25.砂漠の民

HeiLong



珍しく落ち着かない気分になっていた。
何故かはよく分からないが、あの女のせいだ。

まっすぐに俺を見た翠色の目。

恐れる気振りもなかったのは、恐らく幼稚で無知だからだ。
甘やかされて怖いものを知らないからだ。
少し痛い目を見て世間を知れば、生きることがどんなに苦しみと恐怖
に溢れているかが分かるだろう。

しかし、それだけではない。
あの目に見つめられた時、俺はどこかに穴が開いたような気がした。
穴が開いて、そこから一瞬何かが見えたのだ。
それが何か・・・・もはや思い出すことができない。
目覚めてすぐに夢を見たことだけ覚えていて、どんな夢だったか忘れてしまった・・・そんな感じだった。

俺はゆっくり巻きタバコをふかし、苛立つ気持を無理に静めようとした。


脳裏に今度はあの地の守護聖の静かな瞳が蘇ってきた。

今では絵物語にしか残っていない、いにしえの砂漠の民、
・・・・あの男の古風な姿は、それを完璧に残していた。

『多くを求めず、与えても奪わず、ほんのわずかな自然の恵みに感謝して生きる。
たとえ貧しくとも、砂風に吹かれ年に何10キロも移動する生活だとしても、決して絶望しない・・・。

ものの本にはそう描き出されている。それがXiamomianの誇りなのだそうだ。

笑わせる。
やつらの言ってることは醜悪だ。
もっとも弱くて、愚かしく、貧しいくせに、プライドだけが高いのだ。

あの薄汚い星を、あんたは空を飛んで飛び出し、俺は地を這って這いずり出た・・・・・。


俺は、手にした巻きタバコを、火がついたまま片手で握りつぶした。
痛みを恐れる気持ちなど、とうに麻痺してしまった。
恐れるものなど何も無い。何も無いはずなのだ・・・・・。





帰って来い・・・・地の守護聖。

俺は心の中でつぶやいた。

このまま終わりじゃ、俺はどうにも消化不良だ。
もう一度あんたと、きっちり勝負がしたい。


その落ち着き払った顔が苦痛に歪み、恐怖に引きつるのを見ないうちは、 俺はどうにも落ち着かない。
足元に奴隷のように這わせて、服従の言葉を口にさせてやる。

そうすればあの翠の瞳の呪縛からも解き放たれるだろう。
この訳の無い不安と焦燥も消えてなくなるに違いない。





帰って来い・・・・早く・・・・・。





俺は閉ざされた扉を凝視したまま、もう一度、胸のうちでつぶやいた。



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