5.砂漠にて

Luva



次元回廊を出ると、街中はまぶしい日差しに目がくらみそうなくらい明るかった。

砂混じりの土を踏んだ瞬間、私はかつて感じたことのないほどの開放感に包まれていた。
頬に当たる乾いた風は、なんだか長いこと会わなかった昔馴染みに出会ったようで心地よかった。頭の中は既に、これから遭遇するであろう古代遺跡のことでいっぱいだった。
私は一瞬、聖地のことも、アンジェリークのことすら忘れていた。


待ち合わせ場所につくと、私はさっそく持参した本を広げた。
こういう土地では時間を気にする人間なんていないということは分かっていた。5、6時間も待てばそのうち迎えが来るだろう。
と・・・・・、本に視線を落とそうとした瞬間に、若い男女の姿が視界に飛び込んできた。
この暑さと砂埃の中きちんとスーツを身につけた若い男と、お下げ髪の少女―――ふたりは先ほどからちらちらとこちらを伺っているようだった。
やがて男の方が私に向かって歩み寄ってきた。

「あの、失礼ですが・・・・・地の守護聖様・・・・ですか?」
「はい。・・・私がルヴァですが・・・。」
私の言葉に青年はほっとしたように笑顔になると手を差し出した。
「あなたでしたか。・・・失礼しました。私がジャレド・オスマンです。」
「ああ・・・あなたが呼んでくださったんですねー。有難うございます。遺跡発掘には一度参加してみたかったんですよー。」
私も彼の手を取り、握手を返した。
「いえ、こちらこそ遠いところわざわざお越しいただいて・・・。最初はびっくりしました。失礼ですが、土地の人かと思いましたよ。」
「私の出身が砂漠の惑星なもので、大体ここと似たようなものを着ていたんですよ。」

先ほどの瞳のくりくりしたお下げの少女が、話しに入りたそうにジャレドの脇から首を伸ばしては窺っている。好奇心に溢れる生き生きした瞳に、私は何だかアンジェを思い出していた。
ふと目が合った瞬間、少女は真っ赤になって首をひっこめた。私がにっこり微笑み返すと、彼女も照れたように笑った。
「こら・・・ユーイー。仕事の話なんだから邪魔するなよ。」
ユーイーと呼ばれた少女はプンとふくれた顔になった。その頬を膨らませた顔がまた誰かさんを思い出させて、私は思わずくすっと笑ってしまった。
「ジャレド・・・そちらの方は?」
私が紹介を求めると、ユーイーと呼ばれた少女はさっさと
「ユーイーです。ジャレドの従妹で、婚約者です。」と自己紹介した。
そのはしっこい様子が可愛らしくて、私はたちまちこのちょっぴり誰かさんに似た少女に好意を持つようになっていた。



キャンプ地に向けて出発する前に、私達は他のグループに混じって、ラクダに水をやったり装備を点検したりの小休止を取ることになった。
ジャレドが通行証の確認のため席を外したとたんに、ユーイーは待ち構えたように私に話し掛けてきた。
「あのぅ・・・・・ねえ、ルヴァ様って、守護聖様なんでしょ?」
瞳をくるくるさせて、好奇心が溢れ出しそうなその様子が何とも微笑ましかった。
「ルヴァ、でいいですよ。」私は笑って言った。
その後は、もう、質問の嵐だった。
「ねえ、どうしてそんなカッコしてるの?守護聖ってみんなお金もちなんじゃないの?」
「ねえルヴァ、聖地ってどんなところ?そこでいつも何してるの?」
「ねえねえ、その指輪なに?ルヴァ、もしかして結婚してるの?」
「どうしてここに来ることになったの?どうやって来たの?何日いるの?」「砂漠とか、遺跡とか好きなの?」「守護聖様になる前は、どこに住んでたの?」「さっき読んでたの、何の本?」「ルヴァが遺跡の論文書いたってホント?」

あまりの質問の多さと、その真剣な口調に私はまた吹きだしてしまった。
「じゃあ、すぐお答えできることだけお答えしますねー。後は私はまだ3週間お世話になりますから、その間にゆっくりお話しましょう。」


やがてジャレドがせかせかとした歩みで戻ってきた。
「現地での発掘隊リーダーがこちらに挨拶に来たそうですので、ご紹介いたします。あちらの建物までどうぞ・・・・。」
私は、ああ、なるほど、と思った。ジャレド青年はいかにも青年実業家然としていて、どうみても研究者には見えなかった。実際の現場のリーダーは別にいるらしい。
ジャレドは先ほどから何度も砂に足を取られているところを見ると、砂地を歩くのはどうやら不慣れのようだった。彼の父親であるオスマン博士は世界的な考古学者であり、博士自身も何度も遺跡の発掘に参加されていたが、惜しいことに昨年亡くなられてしまった。彼はその後を継いだばかりなのだから経験が無いのも無理は無かった。



案内された小部屋の中では、無精ひげを長く伸ばした金髪の男が、椅子にかけもせず部屋の隅に置かれたリュックの上に腰を下ろして悠然とタバコを吸っていた。
日に焼けた精悍な顔立ち、背が高くがっしりした体つき、ひげのせいで幾分年かさに見えるが、恐らく印象よりはずっと若いのだろう。男は私たちが入ってくると僅かに目線を上げた。


