30.突入
Zephel
俺とエドワードは再びバイクにまたがった。
「最初の一瞬が勝負だかんな!」
「分かった」
エドワードがうなずく。
俺はもう一度アンジェを振り向くと、安心させるように言った。
「心配すんなって、ぜってールヴァのヤツ、連れて帰ってやっから!」
全員を部屋の外に下がらせておいて、エドワードが石板に作業用の小型爆弾を投げた。
爆煙が湧き上がり石の破片が飛び散る中を、俺達はバイクで遮二無二突っ込んで行った。
こんな滅茶苦茶な乗り方はさすがに初めてだった。奥歯をくいしめて、急スローブをまっ逆さまに落っこちるような速度ですべりおりた。
スローブが切れる瞬間、俺は脇に抱えていた電球のお化けみたいな機械のスイッチを入れた。
いっせいに電球が点灯して、あたりが真っ白になった。許容電量なんててんから無視してっから、電球は点いた先から割れてはじけとんだ。
ガラスの細かい破片が飛び散る中、バイクはスローブの切れ目から宙に飛んだ。
バイクが横倒しになって、俺たちもバイクから転げ落ちた。
ゴーグルをしている俺とエドワードは即座に立ち上がった。
ルヴァと、ヘイロンのヤツが見える。ヘイロンもさすがに顔を腕で覆って動けずにいた。
エドワードがすかさずヘイロンの後ろに回りこみ腕をねじ上げ、銃を突きつけた。すべてが一瞬の間の出来事だった。
「ゼフェル・・・・あなたが何故ここに・・・・」
どうにか目を開けたルヴァが呆然としたように言った。
「事情は後で話すっ!それよりこいつだっ!」
エドワードに銃を突きつけられて、そいつは笑っていた。見ていてゾッとするくらい、イヤなヤバイ笑顔だった。
「エドワード!気をつけろっ!!」
俺が叫ぶよりわずかに早く、そいつはわずかに身をかがめた。そいつの肘から、膝と踵から、どう仕込んであるのか白刃が飛び出していた。
肘から伸びた剣はエドワードの脇を貫通し、エドワードは咄嗟に引き金を引いたが、弾はあらぬ方向に逸れた。一瞬の間にヘイロンの膝が、拳が、目にもとまらぬ速さで繰り出され、あっという間もなくエドワードの体は数メートル先までふっとんでいた。
エドワードの手から転がり落ちた拳銃は、ヘイロンの手の中にあった。
ヘイロンは拳銃を握りなおすと、俺たちを均等に見回して、また例のゾッとするような笑顔を浮かべた。
これもまた、一瞬の間の出来事だった。
「良かったですねえ・・・・道連れが増えて。」
ヘイロンはルヴァに向き直ると、ゆっくりと銃口をルヴァに向けた。
「あなたとは、もっとゆっくり遊びたかったんですがね・・・・残念です。」
ヘイロンの口元が残忍な笑いに歪んだ。
「やっぱり、あなたから先に死んでもらいましょう。・・・・あなたは・・・・危険すぎる。」
「待って!」
高く透る声が響いて、その場にいる全員がいっせいに声の方を振り返った。
スローブの真下にアンジェリークがふらつきながら立っているのを見て、俺はぶっ倒れそうなくらい驚いた。俺達が脱出用に垂らしてきたロープをつたって下りてきたらしい。来るなって言ったのに・・・・なんで下りて来ちまったんだ。しかもこんなやべーところに・・・。
だけどもう後の祭りだった。アンジェはヘイロンをまっすぐに見つめると、こぶしを握り締めて叫んだ。
「その人に何かしたら・・・・・私が、許さないから!」
「ほう・・・・どうやって?・・・・もしかして、サクリアをお使いになるんですか?」
ヘイロンが冷笑するように目を細めた。
アンジェが一歩も引かない目でヘイロンをにらんだ。
「おもしろい。やってみせてください。三つ数えたら彼を撃ちます。止めてご覧なさい・・・・・。」
ヘイロンは再びゆっくりとルヴァに銃口を向けなおした。
「3・・・・2・・・・」
強いオレンジ色の光が狭い坑道を包んだ。
スローブの真下あたりにいたはずの アンジェは、何時の間にか男とルヴァの中間のあたりに立っていた。アンジェの背中には真っ白な大きな羽が、ルヴァを守るように広がっていた。羽のまわりをかすかに覆っているオレンジ色の光は風に吹かれるローソクみたいに頼りなく、今にも消えちまいそうだった。アンジェの全身は透き通るように青白く見えた。
