24.回想

Zephel


シミュレーションのためのデータをコンピュータにビシビシ打ち込みながら、俺の頭ん中はルヴァのことでいっぱいだった。

ルヴァは俺にとって、特別なやつなんだ・・・・・・。

ルヴァは俺の親でもなければ兄弟でもない、センコーとも違うし、ダチっていうのとも、ちょっと違う気がする。
この世の中からルヴァが消えちまうなんて、俺には考えられなかった。
俺はずっと前、聖地に連れてこられたばかりの頃のことを思い出していた。

あの頃俺は荒れていた。周りの何もかもが理不尽に思えた。
みんなが俺が思い通りにならないからと言ってオレをせめた。オレはオレで、「絶対お前等の思い通りになんかなってやるもんか」と思ってた。
そんな中で、あいつだけが、オレを責めなかった。あいつはいつもオレを責める代わりに自分のことばっかり責めていた・・・・・・。


「ゼフェル〜、まだ支度してないんですか〜?」
その日、ルヴァは断りもなしに俺の部屋に入ってくると、呆れ顔で言った。
「早く支度してくださいー、連絡会に遅刻しちゃいますよー。」
「うっせーな、行くかよ、んなもの!」
オレはわざとソファーにだらしなく寝そべって、行く気ゼロってことをアピールして見せた。
「ダメですよ。連絡会ではいろいろと大事な話や連絡事項が出ますからね。週に1度くらいは直接みんなで顔を合わさないと」
「知るか!オレにはかんけーねー!」
「関係ありますって・・・・ああーもう時間がないですねー。仕方ないです、そのままでいいですから、一緒に行きましょう」
あいつはオレの手を掴むと渋るオレを引きずるようにして聖殿まで連れて行った。
途中でずらかろうと思えば、鈍くさいルヴァのヤツを巻くなんてへでもなかったけど、前回オレがフケたことでルヴァが大目玉食ったらしいことは聞いていた。そのことをルヴァがオレにひと言も言わないことにもオレはちょっとばかし引け目を感じていた。1回くらい仕方ね―か、と、そう思ったオレは観念してやつに引きずられていった。

ところが、聖殿に入った瞬間、オレはとてつもなく後悔した。来るんじゃなかった。相変わらず、まじで、いやーなフンイキだった。金髪のやつがじろりとオレを見てまず言った。
「なんだ、その格好は」
オレは反射的ににらみ返した。
「あ・・・それはですねジュリアス、ちょっと時間がなくて」
俺のかわりにルヴァが言い訳をした。
「いつまでルヴァに世話をかけるつもりなのだ」
「あいつが勝手にやってるだけだろー!」
オレは負けるもんかと金ぴかヤローをにらみ返した。
「まるで子供だな」赤毛のやつが馬鹿にしたように言った。
オレはこいつにも憎しみのこもった視線を送ってやった。無茶苦茶腹が立ってきていた。
オレは黙って出て行こうとした。畜生、こんなとこ来たのが間違いだったんだ。
「待ちなさい、ゼフェル!」オレを止めようとして肩に手をかけたルヴァを、「どけっ!」そう言ってオレは反射的に押しのけた。
押されたルヴァは派手にすっ転んでテーブルに激突した。

「ちょっと、あんたこのまま行くつもり?ルヴァにあやまんなくていいの?」出て行こうとするオレをドハデなヤツがさえぎろうとしたが
「うるせー!」叫ぶとオレは部屋をそのまま飛び出した。

飛び出した直後にオレはもう気になりだしていた。頭に来てて、それで何も考えずに思い切り突き飛ばしちまったけど、ルヴァ・・・・・大丈夫だったろうか?
誰も追ってこないのを確かめて、俺はこっそり戻るとドアの影から中の様子をうかがった。
やつらはルヴァを取り巻くように立って、口々にいろんなことを言っていた。