「お前か・・・。」
男を見るとジャレドがうめくように言った。
「悪かったな・・・俺で・・・。」
男はふん、と鼻先で笑うと皮肉な声で応じた。
「えり好みするなら自分が雇った人間のプロフィールくらい目を通しておけよ。どうせ人任せにしてたんだろう?」
ジャレドはぐっと詰まって不機嫌そうに黙りこくった。どうやらこの二人は顔見知りで、しかもあまりうまくいっていないようだった。
「エドワード!うわぁー、久しぶりー!どこ行ってたの?元気だった?」
遅れて入ってきたユーイーが男を見ると駆け寄って飛びついていった。
「よう、ユーイー、相変わらず色気のかけらもねえな。」
エドワードと呼ばれた男はユーイーに派手にどつかれて笑い声を上げた。

「私たち三人、親が研究仲間で幼馴染なんです。」
あっけに取られている私を見てユーイーが解説した。

気を取り直したようにジャレドが私に紹介した。
「ルヴァ様、こちらが今回の発掘隊リーダーのエドワード・フレイクスです。・・・ エドワード、こちらの方は・・・。」
「例の論文を書いた学者先生だろう?」ジャレドが言い終わらないうちに、エドワードは乾いた声をあげた。
「ご道楽で遺跡発掘とは優雅なこった。」
「エドワード!失礼だろう!」
再び険悪な空気が立ち込めようとするのを見て、私は笑ってさえぎった。
「いえいえ・・・・。彼が言ってるのは本当のことですから・・。確かに私の場合仕事でやってるわけじゃありませんし、趣味で書いた論文でこんなところまで呼んでいただけて、ありがたく思ってるんですよ。」
「さすがに、守護聖様ともなると受け答えもお上品なもんだな。」
相変わらず切って捨てるような物言いだったが、不思議と嫌味な感じはしなかった。口が悪いのには、ゼフェルで免疫ができてしまっているのかも知れない。私は笑ってエドワードと呼ばれた男の方に向き直った。
「あのー。ですがね、ただ、私は学者じゃありませんし、先生でもありません。それに今回は個人の立場で来てますんで、守護聖でもないんです。ですからどうぞ私のことはルヴァ、と呼んでくださいねー。」
「悪いが俺に取っちゃ学者先生の連中なんざ誰でも同じだね。」
「エドワード!」
ジャレドが文句を言おうと立ち上がるその前に、飛び出したユーイーが"バシーン"と高らかな音を立ててエドワードのほほに平手打ちを喰らわせていた。私は思わず目を覆った。
「いーかげんにしなさいっ!初対面の人に対して、なにっ、その言い方!あんたって昔っからほんっとに礼儀知らずなんだから!自分がバカな野蛮人だと思われるだけなのよ!言っとくけどルヴァはと〜ってもいい人よ。アンタなんか逆立ちしたって一生適いやしないんだから!ちゃんと謝んなさいよ!」
手も早いが口も早い。もっともこの年頃の女の子の口の立つことといったら、男では到底歯が立たないだろう。
エドワードは殴られても別段腹を立てた様子もなく、頬をひと撫ですると、ユーイーに向かって逆ににやっと笑って見せた。
「まったく、相変わらずだな。口より先に手が出て、ほんっとに女らしさのかけらもないやつだな。そんなんじゃ嫁の貰い手がないぞ。」
「あんたに心配してもらう必要なんかないわよー。」
ユーイーはジャレドの腕を取ってエドワードにあっかんべえをしてみせた。

エドワードは構わずに手の中のタバコをもみ消すと、さっさと立ち上がってリュックを取り上げた。立ち上がると長身がいっそう目立った。
「さて、あいさつはこれで済んだろう・・・・・先に失礼する。現場に仕事を残してきてるんでな。」
そういうとエドワードは会釈もせずにさっさと部屋を出て行ってしまった。
「ちょっと待ちなさいよ。みんなと一緒に行けばいいじゃないのよ〜。」
ユーイーが後を追うように飛び出して行った。

ジャレドは、憮然とした表情のまま二人を見送ると、私に向かって心なしか声を低くして言った。
「こちらで準備した人物なのにこう言っては何ですが・・・・彼とはあまり付き合わない方がいいです。」
「どういうことですか?」
「彼はあまり評判がよくありません。遺跡発掘に関してはプロですが、盗掘をしているというもっぱらのウワサなんです。」
「はあ・・・・。」
「出発の時間までまだしばらくありますので、どうぞこちらで休息していらしてください。後でお迎えに参ります。」そう言うとジャレドも部屋を出て行った。

一人取り残された私は、先ほどのエドワードという人物のことを思い返していた。ジャレドはああ言うが、彼は何となく信頼できる気がする。私はこれまでの経験から、「口の悪い人物は存外気がいいものだ」と、そう思っていた。父親の影響か「遺跡の発掘をする人に悪人がいるはずがない」という妙な思い込みもあった。何より、とにかく悪人には見えなかった。

発掘隊のメンバー同士の人間関係はいささか複雑なようだったが、私はさして心配はしていなかった。なにしろヘヴェル王の陵墓なのだ。期待の方が俄然大きかった。
ヘヴェル王の陵墓、7千年の歴史を封じ込めた神秘の古代遺跡―――私は興奮を押さえきれずにいた。明日こそは、その実物にお目にかかれるのである。




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