・・・)私は頭のすみの方で、ちょっぴり物騒なことを考えて始めていた。 |