「まあったく、どういうシツケを受けてきたんだか・・・・・。」
「性根から叩きなおしてやる必要があるな」
「大丈夫ですか?ルヴァ様・・・・。ひどいことしますね?」
「とにかく・・・・これ以上ゼフェルだけを甘やかしておくわけにはいかん」
やつらがルヴァを取り巻くようにして口々にいっている中で、ルヴァは急に顔をあげて、大声で怒鳴ったんだ。
「お黙りなさい!」
広間が、一瞬で、シーンとした。
「あなたがたが・・・・あなたがたがそんなことを言うのは、私は・・・許しませんよ。」
それからあいつは、ひとりひとりの顔を見ながらものすごく真剣な顔をしてこう言ったんだ。
「どうしてゼフェルが悪い子なんですか?私たちの思い通りにならないからですか?何でも言うことを聞いて逆らわない子がいい子なんですか?」
「あの子は正直でまっすぐないい子なんです。思ったとおりにやっているだけなんです。言うことを聞いてくれないのは納得できないからです。納得させられないのは私の責任です。責めるなら私を責めればいいでしょう!」

あいつが怒ってるサマなんて見られたもんじゃなかった。興奮して声は引っくり返ってるし、もともと生っちろい顔は首まで真っ赤になって・・・バカみてーだった。だけど、そん時はみんなあっけにとられちまって、誰もなにも言えなかった。
あいつはよたつきながら立ち上がって、出て行こうとした。
「ルヴァ様・・・・・どちらへ?」
聞かれたルヴァは、また、何事もなかったように微笑んで見せた。
「説得するんですよ。時間をかけて話せば、きっと分かってくれます。」
俺は慌てて外に飛び出した。俺は夢中で走った。誰にもつかまらないように。
走りながら、あいつのバカみたいに真剣なツラが目の前でちらちらした。本気かよ。本気であんなこと言ってんのかよ。

誰も来ないと思って隠れた森の影に、ずいぶん時間が経ってからルヴァは足を引きづりながらやって来た。
俺を見つけるとルヴァは何事もなかったかのように笑った。
「どうぞ」といってやつが差し出した包みにはサンドイッチが入っていた。
「お昼たべそこねたでしょう?」
俺は正直言ってハラペコだったけど、わざとこれ見よがしにその包みを放り捨てた。
「うるせーな。何しに来た。あっちにいけ。」
俺は思っていることと全然反対のことを言っていた。ルヴァが足を引きづっているのを見て、しかもそれをなるべく俺に悟られないように無理しているのを見て俺は猛烈に気がとがめたんだ。本当はあやまろうと思ったんだ。だけど、お前がなんでもないみたいな顔して笑うから・・・・だから俺は何もいえなくなっちまったんだ。
「食べ物を粗末にするとバチがあたりますよー。」
ちょっと眉を寄せて小言を言うと、ルヴァは断りもなく俺の横に腰を下ろした。
「何しに来たんだよ」
「あなたをひとりにしておきたくないんですよ」
「よけーなお世話だ。俺のことは放っといてくれ。」
「だって、私には他には何もしてあげられませんからねー」
「ばっ・・・馬鹿かよお前」俺はもう我慢できなかった。涙が後から後から込み上げて来た。
「だっ・・誰が・・・お前に・・何かして欲しいなんて、いったかよ。」
「うーん。確かに私の自己満足かも知れないんですけどねー。・・・・・でも・・・・ここに、いさせてください。」
そしてあいつは、思いのほか強い力で、俺の体を自分の方に引き寄せた。
ルヴァに肩を抱かれて、あいつの肩に体を預けるような格好になった俺は、その暖かさに触れたとたんにこらえきれずに大声を上げて泣きじゃくっていた。やつあたりみたいにあいつの胸を拳で殴りながら声を上げて泣く俺を、あいつはずっと、俺が泣き止むまで放そうとしなかった。


