7.賭け
Edward
変わったやつだと思った。
とにかく、俺の頭の中にある「守護聖」とやらのイメージとは、かなりかけ離れていた。
初めてあいつの論文を読んだ時、俺は頭をかなづちでぶん殴られたような気がした。
それは大して厚くない論文で、しかも大半は参考文献の目録だった。内容は極めてストレートで、『自分はイドゥーン文化の発祥地は西大陸の旧ネミシス川流域であると考える。根拠は当時の度量衡の記述方法。』・・・後は、膨大な証拠文献の羅列だった。とにかくものすごい証拠書類の量だった。論文や紀行文、果ては古詩、戯曲、書簡の類まで、誰しもが読み飛ばすようなほんの些細な記述も見逃されてはいなかった。
俺は頭に来た。西大陸説には俺も賛成だった。しかし、それをこんな形で実証されたくはなかった。
世の中にはこういうやつがいるのだ。有り余った時間と金で、人を使ってもっぱら名声の為に研究をする。あちこち講師に呼ばれて「先生」とあがめられるが、其の実は多くの貧乏学者が汗水たらして研究した事実の上に胡座をかいているに過ぎないわけだ。
最初から嫌悪感を感じていたのは事実だったが、別にガキみたいにもめる気はなかった。あの手の連中と仕事をするのはしょっちゅうのことだったし、いちいち目くじらを立てていたんじゃ仕事にならない。無視して適当に現場で遊ばせておけば、連中はそれで満足して帰ってゆくのだ。そう分かっていたはずなのだが・・・・・。
「・・・・・あの・・・・。」
不意に声をかけられて、俺は考え事から現実に呼び戻された。
声のする方を振り返ると、テントの垂れ幕から、当の学者先生が遠慮がちに顔を覗かせていた。
「今度は何の用だ!」俺は思い切り無愛想に怒鳴ってやった。
ところが先生の方はひるむどころか、俺のほうを見て、至極愛想のいい顔でへらっと笑ってみせた。
「あー。お休みのところすみません。あなたと少しお話がしたいんですよー。」
「・・・・入れ。」
俺はちょっとためらったが、中に向かって顎をしゃくってみせた。こいつと話をする気にはなれなかったが、相手が守護聖サマだからといって逃げたと思われるのも癪だった。
「で・・・用件は?」
「あのですね〜、昼間の地下のことなんですけど・・・・。」
「・・・・しつこいヤツだな・・・・・。」
俺は正直、ちょっぴりうんざりして言った。
こいつの言っていることは本当だった。俺もこの遺跡には地下宮殿があるとにらんでいた。だけど、俺は、そのことはおおっぴらにしたくなかった。・・・・・・今は、どうしても、それに手をつけたくない理由があった。俺はジャレドが全く気が付いていないのをいいことに、このまま第一層の発掘だけで調査を済ませてしまうつもりだった。このインテリの先生に地下宮殿の存在を騒ぎ立てられたら、ちょっとやっかいなとこになりそうだった。
「だって、エングメイや他の3つの遺跡には、全部規模の差こそあれ地下宮殿があるんですよ。当然ここにもあるはずじゃないですか〜。絶対ありますよ。掘りましょうよ。」
先生は俺のそんな思惑にはテンからお構いなしに、脳天気に詰め寄ってきた。
「砂漠にそんなものが作れるかっ。」
俺は思いっきり邪険に言い返してやった。
「7千年前は砂漠じゃありませんでした。ワニやカメの骨だって見つかってるじゃないですか?あなただって知ってるはずですよ。」
「・・・・・・・・。」
さすがにテキはよく調べているようだった。理詰めでは敵わない。俺は作戦を変えた。
「・・・・で?だったらどうたって言うんだ。俺達は雇われて、言われたことをやって金を貰ってるんだ。俺たちにそれ以上の責任があるのかよ。」
「それは・・・・そうですけれども・・・。」
先生は一瞬うつむいた後、再びがばっと顔をあげた。
「・・・・でも、あなた、この仕事が好きなんですよね?ねっ?そうでしょう?それはもう見ていたら分かりますよ〜。・・・だったら最後までやりたいじゃないですか?このままになんてしておけませんよねっ。だって、ヘヴェル王の地下宮殿なんですよ!古代史を塗り替えるような大発見ですよ!王の遺体も見つかるかもしれませんし、他にもいろんな手がかりがきっと見つかると思うんです。これまで分からなかったことが一気に解明されるかもしれません。知りたいじゃないですか?あの時代に何があったのか。あなただって知りたいでしょう?・・・それは時間は充分とはいえませんし、作業もたいへんでしょうけれども、だけど、あなたなら大丈夫!あなたのその技術と経験があれば、3ヶ月でもきっと間に合います。もちろん私もできる限りお手伝いを・・・・・」
