35.大団円

Luva


聖地に戻るやいなや、陛下から『すぐに』聖殿に来るようにというお達しが来た。
『すぐに』、にアンダーラインまで引っ張ってある。嫌な予感がした。

早々に謁見の間に参上すると、そこには満面の笑みを浮かべた陛下が待っていた。
「あ・・・あの・・・お待たせいたしまして、恐縮です。その・・・」
「アンジェから聞いたわ。おめでとう、ルヴァ。」
「は・・・はあ・・・有難うございます。陛下・・・。」
「この忙しい時に、困ったことをしてくれたわねえ〜」
顔は笑ったまま、心なしか、陛下の声が尖った。
私は「来た!」と胸のうちで思った。
やっぱりだ。怒っている。
私は自然に目を伏せた。

私はとことんこの新女王に頭が上がらない。試験を放棄したアンジェが聖地に残れるようになったのは陛下の口利きのおかげだったし、それより何より・・・候補生時代から、私は何かと彼女には負い目のある立場だった。

「誰のせいよ・・・・」
「はぁ・・・。」
私は答えに詰まった。誰のせいかと言われても・・・。それは私のせい・・・なんだろうか?
「こんな忙しい時期に子供ができたのは誰のせいかって言ってんの!」
「えっ・・・・あっ・・・それは・・・」
私は思わず数歩、後ずさりした。
陛下はピタリと私の鼻先を指差した。
「・・・・・あなたのせいでしょ。」
「・・・は・・・はい。」
「責任をとってもらうわ。」

「せっ・・・責任・・・ですか〜?」



――こうして私は、アンジェのつわりが治まるまでのしばらくの間、彼女の仕事の代わりを務めることになった。

最初は何とかなるだろうと思っていた。
仕事の内容は彼女からよく聞いていたし、実際に手伝ったこともあったし・・・。
しかし始めて見ると、そんな生易しいものではなかった。私はあっという間にお手上げ状態になった。

「ですからー。何度も言ってるでしょう。あなたがたしかいないんですってー。」
「っせーな。やなもんはやなんだよ。なんで俺がこいつと行かなきゃなんねーんだよ。」
「ルヴァ様、俺も協力したいのは山々ですけど、ゼフェルがこんなんじゃ到底無理ですよ。お互いに信頼関係がなきゃ、一緒にやったってうまくいきっこないです。」

ごく簡単な視察の依頼ですら、こうだった。私は頭を抱え込んでしまった。

「どうしたんですかー。みんな、深刻な顔しちゃってー。」

扉を開けて入ってきたのはアンジェだった。 これこれと説明すると、アンジェはおかしそうにくすくすと笑った。
「もー。二人とも、自分達しかいないって分かってるくせに・・・。」
「何言ってんだよ。他にもいくらでもいるだろーが。」

するとアンジェはいきなり両手を顔の前であわせるようにして、ちょっぴり上目づかいで、いとも可愛らしい声と表情で 「二人とも・・・・お願い!」 と、言ったのだ。

「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」


「しょーがねーなー」
しばらくの間の後に、ゼフェルがため息混じりにそう言った。
「分かったよ。大丈夫。俺達、陛下の期待に応えられるようにがんばるよ。」
ランディが妙に張り切った声で答えた。

ふたりは「打合せしよーぜ」とか言いながら、和やかに部屋を出て行ってしまった。
たった今彼女が繰り出した必殺技にあっけに取られている私に、彼女は「エヘヘ」っと照れたように笑って見せた。
こんな反則があっていいんだろうか?私が1時間かかって説得してもなんだかんだとごねていた二人が「お願い!」と言われたとたんに手のひらを返すように承知するとは・・・。
私は再び頭を抱えた。自分の妻がこんなに油断のならない小悪魔とは思っても見なかった。

「ねええ・・・・仕事続けていいでしょ?」
アンジェが甘えた声で言った。私はちょっぴり嫌な予感がした。
そして、アンジェは予想にたがわず、私の手を握ってさっきの何十倍も可愛い表情と声でこう言ったのだ。
「ねえ。・・・・お願い。ルヴァ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちゃんと、生まれてからですよ。」
もうお手上げだった。全面降伏しかない。
「はい。ルヴァ。」
元気に返事をすると、アンジェはいとも幸せそうな笑顔になった。


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