泣き止んだ俺はあいつに聖殿の星見の間に連れて行けとせがんだ。
仕方がない。俺はここにいて、みんなが俺に守護聖としての務めを果たすことを望んでいるんだ。守護聖らしくして欲しいんだ。俺はこれ以上ルヴァを俺のせいで困らせたくなかった。 だけど、水盤の前に立った俺をルヴァはきゅうに厳しい表情になって押しとどめた。
「それは、貴方の意志ですか?」
「なんだよ・・・それが何かかんけーあんのかよ。」
「私のためとか、義務だからとか、そういう理由だったら、止めて置きなさい。それじゃ意味がありません。」
「・・・・ったく、なんなんだよ。お前らがサクリア送れって言ったんだろ?送ってやるって言ってんだ、何が文句あるってゆーんだ。」
「・・・・見ていてください。」
やつは水盤の前に歩み出ると、静かに両手を水盤の上に差し出した。指先から溢れ出した緑色の光が水盤一杯に満ちた。暖かい、静かに染み渡るような輝きだった。俺には水盤を通して向こう側の世界が見えるような気がした。世界が静かに満たされていくのを・・・・。
サクリアを送り終わると、ルヴァはもう一度俺を見た。ルヴァはもう笑ってはいなかった。静かだけど妥協を許さない目だった。俺にはルヴァが何を言いたいのか分かった。
こいつは俺に選択しろと言ってるんだ。ここでサクリアを送るということは守護聖になることを認めるということだ。ただ一人鋼のサクリアを司るものとしての責任を果たすことを要求しているんだ。
「送ってやるぜ。」
俺はここでただこいつに甘ったれるだけの存在になるつもりはなかった。守護聖になれっていうなら、なってやる。ここで、お前と対等の立場になってやる。
「ただ!俺はおめーとは違うからな!宇宙に愛情なんかねーからな!力は送るぜ、そいつを活かすか殺すかはこいつら次第だからな!」
俺はやけくそになって、さっきのルヴァを真似て水盤の上に両手を伸ばした。
その瞬間―――俺は感じたんだ。すごい力を。水盤の向こう側から、俺の力が強烈に求められているのをビシビシ感じたんだ。サクリアが指先から溢れ出した瞬間にどんどん水盤に吸い込まれていった。ものすごい勢いだった。俺はそん時は、止め方なんか分からなかったし、へとへとになるまでサクリアを送って、止まった時には立っている力もないくらいだった。
「すごいですねー。よほど求められてたんですねー鋼の力が・・・。もう少し送ってあげたらどうですか?」ルヴァがニコニコとうなずきながら俺に言った。
「ふざけろよ。もう煙も出ねーよ。」
俺はルヴァに怒鳴り返した。

帰り道、俺はよたよたとびっこをひくルヴァに肩を貸して、私邸まで送っていた。
ルヴァはしきりとすまなそうに言った。
「すいませんねーゼフェル。重たいでしょー?もう大丈夫ですから・・・。」
誰のせいでこんな目にあったのか・・・・お前はとっくに忘れちまってるみたいだった。
翌日お前はいつもどおり普通の顔をして出仕してきたけど、俺は後でお前んとこの執事に聞いたんだ。
あん時お前は捻挫で全治二週間って言われてたけど、それを誰にも言わないで、なんでもない振りしてたんだ。俺が責められると思って・・・・。
つくづく、馬鹿なやつだよな。
俺は結局ルヴァにあやまらなかった。この後も謝る気なんて、ないぜ。
お前との貸しも、借りも、オレはずっと、一生精算するつもりなんかねー。「ごめん」で1回1回精算できるような、そんなもんじゃねーはずだ。

どんくさく地下迷宮なんかで迷子になっちまって、帰ってこれねーだと?ふざけんな。全く・・・・いつも俺のことを無器用だ無器用だっていうけど、お前の方がたいがい無器用だろーが。

俺が絶対連れ戻してやる。お前がいない聖地なんか意味がねー。脱走計画だって止めるやつがいるからこそ盛り上がるんだぞ。

ずっとキーボードを打ちっぱなしで、さっきから指がつりそーだったけど、何かしてねーと、不安と苛立ちでどうにかなっちまいそうだった。

ルヴァ・・・、アンジェ・・・、二人とも・・・・。死ぬなよな。ぜってー死んだりすんな。
俺がきっとおめーらみんな助け出してみせるから・・・。

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