そいつは早口でまくし立てながら、真顔でじりじりと俺に詰め寄ってきた。俺はつい気おされそうになって、思わず怒鳴った。
「だからっ!お前、何様のつもりだ!」
「・・・・はあ・・・・。」
「いいか。お前はこのプロジェクトのリーダーでもない。オレのクライアントでもない。ただの客だ。見物人だ。それが分かってんのか?」
「・・・・・・・・それは・・・・そうですけど。」
そいつはちょっぴり肩を落としてみせたものの、一向にあきらめた様子はなかった。何やらまだしつこく説得の種を探しているようであった。俺はふとこいつを追い返すいい方法を思いついた。
「・・・・あんたの意見を聞いてやってもいい」
「本当ですか?」うなだれていた先生ががばっと顔をあげた。
「オレと勝負して、勝ったら、だ。そしたら言うことを聞いてやる。ただし・・・・・・」
「ただし?」
「オレに負けたら、二度とオレに話し掛けるな、黙って見物してろ、いいな。」
「・・・・・・分かりました。」
先生は大真面目な顔でうなずいて見せた。
「殴り合いが簡単といえば簡単だが、あんたに怪我させたら大ごとになりそうだしな・・・・平和的にいこう。これで勝負だ。」
俺は頭陀袋のなかから酒瓶を引っ張り出した。砂漠で野宿する時に体を温めるためのかなり強い酒だ。
「先に酔いつぶれた方が負けだ。・・・簡単だろう?」
「・・・・・分かりました。」
そいつは再び真剣なツラでうなずいた。
あまりにもあっさり承知されて、逆に俺は戸惑った。別に本気で勝負するつもりなんかなかった。怖気づいて大人しくなってくれればそれでいいと思っただけで・・・・。しかも、この先生、どう見ても飲めるツラには見えなかった。
「それで・・・これを飲めばいいわけですね。」
先生は真剣そのものの目つきで、俺が出したグラスに酒を注ぎ始めた。その注ぎ方を見て、俺はこの先生が少なくとも酒好きじゃないということを確信した。このテの酒をそんなにフチまで注ぐやつにはめったにお目にかかれない。飲み慣れてない証拠だ。
何となくイヤな予感がしたが、今更こちらから引っ込めるわけにも行かない。
「・・・・ハンデをやろう。」仕方なく俺は自分から言い出した。「好きな条件をつけろよ。」
「いいですよ、そんなの。」
ふと、この先生の顔に子供じみた負けん気そうな表情が浮かぶのを見て、俺は「おや?」と思った。
「いいからつけろ、簡単に勝ってもつまらないからな。」
先生はちょっと考え込む顔をした後、顔をあげてにこっと笑うと、こう言った。
「じゃあ、こうしましょうか。貴方と私とで一杯ずつ飲みます。それでね、交互に一つずつ質問をするんです。答えられなかったらその時点で負け。先に酔いつぶれても負けです。」
「ちょっと待て先生、あんたが幾何学やら方程式やらを持ち出したら、俺は答えられないぞ。」
「ご心配なく。私が聞きたいことは、全部あなたがその気になれば答えられることばかりです。そうでない質問をしたら、私の負けでいいです。で、・・・これを飲めばいいんですねー。」
止める間もなく、この学者先生は一気にグラスの酒を飲み干しやがった。そして、予想に反せずげほげほと咳き込み始めた。
「げほっ・・・ぐっ・・・げほげほ・・・。」
「おっ・・おい。・・・・大丈夫か?」
がばっと顔を上げた時、そいつは顔中、首から耳まで既にもう真っ赤になっていた。
「は〜びっくりしました。ずいぶん強いお酒ですねえ。あなたいつもこんなにすごいものを飲んでるんですかー?」
「・・・やめとくか?」
正直、「止める」と言って欲しかった。こいつの飲み方は見るからに危なっかしかった。ところが先生は頑とした表情で首を横に振った。
「いーえ。止めませんよ。」
俺はため息が出そうだった。もう知らん。なるようになれ、だ。
俺はグラスの酒をあおると真っ赤になっている先生の方に向き直った。
「俺も飲んだぜ、何か質問をするんだろう?聞けよ。」
「・・・どうして盗掘なんてするんですか?」
今度はオレがむせ返る番だった。なんだこのストレートど真ん中な質問は・・・・。
先生のほうは相変わらず首から上を真っ赤にしたまま、大真面目な顔で俺の顔を覗き込んでいる。
仕方なく、俺は言った。
「あのなあ、・・・あんたには分からないだろうが、正規にやってる連中だって、盗掘と変わりないぞ・・・というか、むしろタチが悪い。」
先生が首をかしげているのを見て、仕方なく俺は続けた。
