21.鍵
Angelique
いくつもの曲がり角を、ルヴァは迷いの無い足取りで歩いていた。
ルヴァの頭の中にはまるで地図が入っているかのようだった。
電池の替えが無いからといって、ルヴァは必要なときしか懐中電灯を点けなかった。だけど暗闇の中でもルヴァの足取りは乱れることもなく、いつも確実に一定のリズムを刻んでいた。
休憩するたびにルヴァは、今が何日の何時頃で、最後に休憩してから何時間後だと、私に話して聞かせた。
どこまでも暗闇が広がる異常な世界の中で、確かなものはルヴァだけだった。
ルヴァには確かな信念が感じられた。ルヴァといれば暗闇も不思議と怖くは無かった。
二人で凭れあうようにして短い睡眠を取った後、ルヴァは立ち上がって言った。
「行きましょう。・・・今日中には祭壇の間に着けるはずです。」
歩くに連れ、徐々に道幅が広くなってきた。
目が慣れくると時折見える周囲の壁は、これまでのどっしりとした石造りから、かなり手の込んだ彫刻を施したものに変わってきていた。
数時間歩いたところで、 ルヴァがふいに足を止めた。
ルヴァの視線の先には、ぼんやりと陽の光のようなものが見えた。
「恐らくあそこが祭壇の間です。」
細かい彫刻の施された石のアーチをくぐると、急にふきぬけの広い場所に出た。
広い広い円形のドームのような部屋で、天井がはるかに見上げるほど高く 、上のほうには微かに久しく見なかった日の光が見えた。
巨大な円形の石室の中には、周囲をぐるりと何百、何千体もの異形の石像が取り巻いていた。
入り口から正面には巨大な彩色された石像があった。長い巻き毛の黒髪をたらして白い衣を着た男性の像で、片手に球状のもの、もう片手には巻物のようなものを持っていた。肩膝を立てた形でゆったりと座っているその人物の表情はなぜだか少し物悲しげに見えた。
ルヴァはその憂いに満ちた表情の巨像を見上げたまま、しばらくまんじりともしなかった。
やがてルヴァは巨像の前の祭壇に視線を移した。
巨大な石像の前には三つの等身大の像と祭壇が並んでいた。
「どうして三体なんだろう?」ルヴァが首を傾げた。
「ヘヴェル王、ライラー妃、・・・・もう1体は・・・・クフィル?」
ルヴァはもう目の色が変わっていて、新しい発見にすっかり夢中になってしまっているようだった。そんなルヴァを見て、私も微笑んだ。
「あ・・・、すみません。それどころじゃなかったですね。」
ルヴァが気がついて苦笑した。
「せっかくだから、ゆっくり見たら?」
私の言葉に、ルヴァは笑って首を横に振った。
「あ・・・いえ、時間もあまり無いですし、・・・・改めて、また来ますよ。・・・きっと、また来ます。」
最後のほうは自分に言い聞かせるような口調だった。
私は素直にうなづいた。
私にも何となく直感めいたものがあった。この人はいつかきっと、このお墓に秘められたすべての謎を 解き明かして見せるに違いない。それができるのはこの人だけだし、このお墓に葬られた昔の王様とお妃様も、きっとそれを望んでいる。だから、絶対ルヴァは負けたりしない。
改めて祭壇に歩み寄ったルヴァは、その前で足を止めて、また考え込んでしまった。
巨像の前には三つの祭壇が並んでいた。それぞれの壇の上には、厚く埃を被った、大きな色違いの箱が載せられている。
私にはルヴァの考えていることが分かった。多分、この三つのうちのどれかが本物で、後は偽者なんだ。映画や物語でも、そういうのを見たことがある。ルヴァは何かここにも仕掛けがあるのではないかと警戒しているのだ。
「入り口まで下がってください。」ルヴァは戻ってくると、有無を言わさずに私を祭壇の間の入り口まで押し戻した。
「少しずつ、様子をみながら動かしてみます。」
私の心配げな顔を見て、ルヴァは安心させるように微笑んで言った。
ルヴァはゆっくりと一番左端の祭壇に向かった。
その時、
私はルヴァの足元に、何時の間にかさっきの子供が立っているのに気が付いた。