「やめなさい!アンジェリーク!」
ルヴァが駆け寄るより早く、アンジェがすべるようにヘイロンの前に歩み出た。
アンジェはヘイロンの目をはっきりと見つめたまま、柔らかく両手を伸ばした。両手が銃身に触れると、そこから新しい光の球が湧き上がった。
「アンジェリーク!!」 ルヴァが悲鳴のように叫んだ。
アンジェの手のひらから沸きあがったのは緑色の光だった。
さっきアンジェが出したオレンジ色のサクリアとは違う。もっと穏やかで柔らかい、光の粒のように見えた。それがアンジェの手のひらから泉のように次々と溢れ出して、徐々にヘイロンの手の中の銃身を包んでいった。あふれた光の粒は床に流れ落ち、あたり一面が光の海みたいになった。光に包まれた黒い銃身はゆっくりと捻じ曲がり、形を変えて、終いにはただの黒い塊みたいになっちまった。
銃がヘイロンの手から落ちると同時に、アンジェも崩れるように床に膝をついた。
「もう・・・・やめて・・・・。」
アンジェは肩で荒い息をつきながら、それでも視線をそらさずに男の瞳をまっすぐに見つづけていた。
駆け寄ったルヴァがアンジェを支える。
「面白いものを見せていただきましたよ。へええ、今のがサクリアですか?・・・・・もっと見せていただけませんか?」
ヘイロンの目が危険な光を放った。
銃なんて関係ねー。こいつが全身に武器を仕込んでるのはさっきので分かってた。
アンジェが危ない!
ルヴァが咄嗟に覆い被さるようにアンジェを庇った。
それと同時に、俺は考える間もなく、横っ飛びにヘイロンの腰に飛びついた。
「二人に触るんじゃねー!」
タックルが決まって、俺とヘイロンはもつれあったまま淵の方へと転がって行った。
「離せ!お前も落ちるんだぞ!」ヘイロンがドスのきいた声で怒鳴った。
「知るかっ!くそっ!」俺は怒鳴り返した。
俺はまじで死んでも離す気はなかった。重なり合ったまま、刃物のついた靴でめたくそに蹴りを入れられて下半身がどんどん感覚を失っていく中、俺は無我夢中でやつの腰にくらいついていた。
「ゼフェルーっ!!」
「ゼフェル様ーー!!」
アンジェとルヴァの声が聞こえる。
そのまま、地面の感覚がなくなって、俺とヘイロンは、まっ逆さまに、黒い淵の中へと落ちていった。
―――まじで『もうダメか!』と思ったときに、俺の体はガクンという衝撃とともに落下を止めた。
エドワードが、どうにか間に合って俺の足首を掴んで止めたんだ。 俺はそのままずるずるとがけっぷちに引きずり上げられた。ひきずり上げられながら、俺は淵の底になにやら無数の不気味な黒い物体がぬるぬると重なり合って蠢いているのを見て、今更ながらにぞっとした。
そのとき、ルヴァは信じられない行動に出た。
「ヘイロン!」
ルヴァは叫ぶと何を思ったのか、いきなりふところからターバンを引っ張り出すと、淵に垂らしたのだ。
「早く!つかまってください!」 ルヴァが淵の中に向かって叫んだ。
「お前!気でも違ったのか!何やってんだよ!」
「私はまだ聞いてませんよ。誰なんですか!『何も手に入れられない』って、誰があなたにそういったんですか!?」
「やめろ、あほう!」
俺はもう一度、怒鳴った。
ふいにルヴァの体ががくんと前にのめった。
ヘイロンが・・・・・。やつは上がってこようとしてるんじゃない。ルヴァを引きずり込もうとしてるんだ。
淵の底からは狂ったような笑い声が聞こえてきていた。悪魔のような、不吉な笑い声。
俺とエドワードは顔を見合わせて慌てて今度はルヴァの体に取りすがった。 ルヴァの体がずるずると淵の中に引きづられて行こうとしている。
「馬鹿!早く離せ!」
「ヘイロン!違います!あなたのせいじゃないんです!目を覚ましてください!あなたも操られているんです!!ヘイロン!」
ターバンを引いていた強い力が急に抜け落ちて、俺たち三人は後ろ向きに転がった。
笑い声も止まっていた。
ルヴァの手には、砂色のターバンが握られたままだった。
ルヴァは、最後までターバンを離さなかった。
やつが自分で手を離したのか、それともがけ底のあの気味悪い怪物に食われちまったのか、それは誰にも分からなかった。
|