4.誕生日(1)

Angelique


ユーリがやっと寝付いてからも、私たちは居間でまんじりともせずに息を殺していた。

「寝ぼけてただけなんじゃないの?」

少しでも気持を引き立てようとして私が言った言葉を、ルヴァは簡単に打ち消した。
「あなたも見たでしょう?あれはサクリアではないにせよ、何かの力です。」
そしてルヴァは、テーブルの上に置かれた拳銃に視線を移すと言った。
「・・・・ヘイロンが持っていた、地下道であなたが曲げた拳銃です。」
「そんなこと、どうして分かるの?」
「もともとの持ち主はエドワードです。彼のテントで見た覚えがあるんです」
「拳銃なんて、似たようなものがいくらでもあるんじゃ・・・・」
言いかけた私に、ルヴァは無言で拳銃を取り上げると、側面の小さな何か引っかいたような傷跡を示して見せた。
「そんなの・・・・偶然でしょう?」
ルヴァは私の質問に答えるかわりに、いきなりソファーから立ち上がった。

「どこに行くの」
ルヴァは青ざめた顔で振り向くと
「調べるんですよ」
言うなりガウンの裾を翻して居間を飛び出していってしまった。
階段を降りる足音が遠ざかってゆく・・・・・。

取り残された私は、ひとり言い知れない不安に駈られていた。
こんなことは初めてだった。
ルヴァが私をこんな不安な気持のまま置き去りにしたことなんて、今までに一度だってなかった。
こんな時こそ傍にいて欲しいのに・・・・・
こんな時だからこそ、二人で考えなきゃいけないのに・・・・。

私は意を決して、階下へ降りてゆくと書庫のドアに手をかけた。

鍵がかかってる・・・・・?

書庫のドアに鍵がかかってたことなんてなかった。
入ってくるなってことなんだ。
私はドアの前で力なくうなだれた。

そうしてその晩私はひとり居間のソファーでルヴァを待ちながら、眠ることも出来ずに夜明けを迎えた。




明け方になってルヴァは青ざめた顔で書庫から出てきた。
着替えるなりそのまま外に出ようとするルヴァを私は追いすがるようにして引きとめた。
「どこに行くの?」
「ここにある資料だけでは確実なことは分かりません。資料館と研究院を回って資料を探して来ます。夕べのことも報告しないと」

ルヴァの言葉に私は仰天した。
「ジュリアス様に言うつもりなの?」
「黙ってるわけにいかないでしょう?」
「どうして?子供が寝ぼけていたずらしてただけかも知れないじゃない?どうしてそんなに大げさにするの?あの子が何か悪いことしたって言うの?」

「アンジェリーク」
ルヴァはびっくりするくらい厳しい表情で私を見ると、ゆっくり、言い聞かせるように言った。
「これはもう、私たちだけの問題じゃないかもしれないんです。」

私は今にも馬車に乗り込もうとするルヴァにすがるようにして言った。
「ねぇ、言わないで。・・・せめて一日待って、ちゃんと調べてからにして!」

どうしても・・・・どうしても今日だけは、誰にも何も言わないで欲しい。
今日だけは何もなかったことにしておいて欲しい・・・・。

ところが、私のこの言葉も結局ルヴァを引き止めることはできなかった。
「調べたんですよ。・・・・・これからそれを、確認しに行くんです。」
そういうとルヴァは私をそっと押しのけるようにして馬車を出してしまった。


私は呆然として去ってゆく馬車の跡を見つめていた。

どうして?・・・どうして今日じゃなきゃだめなの?

だって今日は・・・今日はあの子の誕生日なのに・・・・・。


 

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