「あんたらみたいな偉いさんは机に座って命令だけ出す。実際に汗水たらして掘ったり運んだりするのは地元の貧乏な研究者達だ。そいつらが苦労して発掘したものは、全部偉いさん連中の懐に入り、そこから裏ブローカーの手に渡って、高値で取引される。最終的にはどっかの金持ちのクラに納まり、真剣に研究したいヤツの目に触れることもなく一生日の目を見ずに終わるんだ。そいつらの手に渡さないためには、自分で持っとくしかないだろう?」
「・・・・・・博物館に寄付したらどうですか?」
オレはこの世間知らずなひと言に吹き出した。
「まともな博物館なんかあるかよ」
「・・・・ないんですか?」
「ばかっ、2〜3件自分で回って見て来いよ。どうでもいいようなありふれたもんしか陳列されてねーのが分かるだろーよ。」
「・・・・・・そうだったんですか〜。」
先生は俺の話にかなりショックを受けたようで、がっくりと肩を落とした。
「・・・・で、今度は俺が聞く番だな。」
「ええ。何でもどうぞ」
「お前なんでこんな賭けに乗ったんだ?まさか自分が酒に強いとでも思ったわけじゃないだろう?」
そいつは振り向くと俺のかおを『じぃ』っと見て、それからふいに、にこっと笑った。
「・・・負けてもいいと思ったんですよ。」
嬉しそうに先生は言った。
「ん?」
「勝てばあなたが言うことを聞いてくれるし、負けても少なくとも、こうしてあなたと話ができますよね。逃げたら何も無いじゃないですか?」
「何だ・・・・ちゃんと算盤をはじいていやがったわけだ。」
俺は不覚にもつられて笑ってしまった。面白いことをいうヤツだ。少なくともイヤなヤツ・・・ではなさそうだ。
俺は酒のせいか、何となく愉快な気分になってきていた。自分で言い出しておきながら、もうこのばかげた賭けが面倒くさくなっていた。杯の数を数えるのも億劫で、適当に飲み始めていたが、隣のこいつは律儀に、俺が杯を飲み干すたびに、慌てて自分もついで飲んでいた。
ヘンなやつ―――俺は更に愉快になってきた。
飲みながら後はもっぱらこいつに聞かれるままに遺跡発掘の話をした。驚いたことに古今の遺跡について俺たちの意見はかなり近かった。こいつの知識は本物だった。どんな時代のどんな地域の話になっても、こいつはいくらでもついてきた。何気なくこいつが口にした言葉の中には、俺が長年疑問に感じていたことの核心に触れる内容も少なくなかった。
こいつはこいつで俺があちこち発掘して回った遺跡の話をしつこく聴きたがり、えらく嬉しそうに話を聴いていた。
それにしても、こいつはそろそろ限界に見えた。
かなり無理しているのが見え見えだったので、実は俺のほうで心配になってかなりペースを落としていた。それにしても、もう止めておいたほうがいいだろう。
「おい。そろそろ降参したらどうなんだ。」
「まだ勝負はついてませんよ。」
再びそいつの顔に先ほどの負けん気そうな表情が浮かんだ。
「勝てるとでも思ってんのかよ?」
そいつは黙ってかなりつらそうにグラスの酒を飲み干すと、俺のほうに向き直った。
「これが最後の質問です。」
その視線に妙な迫力を感じて、俺は口をつぐんだ。
「えーと。あなた今日も現場でユーイーとケンカしてましたねー?」
「・・・・それがどうした」
「好きなんですか〜?彼女が〜?」
俺は今度こそ、口にした酒を吹き出しそうになった。
「お前っ・・・・お前なあ・・・・。」
「言わなきゃあなたの負けですよ〜。」
人の良さげな瞳に一瞬底意地の悪い光が宿った。
なんてヤツだ。俺は絶句した。こいつ・・・人に散々しゃべらせておいて、この質問を最後にとって置いたに違いない。人の良さそうな顔しやがって、とんでもない食わせ物だ。
「・・・・・分かった!俺の負け・・・・・・」
言おうとした瞬間に、ドサッという物音がして、見るとそいつは床にべたっとへたばって、ユデダコのような顔で、爆睡状態に陥っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
完全に泥酔状態に陥っているようだった。
俺はしばらく、その罪の無い寝顔に見入ってしまった。
変なヤツ・・・・。 何しろヘンなやつだった。 結局、俺はこいつのペースにはまって、僅か1時間と経たないうちに、親しい身内にも話さないようなことまでべらべらとしゃべりまくってしまった。
そして、それは・・・・決して、イヤではなかった。奇妙なことに俺は今、最近めったに無いくらい、愉快な気分になっていた。
俺は眠こけているそいつの頭を2、3回こづきまわし、絶対に目を覚まさなそうなのを確認して、そっと言った。
「分かったよ・・・・・・オレの負けだ、ルヴァ。」
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