13.銃撃戦

Zephel


一時間もジープに揺られていただろうか?どこまでも続くかに見えた砂漠の真ん中に、粗末なテントがいくつか見えてきた。カンタンな掘建て小屋みたいなものも見える。そろそろ着いたか・・・と思ったちょうどその時、車がいきなり急ブレーキで停車し、オレもアンジェも思いっきり後部シートで頭を打った。

「んだよ、どーしたんだよ?」
運転してたオヤジは妙に引きつったツラで振り向くと、こう言った。
「・・・・引き返すぞ。」
「引き返すって何でだよ?」
「モーグイが来てる・・・・命がいくつあっても足りねえや。」
オヤジが震えながら指差した先には、何台か黒い高級車が止まっていた。車のサイドには何だか化け物みてーな、趣味の悪いマークが仰々しく入っていた。
「待って!あたし、降ります!」
アンジェがオヤジに向かって叫んだ。
「バカなこと言うもんじゃない。あいつらここらじゃ一番タチの悪いヤクザなんだ。つかまったら遠い星域に売り飛ばされちまうぞ。」
オヤジはアンジェを無視して車を大きくユーターンさせた。
車が走り出したとたんに、今度は俺が叫んだ。
「クルマ止めろー!!!!」
アンジェが走ってる車の後部ドアを開けて飛び降りようとしたんだ。
全く、いきなり夜中に現われてからこっち、アンジェの無鉄砲なことといったら俺でも恐れ入るくらいだった。
「・・・何だ。早くしてくれ。・・・こっちまで命が危ないんだぞ。」
車が止まった瞬間にアンジェがドアを開けて飛び降りた。オレもすぐさまそれに続いた。 アンジェが首からネックレスを外すと運転手に渡した。
「ごめんなさい。今何も持ってなくて。・・・いずれちゃんとお礼します!」
アンジェは、そう言うなり身を翻して、はるか向こうに見えるテントの方へと走り出した。
俺も慌ててアンジェに続いた。


俺たちがテントに着くよりも早く、数人の黒服がテントのほうからぞろぞろと出てきて、俺とアンジェを遠巻きに囲んだ。いかにも、ってカンジの、とにかくやばそうな連中だった。俺は黙ってアンジェを自分の後ろにかばった。

黒服の一団の間を縫うようにして、グレーのスーツを着た若い男が進み出てきた。
男はアンジェのことを知っているみたいで、顔を見るとちょっと驚いたような表情になった。
「これは・・・女王補佐官殿。ようこそお越しくださいました。」
男は慇懃に頭を下げて見せた。こいつも何かうさんくせーカンジだった。

「あなたは・・・?」
俺の後ろから、するっと歩み出たアンジェがそいつに聞いた。
アンジェは車の中で青ざめて震えていたさっきまでとは打って変わって、背筋をビシッと伸ばして、声さえ違って聞こえた。
「初めてお目にかかります。ジャレド・オスマンと申します。」
男がまた恭しく頭を下げた。
「あなたがオスマンさんですか。事前に連絡しなくてすみません。急用があるのです。今すぐにこちらに来ている地の守護聖を呼び出していただけますか?」
アンジェはそのジャレドと言うヤツの目をまっすぐに見たまま、はっきりした口調で言った。
ちょっとでも心に疚しさがあれば目をそらさずにはいられないような、はっきりした、強い視線だった。
実際、そいつは目をそらした。やや俯いたまま、そいつは言った。
「あいにくですが、彼は今、発掘チームに同行して遺跡の内部にいます。よろしければ、そちらへご案内いたしますが・・・。」
「夜なのに、ですか?」 凛としたアンジェの声が響いた。「夜間に発掘作業なんて、おかしくないですか?」
嘘や言い逃れを許さない声だった。
「とにかく、すぐに連れてきてください。ご協力いただけないなら、即刻聖地に報告させていただきます。」
俯いたジャレドの表情が徐々に歪んでゆくのをみて、俺はヤバイと感じた。俺はこっそりバッグから引っ張り出した水鉄砲の柄を、後ろ手に握りなおした。
「・・・・・ボスの所へ連れてゆけ。」
ジャレドが俯いたまま低い声で、黒服たちに命じた。
黒服の連中が、ゆっくりアンジェの方に向き直る。

