34.別離
Edward
中継地に戻ってみると、モーグイの連中はすべてきれいさっぱり姿を消していて、替わりに見慣れない赤毛の色男が事務所で俺たちを待っていた。
「げっ!オスカー!来たのかよ。」
ゼフェルが露骨に嫌そうな顔をした。
「来たのかよ、はないだろう?呼んだのはお前じゃないのか?」
赤毛の色男は手の中でテレックスの巻紙をひらひらさせて見せた。
「しかも、この文章はなんだ。『激、やべー。応援よこしやがれ。』お前がまともな文章を書かんから、コンピュータが何語か解読できずに、出動が遅れてしまった。」
赤毛の男はテレックスの紙を片手で丸めると、実に気障なしぐさで指先でピンとはじいて捨てた。
「とりあえずピストル持ってうろうろしてる連中は集めて集会所にぶち込んでおいた。他に用がなければ俺はもう行くぜ、あいつらを護送して行かないとならんからな。」
「あなたにはまたご迷惑をかけちゃって、すみませんでしたねー。」
ルヴァの言葉に赤毛の男は大げさに肩をすくめて見せた。
「まったくだ。このために日の曜日がふっとんで何人のレディが涙したと思ってるんだ。まあ・・・・かわりにこんなに可愛いお嬢ちゃんにめぐり合えたことだし、それでよしとするか。」
男は臆面もなくユーイーに派手なウインクを送ってよこした。ユーイーが赤くなって下を向いたのを見て、俺は正直むっとした。
ルヴァが急に真顔になって赤毛の男に向き直った。
「あのー。あなたが拘束した中に、ジャレド・オスマンさんも入ってますか?」
「主犯格だろ?遺跡で縛られてわめいているところを部下がみつけた。当然押さえてあるぜ。」
「彼は主犯核なんかじゃありませんよ。彼は悪い人じゃないんです。・・・その・・・いろいろありまして・・・。何とか情状酌量の余地はないですかねえ。」
赤毛の男はまじまじとルヴァを見て、そして肩をすくめた。
「俺にその権限は無い。」
「はあ・・・。」
うなだれたルヴァの肩に手をかけると、赤毛の男は耳打ちするように言った。
「陳情書でも書け。持っていって、話はつけてやる。」
ルヴァの表情が一気に明るくなった。
「ああ。ありがとう、オスカー。」
オスカーとやらはルヴァと握手すると、またしてもユーイーの方を振り向いて言った。
「じゃあな、チャーミングなお嬢ちゃん、ステキなレディになった頃、また会おうぜ。」
その後姿に俺は「二度とくるな」と、胸のうちで呟いた。
その後俺達は、ジャレドが使っていた事務所に席を移して、今後のことを打ち合わせることになった。
「一時解散、しかないな。」
それが俺の結論だった。
「解散?なぜですか?」
ルヴァが眉をひそめていった。
「ジャレドがしょっぴかれたってことは、スポンサーが降り立ってことだろ。この先の作業をどうするんだよ。」
「発掘を続けましょう。お金のことなら大丈夫、なんとかなりますよ。」
ルヴァは厳然として言った。
「大丈夫って、お前そんな暢気な・・・。」
「別なスポンサーを探せばいいんでしょう?探しましょう。私が企画書を書きます。」
一歩もひかない顔つきだった。
「お前、企画書なんて書いたことあるのか?」
「もちろん。初めてです。」
「それにお前、怪我してるじゃないか。 」
「怪我したのは左手です。字は書けます。歩けますから、現場にも行けます。」
「だけど奥さんどうするんだ。おなかに子供がいるのに・・・・。」
「あ、私なら大丈夫ですよー。ゼフェル様と帰りますから。」
べっぴんの奥さんはにこにこしながらあっさりと答えた。 」
「お前・・・・それでいいのかよ・・・・・。」
ルヴァはまともに俺の顔を見ると大きくうなづいた。
「もちろんです。やりましょう、最後まで。」
その晩、ルヴァの奥さんとゼフェルは先に聖地に帰っていった。
べっぴんの奥さんは、俺達ひとりひとりに丁寧に挨拶をしてまわり、俺のところに来るとにっこり笑って「ご迷惑でしょうが、主人をよろしくお願いします」と深深と頭を下げた。
