19.地下道の少年

Angelique



暗闇の中歩き出して、私はあっという間に方向と時間の感覚を失っていた。
でたらめに歩いているうちに、ここに入って10分くらいなのか、半日くらいは経ったのか、それすらも怪しくなってきた。自分がどちらに向かっているのかもさっぱり分からない。・・・・ただ歩くしかなかった。

真っ暗な中両手を伸ばして手探りで歩きながら、私はルヴァのことを思い出していた。心細くなると、すぐルヴァのことを思い出してしまう。あの温かい胸に頼りたくなってしまう。

ヘイロンの言うとおりだった。
私は無力・・・・、自分じゃ何にも出来ない。
候補生の時からずっと、何かあるたびに泣いて、あの人に頼って・・・困難にぶつかるたびにあの人の胸に庇われてやり過ごしてきた。
あの砂の星ではつまらない嫉妬であの人を疑って、あの人の足を引っ張るようなことさえした。
だけどルヴァは、私がどんなに愚かでも自分勝手でも、少しも変わらずに私を愛してくれた。ウェイが襲ってきたときも、神殿が崩れかかったときも、あの人は少しもためらわずに自分の体で私を守ってくれた。

分かっているの、本当は心のどこかで・・・・。あなたにはかなわないって。
私はできそこないで、あなたにはふさわしくないって。

でも、これだけは正真正銘本当のことだけど、やっぱり私はあなたのことが好き。知れば知るほど、一緒にいればいるほど、叱られたり、ケンカしたりする度に、どんどん好きになっていっちゃうの。もう心とかじゃない、細胞のレベルで好きなの。あなたのことが心配。今すぐあなたに会いたい。


ぼーっとして歩いていると、 いきなり、「ヒュンッ」と音がして、首筋すれすれのところを、何かがものすごい勢いで掠めていった。
首筋がちくんと痛む。そこから何かが、つーっと伝わる感覚がして、思わず触れた指先からは血の匂いがした。

えっ?・・・と思うまもなく、猛烈な勢いで、目の前を幾すじもの矢が唸りを立てて掠めていった。
「いやーーーー!!」
私は叫ぶなり床に蹲った。

全身がガクガクして立とうにも立てなかった。首筋がひりひりと痛む。
頭の上や顔すれすれを、幾すじもの矢が唸りをあげて飛んでいった。
・・・・・・ しばらくして、気が遠くなりそうな矢うなりが収まった後も、私は足が震えて立ち上がることができなかった。
そうなんだ、ここは古いお墓の遺跡の中で、本当はこんな仕掛けがいっぱいあるんだ。馬鹿みたいに気にせずに歩いてきたけど、ここまで何も当たらなかったのが運が良かったんだ。

怖い・・・・・・・。
真っ暗で自分の鼻先すら見えない闇の中、何が出てくるのか見当もつかない中で、どうやってルヴァのところまでたどり着けばいいんだろう。それまでに今みたいなところが何箇所あるんだろう。 気が付いてしまうと一歩踏み出すのも怖かった。

泣いちゃだめ。

ガクガク震えながら、それだけはちゃんと自分に言い聞かせる。 ルヴァを助けに来たんでしょ?自分で望んできたんでしょう?泣いてる場合じゃ、ないでしょう?

ふいに背後で水滴の落ちる音がして、 ただでさえ神経過敏になっている私はそれだけでもう叫びだしそうになった。

叫びだしそうになったその時に 何か、やわらかいものが私の頬に触れた。


目を開けた私はユメをみているのかしらと一瞬疑った。

そこにはまだ幼い子供―――3つか4つくらいの小さな男の子が立っていたのだ。 頬に触れたのはその子の手だった。
目があうと、その子はびっくりしたように少しあとずさった。
私はいるはずもないものをみて、とにかくびっくりしていた。不思議と怖い、という気持は湧いてこなかった。
「こんなところでどうしたの?」
声をかけると、男の子ははにかんだように頬を染めてうつむいてしまった。
暗闇の中のはずなのに不思議とその子の姿がはっきりと見えた。 少しくせのある明るいブルーの髪、どこか夢を見ているような深い緑色の瞳、内気そうでどこかしら子供離れした静けさを滲ませたこの子を、私はどこかで親しく見たことがあるような気がした。
はにかんでいる様子がなんともかわいくて、私はついその子の髪に手を触れた。

そのとたん、なんだろう、どきっとするくらいの激しい感情が湧きあがってきた。

・・・・・・ 可愛い。

それは初めての感覚だった。
思わず抱きしめたくなるような、激しい愛情。
前から子供って好きだったけど、それとは全然違う。なんだか胸の奥からツンとこみ上げるような、そんな切ないくらいの愛おしさだった。
私はちょっと迷ったあげく、その子の柔らかい体を抱きしめた。

・・・・・・・ なんて柔らかいのかしら。

私はとろけるような思いでまだミルクの香りが残っているようなその子の体を抱きしめていた。
子供の小さな手が動いて私の頬に触れた。さっき怖くて思わずこぼした涙のうえを、小さな手が何度も行ったり来たりした。私は笑って、ちょっぴり残り惜しい気持でその子の体を離した。
「もしかして・・・・励ましてくれてるの?」
子供は真面目な顔で首を傾げて私を見ていた。ちょっぴり困ったようなこの表情も、やっぱりどこかで見たことが有る。
「 ありがと。もう大丈夫よ。泣かないから、平気。」
そういうと子供は再びはにかむように笑った。
子供は手を伸ばすと、私にある方向を指差して見せた。
「えっ?あっちなの?あっちに行けばいいの?」
言いながら私は無意識にもう一度その子を抱き寄せた。
すると 子供は抱き寄せた私の手の中で、影法師のようにふわっと薄くなると消えていってしまった。


私はしばらく茫然として、その場にかがみこんでいた。
暗闇の中怖くて幻を見たのかしら?・・・・ だけど幻でも何でも、誰にもあえないよりずっとましだわ。
何だか意味もなく前向きな気持が湧いてきていた。

そうだ。ルヴァを探しにきたんだから。自分で望んできたんだから。泣き言なんかいっちゃだめ。ルヴァを連れて帰って、あいつをギャフンと言わせてやらなきゃ。

淋しいから怖くなっちゃうんだわ。 なんかしながら歩こう。・・・・そうだ、歌でも歌って・・・・・。

私はやけくそになってスモルニィ女学院の校歌を歌いだした。歌ってみると不思議なものでちよっぴり気分が前向きになってきた。

こうして私は再び暗闇の中を、両手を泳がせるようにして前方をさぐりつつ、スモルニィの校歌を大声で歌いながら、子供の指差した方向へと歩き出したのである。

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