「逃げろっ!アンジェ!」
俺はアンジェの腕を引っつかむと、後ろに突き飛ばして怒鳴った。 棒立ちになっているアンジェに更に怒鳴りつける。
「行け!ルヴァを・・・・早く、ルヴァを探せっ!」
ルヴァの名前を出したのは正解だった。 アンジェは大きく目を見開いたまま、思い切ったようにくるっと背を向けると、今来た方向に走り出した。

何人かの黒服がアンジェを追おうとして走り出した。俺はそいつらに向かって、水鉄砲を構えた。
圧力レバーを最大にして、両足を踏ん張って発射する。
アンジェを追っていた男は、一瞬前のめりになって、こちらに振り返った。
レバーを最大にしたのはテストん時以来だ。けっこう反動が来て、俺の足元もふらついた。

一瞬――
銃声が響き、頬のすぐ横で風が空を切った。
あっという間に、そこから血が滴ってきた。
マジで飛び道具かよ・・・・。本気でぞっとした。

連中はマジだった。すれすれだったのは、外れたんじゃない。手加減か威嚇か・・・その両方かだ。とにかくすげ―腕前だった。

本当は自分もぶっとんで逃げたいとこだったけど、一応俺でもアタマは働いた。アンジェを逃がすには少しでも時間稼ぎが必要だった。・・・・もしあいつの身に何かあったら、こんなところに連れてきちまって、俺、ルヴァになんて言ったらいいんだよ。

一番近いテントの影に駆け込むと、歯を食いしばって連中の顔向けて水鉄砲を連射した。何人かとろいヤツが顔を覆ってうずくまった。 水鉄砲といっても中身は水じゃなくて、接着剤を混ぜた高濃度の顔料だ。 ランディのアーチェリーに対抗して作ったやつで、いっぺん顔や服につくと、俺の特製リムーバーじゃなきゃ落とせないように出来ている。
もともとランディ用だからそんなに威力をつける必要はなかったけど、液体でも圧縮すればどれだけ威力が出るか試したかったから、一応空気銃並までは出せるようになっていた。

俺はテントの影から駆け出しながら、叫んだ。
「ばかやろー!おめーらのへぼ弾にあたるかよ!撃てるものなら撃って見やがれ!」
もちろん、こんなん虚勢だ。マジで撃たれたら一発でアウトだ。だけどとにかく・・とにかく連中をアンジェから引き離さないと・・・・。それに連中はなんだか手加減して、俺たちを殺さないようにしているように見えないでもなかった。
俺は時々しょーもない挑発を繰り返しながら、アンジェが逃げた反対方向にひたすら走った。 こんなところで捕まるわけには行かない。

黒服の連中はしつこく何人も後を追ってくる。
その中にバイクの音が聞こえてきて、俺は観念しかかった。バイク相手じゃ逃げようがない。

目の前で、1台のバイクが急停車した。
黒服じゃなくて、汚ねー作業着を着た金髪の男。
「乗れ!」
そいつは俺を見るなり、荷台を指差していった。
そん時ちょうど、はるかむこうの方で女の悲鳴みたいなのが聞こえて、俺は泡を食った。
「アンジェリーク!!!!」
俺は叫ぶと、水鉄砲を握りなおして、Uターンした。
つべこべ考えてる場合じゃない、とにかく、アンジェは・・・アンジェだけは守らないと・・・。

「バカっ!死ぬぞっ!」
後ろからバイクのヤツの腕が伸びてきて、俺はそいつにテもなく吊り上げられた。
オスカーも裸足で逃げそうな、すげー怪力だった。
「離せ!離しやがれっ!ぶっころすぞ!」
無茶苦茶に暴れる俺を荷台に押し上げると、そいつはアンジェとは逆の方向に、バイクを走らせ始めた。

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