2.星空

Luva


バルコニーで伸び上がって星空をながめていたユーリが、ふいに私を振り返って言った。
「ねえお父さん、お星様は毎晩誰が電気をつけてるの?」
ユーリも最近はめっきり口が回るようになって、それと同時に「なぜ?」の問いかけが増えた。私は足元で星空を見上げているユーリに笑って答えた。
「ユーリ。お星様はねー、誰かがつけてるんじゃなくて、自分で光ってるんですよー。それも一日中ずーっと光ってるんです。昼間見えないのは、お昼はお日様が光ってるでしょう?それがあんまり明るいから、それでお星様が見えないんですよー。」
「どうして自分で光るの?僕は光らないよ?なんでお日様が光るとお星様は見えないの?お昼はどこにいるの?一日中光ってたら、お星様はいつ寝るの?」
一つ答えると五つ、六つと質問が返って来る。これも最近のパターンだった。

「ユーリにはまだ難しいですよー。」隣に立っていたアンジェリークが、くすっと笑うとかがみこんでユーリの両手をとった。
「ユーリ、お星様はねー、毎晩夜になると、ユーリに会いに来てくれるのよ。」
「アンジェ、子供にうそ言っちゃ・・・」
苦笑する私にアンジェは肩をすぼめてみせた。
「あら、ウソじゃないわよ・・・ ほーら、ユーリ、ご覧なさい、お星様が言ってるでしょ?」
『こんばんわ、ユーリ!』
アンジェリークが頭のてっぺんからおどけた声を出すと、ユーリはたちまち嬉しそうに歓声をあげた。
「こんばんわ!」
『ちゃんと晩御飯は食べた?』
「食べたよ!あのね、おじいちゃんが作ってくれた卵焼きだよ。おいしかったよ!」

「お星様とお話できて良かったわねー。ところでユーリ、そろそろお休みの時間じゃない?」
アンジェリークがいつものトーンに戻ると、ユーリは残り惜しげに星空を見上げたまま、今度は私の足元にまとわりついてきた。
「僕、今日はお父さんと寝る。」
「ごめんね、お父さんは今日まだお仕事があるんですって。お母さんじゃだめかなあ?お話してあげるけど?」
「そうなの・・・じゃあ、お母さんでもいいよ。」
母親の言葉に、ユーリはやや不満そうながらもおとなしくうなずいた。こういうところは実に聞き分けのいい子供だった。

「はいはい。すみませんねえ、お父さんじゃなくて・・・・・」肩をすくめると、アンジェリークは私のほうを見て「寝かしてきちゃうから」と言って微笑んだ。
「おやすみなさい。お父さん。」
「お休み、ユーリ。」
母親に手を引かれてゆくユーリを見送ると、私は書斎に戻ってデスクに積み上げられた本の山に手を伸ばした。


最近家に調べ物を持ち帰ることが増えた。

辺境の状況がどうにも慌しい。あちらを押さえればこちらといった形で、モーグイみたいな組織があちこちで盛んに暗躍していた。彼らはあきらかに連携しているようなのだが、そのルートはまだ洗い出せてはいなかった。
過去の似たような事例を探し、その資料を洗い出して対策を考えるのが私の仕事だった。
一日書庫に篭っても追いつかない作業量だったけど、遅く帰るとユーリの顔が見られない。
夕食の時間だけはいったん家族で顔を揃えて、それから仕事に戻るというのが最近のスタイルになっていた。

しばらくすると、アンジェリークが湯飲みののった盆を手に戻ってきた。
「やっと寝てくれたわ。もう、段々誰かさんに似て宵っ張りになってきて・・・・。」
苦笑しながら私のデスクに湯飲みを置くと、そのまますぐに少し離れたデスクの端末の電源を入れる。 私がデスクに積み上げた本の山を端末の前に運ぶと、アンジェリークは軽やかなキーボードの音を立ててデータ―を入力し始めた。
これがこのところの二人の日課のようになっていた。
何しろ資料の量が膨大すぎて、探すだけでかなり時間を取られてしまう。見つけた関連資料は端末に入力して聖殿や王立研究院とも情報を共有することになったのだ。
資料をピックアップしてコメントをつけるのが私の役目で、アンジェは毎晩それを申し分ない速度で入力してくれた。

アンジェに手伝ってもらうようになって作業の進度は随分早まった。簡単な走り書きでも彼女なら的確に私の言いたいことを理解してくれる。必要と思えば彼女の方から質問してくれる。時として私の方がうっかりして見過ごしているようなところも、彼女が抜け目無く確認してくれていた。アンジェは仕事の上でもやはり一番信頼できるパートナーだった。

山のような資料が段々に片付いてくると、アンジェがつと席を立って、私のそばに歩み寄ってきた。
「今日はどうするの?まだやる?」
手元に準備していた山はそろそろ片付きそうだった。 私は広げていた本の表紙を閉じると立ち上がった。
「今日はこの辺にしましょうか?」

「ねぇ、ルヴァ。」
「はい?」
「今日、疲れてる?」
「いえ・・・そうでもないですけど。」
アンジェは急にパサッと音を立てて私の懐にもたれてきた。
「じゃあ、今日、抱いて・・・・だめ?」
私の胸に頬を押し付けて、顔をあげないままアンジェが言った。

彼女から誘ってくるのはついぞないことだった。 そう言われてみればここしばらく毎日がとてもあわただしくて、二人ともそれどころではなかったのだ。
自分で言っておいて恥ずかしさに顔もあげられなくなっている彼女はとても可愛かった。
「だめなわけ、ないでしょう?」
私は頬を染めてうつむいてしまっている彼女の顔を無理やりあげさせると、一つ唇に口づけて、そのまま彼女のほっそりした体を抱き上げて寝室へと向かった。
そのまま慌しくお互いを確かめ合って、抱き合ったまま眠りにつこうとした時には、もう時計は新しい日付に変わっていた。

そして・・・・

丁度うとうとしかかったその時、私はアンジェに揺り起こされた。

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