16.地下宮殿へ
Edward
「ざけんなバカヤロー。離しやがれー。ほどけっ!くそっ!このバカっ!」
キャンプで拾った赤目の小僧は、縛られたまま口汚く叫び、猛烈に暴れまくっていた。
モーグイに殺されそうだったところを助けてやったというのに、こいつは礼ひとつ言わないどころか、バイクの荷台で暴れまくり飛び降りようとするので、俺は仕方なく追っ手を振り切ったところでバイクを止め、荷台の紐でふんじばって隠れ場まで連れてこなければならなかった。
それでもこいつはじたばたと暴れまくって、その手におえないことと言ったら、まるで手負いの野獣でも捕獲したみたいだった。
「どっ・・・・どーしたの?それ?」
出迎えたユーイーは、こいつのあまりの剣幕に恐れをなして、数歩後ずさりした。
「キャンプで銃声がしたんで、もしかしてルヴァに何かあったんじゃないかと行ってみたんだが・・・・・こいつが・・・。」
「解けっ!早くしねーとアンジェがっ!」
ユーイーが俺の袖をひっぱって小声で囁いた。
「・・・・ルヴァが奥さんの名前はアンジェだって言ってた。」
「・・・お前、やっぱりルヴァの知り合いなんだな?」
赤目の小僧はとんでもなく凶悪な目で俺たちを睨みつけ、ユーイーは驚いてまた数歩下がった。
「心配するな、俺達はルヴァの仲間だ。同じ発掘隊のメンバーだ」
「・・・・・・・。」
赤目の小僧は再び噛み付きそうな視線で、今度は俺をにらんだ。よっぽど警戒心が強いヤツらしい。
「心配するな・・・・ルヴァは死んじゃいない・・・・多分・・・。」
俺はゆっくりと小僧の真向かいに、座り込んだ。
「ルヴァは遺跡におびき出された。ルヴァ以外のキャンプにいた連中は、俺達二人を除いてはみんなやられたらしい。連中はルヴァに何か用事があるってことだろう?」
「・・・・どういうことだ?」
どうやら、この物騒な小僧はやっと話を聞く気になったらしい。俺は少しだけほっとした。
「多分・・・推測だが、ヤツラのねらいはヘヴェル王の財宝だ。ヤツラはルヴァを使って地下の迷路にある財宝の場所を探り当てようとしてるんじゃないか?」
「あほか?あんな体力のねーヤツにそんな冒険小説みてーな真似ができると思ってんのかよ!」
「やつらモーグイという組織だ。中央の連中は知らないかもしれないが、この辺じゃかなりの勢力を持っている。武器、ドラッグ、殺しに人身売買、やばいことならなんでもやる連中だ。」
「じゃあ、ルヴァも・・・アンジェもそいつらに捕まっちまったってことか?」
「・・・・・あのね、私、奥さんは遺跡に連れていかれたと思うの。」
後ろから、ユーイーがおずおずと口を挟んだ。
「ユーイー?」
「 だってルヴァ、いつも奥さんの話してて、奥さんのことすごく愛してるみたいだったもん。・・・・奥さんを人質にされたら逆らえないでしょう?」
ユーイーの言葉に俺はうなずいた。確かに、それはありそうなことに思えた。
「・・・・・・要するにやつらみんなあの遺跡ん中にいるわけだな。・・・・・・よし、分かった!」
赤目の小僧が、唐突に縛られたまま立ち上がった。
「分かったって・・・どうするつもりだ?」
「行くしかないだろう、その遺跡ん中に。っつーか、俺は行くぜ!」
「遺跡には入れないぞ。モーグイの連中が周りを固めてる。」
「バイク貸してくれ・・・・エアターミナルに戻って、後はオレがやる。」
「エアターミナル?エアターミナルに行ってどうするんだ?」
「次元回廊の出口を直接遺跡ん中につなげてやる!」
次元回廊?・・・聞きなれない言葉だったが、どうやら聖地の施設を使おうとしているらしいことは察しがついた。俺は黙ってナイフを出すと小僧を縛っていたロープを切った。
「分かった。・・・ただ、俺も一緒に行く。 オレは3ヶ月前からこの遺跡に張り付いてるんだ。連れてかないと、あんた遺跡に入ったとたんに立ち往生するぜ。」
