9. 血の清算

Luva


玄関先にいくつもの馬蹄の響きが聞こえてきた。
私が帰り着いてきっかり20分後だった。
誰が来たのかは分かっている。本当なら私より早くたどり着けたはずなのに、何とか苦労して時間を稼いで来たのに違いなかった。
私は自分で玄関のドアを開いた。

「出頭命令だ。」
オスカーは完全に無表情で、私の前に令状を示して見せた。
読む必要は無い。私はひとつうなずいた。
「分かりました。すぐに行きます。」
「分かっていると思うが、ユーリも連れてきて欲しい。」
「今寝付いたところなんです。・・・・支度をさせるので、ちょっと待っていてください。」

私はオスカーを玄関先に待たせたまま、屋内に引き返して、待ち構えていた執事さんにこっそりとささやいた。
「裏口から馬車を出してください。」
「用意してございます。」
間髪いれずに執事さんが答えた。


裏口に回ると、 やはり、思った通りだった。
オスカーが連れてきた衛兵達は玄関口だけを囲んで、裏には一人もいなかった。 彼の手抜かりの筈は無い。『逃げろ』と言っているのだ。
何時の間にか自ら御者台に乗り込んでいた執事さんに、私はただ行く先だけを告げた。
「王立研究院にやってください。」


アンジェリークとユーリは向かいで硬い表情で押し黙っていた。
アンジェリークは私に何をしようとしているのか聞きたそうにしていたが、私は敢えて説明しなかった。下手に説明して考える時間を与えるとアンジェリークに反対される危険がある。だけど、ここはとにかくユーリを、・・・ユーリをどこか「ここ以外」の場所に逃す必要があるのだ。


案内も請わずにそのまま研究院の館内に入ると、顔見知りの研究員が訝しげな表情で歩み寄ってきた。
「ルヴァ様、今日は何か打ち合わせが入っておりましたでしょうか?何かお調べものですか?」
ここにはまだ聖殿からの連絡は来ていないようだった。来ていないはずはない。大方、これもオスカーが差し止めたのだろう。
「連絡も入れずにすみません」
私は研究員に向かって笑いかけた。
「緊急の公務なんです。次元回廊のゲートの鍵をお借りできますか?」
「はぁ・・・・」
研究員は妻子を連れた私をいささか不審に思ったようだったが、それでも長い付き合いなので私にすんなりと鍵を渡してくれた。
いっそ刃物でも突きつけたほうが、彼も後で責任を問われずにすむのだろうが、さすがにそれはできなかった。

次元回廊を起動させると、私はマニュアルの内容を思い出しつつ、黙ったまま行き先を主星に設定した。
「ここを出るの?」
アンジェが不安げな顔をした。
ゲートが開いた。
私はその中にアンジェとユーリの二人を押し込んだ。
「主星で待っていてください。必ず迎えに行きますから。ユーリを頼みます。」
「待って!あなたは?あなたはどうするの?」
アンジェの顔が泣きそうに歪んだ。
「ユーリのサクリアが有害じゃないことを立証して、それであなた達を迎えに行きます。」
「だったら、私たちも行かない!一緒に残るわ!」
私は黙って起動スイッチを押した。
「ここにいるとユーリが危ないんです!ユーリが殺されてもいいんですか?」

アンジェリークの表情が硬直した。

「必ず・・・迎えに行きますから。待っていてください。」
「・・・・・ルヴァ・・・・・。」

凍りついたようなアンジェリークの表情を最後に、ゲートが閉まった。
次元回廊が動き出すのを確認すると、私は馬車に駆け戻った。

馬車の前では執事さんがひとりぽつんと佇んでいた。

「どうして・・・・どうしてご一緒にお行きにならなかったのですか!」
なじるように言う彼に、私は笑って首を横に振って見せた。
「・・・・屋敷に戻ってください」




玄関先に立ったまま、オスカーは辛抱強く私を待っていた。
私の姿を見ると、オスカーは手を振って回りの衛兵達を遠ざけた。

「一人で帰ってきたのか?」
「あなたには、本当に申訳ないことをしました」
私はオスカーに向かって深々と頭を下げた。
この件で彼は処分を免れられないだろう。 女王の夫であるという立場からしても、手心を加えられることはないはずだった。

「どうしてお前も行かなかった?」
私の顔を正面から見据えてオスカーが言った。
「私は守護聖ですからね。このサクリアがある限りは、ここを出ることはできません。」
私は黙り込んでしまったオスカーに向かって、微笑みかけた。
「行きましょう」





聖殿の間には守護聖全員が顔を揃えていた。
私を連れたオスカーが聖殿の間に現われると、陛下は玉座を立って歩み寄ってきた。
陛下は柳眉をあげて責めるような眼差しで私を見た。

「早まったことをしてくれたわね。あなたらしくないじゃない」
そして更にオスカーを振り向いて
「あなたも!どうしてみすみす行かせたの!?」
地団太を踏みそうな勢いで言った。

「申訳ありません。」
オスカーは短く言うと深々と頭を下げた。

分かっている。それは私もオスカーも分かっているのだ。
陛下には私たち家族を傷つけるつもりはない。何とか守り通そうとしてくれている。それはこの場にいる守護聖たちも皆そうだった。 だけど、だからこそ、私たちはそれに甘えるわけにはいかないのだ。
女王の治世は固まったかのように見えるが、まだ不安定だった。何代も前から引きずっている宇宙の綻びは、現女王ロザリアの血もにじむような努力の上にやっと癒えてき始めたばかりだった。
異端のサクリアの伝承は聖地に深く根を張っている。以前異端のサクリアが発生した時も、地の守護聖を擁護するものと処分しようとするもので軍も王立研究院も聖殿も真っ二つに割れたのだ。
表立って口には出さないものの、禁忌を犯して結婚した女王と炎の守護聖のことをとやかく言う輩もいないわけではなかった。
ここでこの時期に聖地に不和の種を残すわけにはいかなかった。
それに・・・・
確かにユーリは、黒い力を持っているのだ。

「ジュリアス。命令です。すぐに二人を探し出しなさい!」
「お待ちください。」
私は即座に出て行きかけたジュリアスを引き止めようと、渾身の力で叫んだ。
「確かにユーリは黒いサクリアを使います。それは私も自分の目で見ました。ですが・・・いったん聖地の外に出れば、陛下の結界がある限り再び自由に入ってくることは不可能でしょう。あれの母親もついています。危険は無いとは言えませんが、かなりの確率で減るはずです。」
「何が言いたいの?」
私を見据える陛下の蒼い瞳を、私はゆっくりと、まっすぐ見つめ返した。
「二人を見逃してください。お願いします。反逆罪であることは承知しています。・・・・・・・責任は私が取ります。」

「止めさせなさい!・・・・ルヴァ!馬鹿な真似は止めて!」

頚動脈の位置は正確に把握していた。どこをどのくらいの深さで切れば即死するかは嫌になるくらい頭に入っていた。 私は袖に隠し持っていたナイフを抜くと、決まったその位置をできるだけ深く一息に切った。

どのみち二人の後を追うことはできない。
私がサクリアの尽きないうちに聖地を離れれば、宇宙は地のサクリアを失うことになる。 それだけはできない。それは許されることではなかった。

方法はただひとつ
私が死ねば、
新しい地の守護聖が、

宇宙のどこかで覚醒する。




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