6.発掘隊の謎

Luva



その日のうちに我々一行は中継地から発掘現地のキャンプへと移動し、翌日から私もさっそく発掘作業の現場に出ることが許された。

ジャレドはほとんど現場に顔を出さなかったし、エドワードは全く私に取り合おうとしなかった。ユーイーはいろいろと案内しようとしてくれた挙句、自分が迷子になりそうになり、「ごめ〜ん。実はワタシもおととい着いたばっかりでよく分かんないんだ!」と、恥ずかしそうに白状した。
私は結局ひとりで許された範囲内を見て回ることになったが、しかしそんなことは私にとって何の問題にもならなかった。何もかもが素晴らしかったし、とにかく見るものすべてが興奮の種だった。

雄大な砂漠を背景に、数十キロにわたって地中に掘り下げられた溝が、まるで巨大な蛇が横たわっているかのように、うねりながら続いている様はなんとも壮観だった。

―――どこまでも続く砂丘。

古代、この一帯は大河ネミシスを擁する肥沃な大地だったのだ。数千年の時を経て、大河は流れを変え、緑は一面の砂に覆われて、王墓もまた密やかな眠りについた。
実は、西大陸だけでヘヴェル王の陵墓ではないかと言われる遺跡は既に4つ発見されていた。その都度大騒ぎになったが、私はどれも信じてはいなかった。どれも古文書の記述と位置関係が合っておらず、出土品も貧弱で、何よりも4つの陵墓からは王の遺体は結局発見されなかった。ヘヴェル王の紋章を擁したそれらの古代墓は、盗掘者の目を欺くための、いわば仕組まれたレプリカなのかも知れなかった。

ここしかないのだ。
この話が来たときから、私には確信があった。ヘヴェル王の陵墓は確かにこの雄大な砂漠の中にある。自分の目で見て、確信は更に深まった。位置も地形もさまざまな文献が示す記述とぴたりと一致していた。目を閉じればかつて緑の穀倉地帯であったころの地形が目に浮かぶようであった。

出土品の中には目を瞠るようなものが少なくなかった。動物の体を大胆にかたどった異形の土器は、顔にあたる部分だけが完全に人間のものだった。石室の石壁はゆるく積み重ねられた巨石の間を何か漆喰や穀物の組織を使って固めたもののようで、この技術は記録では残っているものの、現在ではほとんど復元不可能なものだった。
しかし私にとって、この際遺跡の技術的、芸術的価値は二の次だった。 重要なのは真実―――謎だらけのヘヴェル王の治世を解き明かすことだった。
絶大な権力を持ちながら、王はなぜ一夜にして急死したのか?臣下に毒殺されたとか、反乱で殺されたとか、さまざまな伝承が語り継がれてはいるが、未だにこれといった定説はなかった。天文学や詩歌を愛したという文人としての彼と、征服した民族に悪逆の限りを尽くした暴虐王のイメージも私の中ではどうもしっくりと融合しなかった。 それらの謎を解き明かす鍵は、この陵墓の最奥部に隠されているはずなのだ。

そして私は、この発掘隊の作業についても一つの疑問を感じ始めていた。
発掘の認可を得るためにジャレドは多額の保証金を政府に支払っているという。そうして許された発掘のための滞在期間はわずか半年、そしてそのうちの3ヶ月は既に基礎調査に費やされているのだ。どう考えても時間が足りない。
私は他所ごとながら焦りを感じていた。彼らは地表から約4-5メートルの第1層しか掘る気がないように見えた。しかし、そんなバカなことがあっていいはずはないのだ。私はヘヴェル王の陵墓には必ず伝説の地下宮殿があると信じていた。彼らも・・・少なくともエドワードは、地下宮殿の存在の可能性に気が付いているはずではないだろうか?

ジャレドは私を送り届けたきり、一向に姿を表さなかった。 予定では明日はいったんキャンプ地に合流することになっている。しかし私はその前に一度、彼の・・・エドワードの意見を聞いてみたいと思った。


エドワードはちょうど地中に埋もれた全長16メートルにわたるレリーフを掘り出そうとしているところで、彼自身は一番破損の進んだ部分の細かいパーツを瓦礫の中から集めるという、気の遠くなるような作業に当たっていた。 エドワードは、普段は現場をあちこちと飛び回って指揮をとっているのだが、こういったデリケートな作業になると、彼自身が乗り出すのが常だった。そんな時の彼は普段の野性的で大雑把な印象はすっかり影をひそめて、驚くほどの忍耐強さを示すのだった。
彼が土中から顔を出した出土品をまるで恋人のように扱うのを見て、私は思わず微笑んだ。

私はちょうど同じような仕事の仕方をする人物を思い浮かべていた。 彼もエドワード同様、態度はぶっきらぼうだったが、いったん何かモノを作るという段になると、あきれるほどの繊細さを示すのだった。大胆に発想して、緻密に計算した挙句、最後には溢れんばかりの愛情を自らの製作物に注ぎ込む。・・・だから彼の―――ゼフェルの作るものには、それがどんな得体の知れない発明品であれ、いつも彼なりの独創性と生命力、愛情・・・そんなものが思いっきり詰め込まれているのだ。


「あの・・・エドワード。」
「・・・何の用だ。」
私が声をかけると、エドワードは顔も上げずにぶっきらぼうに答えた。予想通り、取り付く島も無い反応だった。
「あなたにちょっとお伺いしたいことがあるんですけどー。」
「見てのとおり、あんたの相手をしてる時間は無いね。」
「一つだけです。・・・・あの・・・・地下は掘らないんですか?」
私の問いにわずかにエドワードの手が止まった。
「4メートルは掘ってる。これは地下じゃないって言うのか?」
エドワードは目線を上げることなく、作業場の脇に掘られた溝を指差してみせた。
「もっと深く、です。少なくとも10メートル以上は下です。」
「・・・・・・・・・。」
今度こそエドワードは顔を上げて、はっきりと私の目を見た。射抜くような視線だった。
やっぱり。私は確信した。彼も気づいていたに違いない。
「あの・・・、エングメイ遺跡で発見された地下宮殿のことはご存知ですよね?それで・・・。」
「俺には関係ない。」
エドワードの返事は相変わらず素っ気無いものだった。
「俺は指示書にしたがって言われたことをやってるだけだ。文句があるならジャレドに言うんだな。」
それだけ言うとエドワードは立ち上がり、声をかけるひまもなく大またに歩き去ってしまった。

立ち去っていくエドワードの後姿を見送りながら、私は正直途方にくれてしまった。
これだけの大掛かりなプロジェクトを催しながら肝心なところを掘らないなんて、全く考えられない。何か重大な理由があるはずで、エドワードはそれを知っていそうなのだが、いかんせん彼は全く私のことを信用していないようだった。あの様子ではとうてい詳しい事情を話してくれそうにはなかった。
ところが私の方では却って、エドワードに対する信頼感は僅かな間に不動のものになっていたのだ。彼の古代遺跡への情熱は本物だった。それは見ていれば伝わってきた。
ジャレドは、・・・・・・別にジャレドのことを信頼していないわけではないのだけれども、彼はどちらかと言えばこの発掘を一つのビジネスとして見ているように、そんなふうに見えた。
やっぱり、彼と・・・エドワードときちんと話してみよう。私はそう決めた。どうやらそれしか無さそうである。このままあきらめて中途半端なままで3ヶ月を終わらせたくはなかった。

私はその晩、追い返されるのを覚悟で、もう一度彼のテントを訪ねてみることに決めた。

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