俺たちは夜から明け方にかけての時間帯を脱出の時間に選んだ。ものの輪郭が見えにくくなる時間であり、一番注意力が衰える時間帯でもあるからだ。
バイクの運転は赤目の小僧が買って出た。真ん中にユーイーをはさんで俺が最後尾で、見つかった時の迎撃を担当することになった。
「これ、使えよ。」
赤目の小僧が妙ちきりんな形の水鉄砲みたいなものを放ってよこした。
「なんだこりゃ?水鉄砲か?」
「あたりだ。昨日までは水鉄砲だった。夕べ改造して砂鉄砲にしてある。」
小僧は得意げに鼻をこすりあげてみせた。
「銃じゃすぐ弾切れになるだろ?それなら充填する必要はないぜ。射程距離も長い。ウイークポイントは、ゴーグルしてるやつには効かないってことだな。」
俺は多少うさんくさいものを感じながら、拳銃と一緒にこのおもちゃみたいな銃をベルトにはさんだ。
エンジンをかけると即座にキャンプから黒服の連中がわらわらと湧いて出た。
振り向いて「スピードをあげろ!」と叫ぼうとした瞬間、バイクは3人を乗せたまま突拍子もない速度で走り出した。
ユーイーが金切り声を上げる。
「なんなんだ!」オレも叫んだ。
バイクの通常の性能では考えられない走りっぷりだった。
「こいつも夕べチューンアップしといてやったぜ!」小僧が嘯いた。
背後から銃声が迫ってきた。
俺は考える間もなく、例の玩具の鉄砲を構えると引金を引いた。
強烈な反動が起こって、おれはすんでのところでバイクから転がり落ちそうになった。凄まじい勢いで噴出された多量の砂が追ってくるバイクの正面で一気にひろがり、バイクが何台か倒れて横滑りに滑っていくのが見えた。
「ぼーっとしてんな!右!」
ミラーを見ていた小僧が叫んだ。 俺は気を取り直して、右側のバイクにまた砂鉄砲を発射した。面白いようにこちらもあっという間に運転不能になっていた。砂鉄砲はスイッチが入っている間中、ひっきりなしにバイクが巻き上げる砂を吸引して補充している。実に合理的な作りだった。
赤目の小僧はスピードにはいささかの恐怖感もないらしく、運転も神業がかっていた。
こいつがルヴァの仲間・・・・・?いったい聖地ってなんなんだ?俺はますますワケがわからなくなりそうだった。
エアターミナルに着くと、町中すっかり人気がなくなっていた。 モーグイが来たというので、みんな避難したのかもしれない。
市庁舎の建物から出てきた赤目の小僧はやれやれといったふうに肩をすくめて見せた。
「だめだ。通信設備はみんなやられてる。古っりーテレックスが繋がってたんで一応打っといたが、テレックスじゃ、今時誰も見るやついねーだろーしなー。」
「応援は呼べないってことだな。どうするつもりだ?」
「言ったろう?次元回廊から遺跡の中に入る。助けなんか待ってられっかよ。」
「危険はないのか?」俺はこの小僧があまりにもこともなげに言うので、念のため聞いてみた。
「危険に決まってんだろ!次元回廊っつーのは『どこでもドア』じゃねーんだ!決まったとこしか移動しねーんだよ、フツーはっ!!」
何をしゃべらせても一々ケンカ腰だった、こいつの口の悪さは俺のはるか上を行っていた。
「おいおさげっ、おめ―ヒマなら電池買ってこい。ありったけ。」
「おさげじゃないもん。ユーイーだもん。・・・お店に人いないのに、どうやって買ってくるのよ。」
「あほかっ!金おいて持ってくりゃいーだろ!・・・ったく要領の悪いやつだなー!」
ユーイーはプンとむくれたものの、この赤目の小僧がかなり怖いらしく、逆らわずに走っていった。
とにかく、 ルヴァとは対照的にとことん柄の悪い小僧だった。
こいつもルヴァ以上に俺の持つ聖地のイメージを大きく裏切っていた。
ただひとつ分かるのは、コンソールにデータをインプットしているこいつの顔は大真面目で真剣そのものだった。
この小僧は、とにかく本気でプロの殺し屋ども相手にルヴァを救い出そうとしていた。
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