子供は、小さな手でルヴァの衣のすそを遠慮がちに引っ張って、ルヴァに気づいて欲しそうにしてるんだけど、でもルヴァはまったくそれに気がついてないみたいだった。
ルヴァが左側の祭壇の前に立つと、子供は急に真剣な表情になって、めちゃくちゃにルヴァの衣を引っ張り始めた。 その真剣な様子に私は瞬時にその子が何を言いたいのかが理解できた。
ルヴァの手がゆっくり左端の箱にかかろうとする。
私は叫んだ。
「だめ!ルヴァ!その箱さわっちゃだめー!」
「えっ?」
驚いたようにルヴァが振り返る。
ルヴァの額には汗が滲んでいた。
子供は相変わらずルヴァの衣を引きながら、ルヴァの方向を変えさせようとしていた。子供の視線は一番右側の一段と埃のつもった箱を見つめていた。
「ルヴァ、その一番、右のやつ・・・」
「はあ・・・・。」
ルヴァはちょっと不思議そうな顔をしたけれど、左側の箱には手を触れずにそのまま右側の祭壇へと移動し始めた。
子供はルヴァの衣を離した後も、ずっと視線でルヴァの姿を追いかけていた。
何か、憧れと、気づいてもらえない寂しさが入り混じったような、そんな表情だった。
その時、私は気が付いた。
(――― この子、ルヴァにそっくり。)
どうして気が付かなかったんだろう。その少年はルヴァに本当に良く似ていた。
子供はルヴァが右端の箱に手を伸ばしたのをみると、残り惜しそうにルヴァの顔を見上げたまま、すっと消えてしまった。
ルヴァはかなり時間をかけて慎重に箱を祭壇から取り上げ、そして、更に時間をかけて箱の蓋を開いた。
箱から出てきたのは、1冊のぼろぼろになった本だった。
ルヴァは慎重に表紙を開いて・・・・・そして、何も起こりそうにないのを確認して大きく息をついた。
「どうして分かったんですか?」戻ってくると、ルヴァは私に微笑んでそう聞いた。
「うん。天使がね・・・・」
「はあ・・・?」
ルヴァは何も気が付いてない。だけど私にははっきりとした、ある予感が会った。だけど、そのことは、今はまだ言えない・・・・・。
「ううん。カンです。」私は笑って誤魔化した。
「カン、ねえ・・・。」
ルヴァは笑いながら、ちょっぴりあきれたように繰り返すと、慎重に手にした本の表紙を開いた。
ルヴァは例によって真剣に本に没頭し始め、今度はこっちがあきれてため息をつく番だった。
ルヴァはいつにも増してものすごい勢いで読み上げると、大きく息をついた。
「はあー。なるほどねえ。これでやっと腑に落ちましたよ。」
「どうしたんですかー?」
「いえね、財宝の鍵だっていうから、本当にドアを開ける鍵かと思っていたんですが、この本がまさしく『鍵』だったわけなんですよ。」
それからルヴァはちょっと考え込むような顔をしてつぶやいた。
「・・・・・これを使えばうまく彼らの裏をかけるかもしれません。」
急に大きな軋むような音がした。
天井からばらばらと石が降り注いでくる。
ルヴァが覆い被さるようにして私を庇った。
・・・・・・・ 石はすぐに止まった・・・・だけど・・・・・。
「へんな音、しませんか・・・・?」ルヴァの腕の中から顔を上げて、私は外の音に耳を済ませた。
「ちょっと待っててください。」
そういうとルヴァは小走りに入り口の方へ走っていった。
入り口に立って外を見たまま、ずっと戻ってこないルヴァを見て、私もルヴァの後を追った。
ルヴァの肩越しに、さっきまで歩いてきた石廊を見ると・・・・・。
―――壁が、動いている!?
目の前には信じられない光景が広がっていた。石でできた壁が、不気味な音を立てながら、まるで生き物のようにじわじわと動いていた。
「信じられない・・・・。7千年前に・・・・。」
ルヴァがうめくように言った。
「どうしたの?」
ルヴァはうごめく壁を見つめたまま、乾いた声でつぶやいた。
「・・・・・移動・・・・迷宮。」
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