去りぎわに、奥さんは背伸びをしてルヴァの歪んだターバンを直してやった。
長い背をかがめて奥さんの為すがままに身を預けているルヴァと、静かな笑顔でルヴァの世話を焼いてやってる奥さんの姿はまるで一幅の絵のようだった。
その後、遺跡の発掘は人数は減ったが逆に急ピッチで進んだ。
ルヴァの知識は現場でも大いに役立った。こいつの頭脳はまさに神がかっていた。ルヴァは俺が掘り当てた遺物の文様やら形状やら素材から、似たような遺物のある遺跡、その年代、地域、果てはそれが記載されている論文の名前まで、全部言い当ててみせた。ユーイーがルヴァの口述を片っ端からワープロで書きとめた。
もともと粘り強く几帳面なルヴァの性格は、遺跡発掘にはまさに適性というべきもので、俺が教える細かい作業を、こいつはあっという間に全部自分のものにした。妙に人懐っこくて、人を使うのもうまかった。
俺達は日中は夢中になって発掘し、夜はルヴァのテントでスポンサー探しのための計画を立てた。
俺はルヴァがものも言わずに数時間で書き上げて見せた企画書を見て絶句した。 それは遺跡発掘のスポンサーなんてものじゃなかった。この星域全体の遺跡のデータベース化、博物館の建設、中小の団体を串刺しにしての研究上の相互支援ネットワークの形成、研究活動のための基金の樹立などなど、気が遠くなりそうな規模のもので、金額もジャレドが準備していたより桁が二つ多かった。
「お前!なんの企画書書いてるんだ!誰がやるんだ、これ?」
俺の問いに対して、ルヴァは澄まして言った。
「もちろん、あなたですよ。他に誰がいるんですか?」
俺は再び、絶句した。
「ここまでやらなきゃ元の木阿弥ですよ。あなたはいいんですか?あんなブローカー連中をこのままのさばらしておいて。」
まじめな顔で『じぃ』っと見つめられて、俺は二の句が告げなかった。
こうして、ルヴァとユーイー、俺の三人は、連日夢中になって作業に没頭した。今までこんなに熱くなったことはなかった。
しかし、それも最後の時が来た。
発掘作業もあらかた終了し、明日でキャンプは終了という日になった。
積み残しの作業もあったが、それは資金の目処が立ってから再申請しよう、ということになった。
ルヴァの休暇も明日が最終日ということだった。俺達はどうにかこうにか間に合ったわけだ。
俺はその晩また酒瓶をかついでルヴァのテントを訪ねた。
ルヴァのテントの中はもうすっかりと片付いていた。
「明日、帰るんだな」
「ええ」
俺の言葉にルヴァは幾分寂しげにうなづいた。
「もう二度と、こんなチャンスはないでしょうね。あなた達にも、もしかしたらもうお目にかかることはないかもしれません。」
「情けないこと言うなよ。チャンスなんて自分で作るものだろ。」
「今回は特別だったんですよ。普段はそうそう気軽に聖地を出してもらえるわけじゃありません。」
「なら、俺が作ってやる。 これからオレがお前が書いた企画書で営業してまわるだろ、スポンサーがついたらすぐに最初のイベントでお前を招聘してやるさ。それでなければ、俺が宇宙でも最高権威の学者になって聖地に乗り込んであんたらに講義してやる。」
「本当ですかー?」
ルヴァは子供のように嬉しそうな顔になった。
「そん時は俺だけじいさんになってるかもしれないけどな。その時になって知らん顔するなよ。」
「大丈夫。あなたなら、いくつになっても絶対分かりますよ。」
ルヴァはまた例の人懐っこそうな笑顔で、嬉しそうに笑って見せた。
翌日あいつはまた飲みすぎで足元をふらつかせながら、不恰好にラクダに乗って町を出て行った。
全く、あれで本当に守護聖様かよ。―――本当にヘンなやつだった。
そうして俺はあいつを見送りながら、胸の中にある決心を固めていた。
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