23.祭壇の間

Luva


アンジェと私は祭壇の間を出あぐねていた。

私は正直言ってこの7千年前の古代技術の精華の前にお手上げ状態だった。
仮に、この動く壁が、3つのレプリカの通りに動いていたとしても、それを頭の中で組み合わせシミュレーションして移動するというのは、限りなく不可能に近かった。
何次元ものパズルを解くような問題である。自信がなかった。
部分的には不可能ではないかもしれない。しかし、そんなに長時間継続的に集中していられるはずもなかったし、一歩間違えれば文字通り迷宮の中で迷子になってしまうのだ。
アンジェに不安そうな顔を見せてはいけないということは分かっているのだが、私は不安や苛立ちをどうにも隠せずにいた。 ここにいても何の進展もない。ただ、一歩踏み出せば、その先は休む間もない地獄が待っているのだ。しかも破滅するのは私だけではない。アンジェリークがいるのだ。決して間違うことは許されない。それが私にはできるのだろうか?

ため息をついて顔をあげると、アンジェは私の思考を妨げないようにと少し離れたところから、こちらを見ていた。
目が合うと、アンジェはにっこりと屈託なく笑った。 私は幾分力ない笑顔で彼女に答えた。

私にはもう分かっていた。彼女は別に気楽に私にたよっているというわけじゃなくて、彼女は彼女の役割を私以上にすばらしく果たしているのだ。
ある意味彼女は私よりはるかに強靭だった。黙っていればすぐに押し寄せてくる絶望をこの人が常に不思議な気迫で追い払っていた。

私はふと、とてつもなく無責任なことを思いついた。
彼女に結論を委ねてみようかと。
それは至極妥当なことに思われた。現実的な問題では彼女はいつもとても健全で、妥当な決断をくだすのだ。
「こっちへいらっしゃい」
手招きをすると、アンジェは「はい」と返事をして嬉しそうに身を寄せてきた。
「あなたに相談があるんですけど」
「はい。なんですか?」
「ここにいても仕方ないんですけどね、情けない話、出て、迷わない自信がないんですよ。何しろ道が動いちゃってますからねー。」
アンジェが真面目な顔で大きくうなずいた。
「でも、本当にここにいてもどうしようもないので、それで迷ってるんですよ。ここでいい知恵が浮かぶのを待つか、それとも迷うのを覚悟で外に出るか・・・・。」
「出ましょ!」アンジェはにっこりと笑うと言った。
「だって、どんなに頭のいい人だって、試験で絶対100点取れるとは限りませんよ。取れなくったって、その人のせいじゃないですもん。だから、80点ぐらいを目標にして、後は運に任せましょう!」
てんでワケのわからない理窟だった。私は思わず笑い出しそうになってこう言った。
「でもね、もし失敗しちゃったら・・・・・」
言いかけた私をアンジェがさえぎった。
「いいです!別に!・・・ルヴァと一緒だったら。」

それは突然、心臓に柔らかい手でそっと触れられたような感覚だった。 この人が今やさしい口調でさらりと言った言葉は、自分とだったら死んでも構わない。まさしくそういう意味だった。

「分かりました」
私はアンジェリークに向かって微笑んでみせた。
本当にすとんと分かった。自分のやるべきことが。
できる出来ないじゃない。この人を守るのだ。そのためにできることなら何でもするのだ。それしかない。

「じゃあ、行きましょうか?」
私は再びアンジェの手をとった。
「手を離さないで下さいね」
「はい。」
アンジェは笑顔で私の手を握りかえした。

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