18.足跡

Edward


円筒形の乗り物は始終ガタピシと揺れて、赤目の小僧はそのたびにオペレーション・ボードに指を滑らせてなにやら進路の微調整を行っているようだった。
やがて、激しい振動とともに、円筒形の乗り物は停止した。

「ほぼ計算どおりだぜ・・・。」
つぶやくと、赤目の小僧は再びオペレーション・ボードを操作して扉を開けた。

「 ここは・・・・・?」
着いた所は、明らかに遺跡の石室の中だった。崩れてはいるが見覚えがある。比較的入り口付近の部屋だった。壁一面に薬品による煤がこびりついてここで起きた火災の凄まじさを語っていた。

「ここっ!・・・ここでルヴァと分かれたの!」 ユーイーが声を詰まらせて言った。
「間違いねーだろーな?」
「ここだもん。ルヴァがこの壁で戸をふさいで、私にそこから逃げろって・・・私だけ・・・・逃げろって・・・・」
うずくまって泣き出してしまったユーイーのそばに、赤目の小僧が屈み込んだ。
「安心しろよ。死体がねーんだから、ルヴァは生きてるよ。」
びっくりしたようにユーイーが泣いたまま顔を上げた。
俺も驚いた。それはこの小僧が初めて俺達に向かって吐いた優しい言葉だった。
「おらっ、いつまでも泣いてんな!二人をさがすぞ!」
小僧がユーイーをひっぱって立たせると、ユーイーは慌てて涙をぬぐって立ち上がった。

「しっ!」
妙な音が聞こえて、俺は二人を押し留めた。
「・・・・どうした?」
赤目の小僧が小声で言った。
「・・・・・足音がした。」

隣の石室で、今度は足早に走り出す靴音が聞こえた。
「てめっ・・・待ちやがれっ!」
止める間も無く赤目の小僧が走り出していた。
「待てっ!コノヤロ!」
赤目の小僧が、無鉄砲にも逃げてゆく男の後ろからタックルをかますと、男は手も無く石床の上に転がった。
その男の顔を見て、俺達は一様に愕然とした。

「ジャレド・・・・!きさま!」
「ジャレド!!」
「おめーは昨日のっ!!」
俺達はいっせいに叫んだ。

「うそつきっ!卑怯者!よくも騙したわね!!ルヴァを返しなさいよ!」
まっさきに飛びついたユーイーが泣きながらジャレドの胸を拳で打った。 俺はユーイーの体を静かにジャレドから引き剥がすと、ジャレドに正面から向き直った。
「どういうことか・・・・話してもらおうか・・・。」


ジャレドは観念したらしく、うなだれたまま、ポツポツと語りだした。
最初に話を持ちかけてきたのはモーグイの方だったらしい。ルヴァの身柄を渡す代わりにジャレドがやつらに何を要求したのかジャレドは言わなかったし俺達も聞かなかった。
ルヴァを拘束し俺達全員を殺した後で、聖地に対しては事故だと報告する。その後工作はすべてモーグイがやる手はずになっていたらしい。
ルヴァはやはり地下迷宮に送り込まれていた。しかも、その前にそのヘイロンとやらに腕の骨を折られている。 ルヴァの奥さんも結局は捉まって、今はそのヘイロンという男の監視下にあるらしい・・・・。

「きっさまぁ・・・・」
話が終わった瞬間、ずっと黙りこくっていた赤目の小僧がうめくような声を出した。
「骨折っただとぉ・・・迷路に閉じ込めただとぉ ・・・っざけんなよ! ・・・・ぶっ殺すっ!!」
赤目の小僧がいきなりジャレドに掴みかかった。
「やめろ!」俺は思わず小僧の振り上げたこぶしをつかんで止めた。止めなきゃこいつ本当にジャレドを殴り殺しかねない勢いだった。ジャレドを殺させるわけにはいかない。こいつのオヤジには子供の頃からの恩があった。それに、この小僧に人殺しをさせるわけにはいかない。何だかそんな気がした。
小僧は完全に激昂していた。振り上げたこぶしは怒りに震えていた。ルビー色の目が今にも火を噴きそうな形相だった。

ふいに、ジャレドは頭を抱えると、その場にうずくまってしまった。
「あいつがっ・・・あの地の守護聖が悪いんだっ!」
ジャレドは涙声になって、ガタガタと震えだしていた。
「あいつが、あの論文を書いてから、何もかも変わってしまった。・・・・親父は人が変わったみたいになって、大学を辞めて研究者に戻るって言い出した。家族を放り出して、世間からは忘れられて、財産も使い果たして俺達には何にも残らなかった。・・・・そのまんま大学にいればよかったんだよ。何の不都合も無かったのに。しょうもないレプリカの墓ばかりいくつも掘り当てて、学会からも馬鹿にされて、政府や外郭団体からは食い物にされて・・・・・みんな・・・みんなあいつのせいじゃないかっ!」
「お前なあ・・・・それはどう考えたって逆恨みだぞ。」
俺はややあきれて言った。ジャレドは悪いやつではなかった。 精神的に弱くて、それを躍起になって隠そうとする見栄っ張りなところがあったけれど、元々こんな大それたことをしでかすようなヤツじゃあなかった。
「うるさいっ!お前になんか何が分かる?お前なんか・・・・元々失うものなんて何もないんだからな!」

ふいに、握っていた小僧の腕から力が抜けた。
「あほくせ。・・・・・殴る気も失せたぜ。」
俺の手を振り切ると、小僧はルビーのような光を放つ目で、まっすぐにジャレドの目を見詰めた。
「おめーがルヴァのせいで無くしたって言ってるもの、全部親父さんのもんじゃねーか。そいつ全部無くしたとき、おめーに何にも残ってねーのは、ルヴァのせいじゃねー。おめーのせーじゃねーのか?」

「やめた。言うだけばからしー。」
赤目の小僧はゆっくりとジャレドに歩み寄ると、襟首を掴んで引きずり起こした。
「ひっ・・・」
ジャレドが怯えた声をあげたのを見て、小僧は再びジャレドを怒鳴りつけた。
「殴んねーって言ってんだろ!・・・・だけどな、よっく覚えとけ、今、俺がおめーを殴んねーのは、もしルヴァがここにいたら、きっとおめーのことを『許してやれ』って言うからだ。あいつは、そーゆーヤツなんだよっ!俺やお前なんかとはニンゲンの出来が違うんだよっ!!」
小僧が手を離すとジャレドはへたばるように地面に崩おれた。その目の前に小僧が放り出したノートとペンが落ちた。
「地図描け。」
小僧が厳然と命じた。 「迷宮の入り口への地図!さっさと描きやがれっ!」
ジャレドは震える指先でペンを取り、俺達は再び無言になった。

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