11. 聖地脱出

Luva




頭の芯が疼く・・・・。


『本当に今日・・・・・』
『 クラヴィス様が言うには・・・・。』



聞き覚えのある声がした。


「明日には新しい地の守護聖が到着してしまう。そうなると厄介だな。」
「その場合は私の館に移しましょう。私が保護します。」

ジュリアス・・・・もう一人の声は・・・オス・・カー・・・・?

最初に視界に飛び込んできたのは白い壁だった。
何の調度もない、無機質な白い部屋。
そこに私は横たわっていた。

「ここは・・・・。」

私の声に、話し込んでいた二人が驚いたように振り向いた。

「目覚めたか・・・・。良かった・・・・。」
ジュリアスが安堵の表情を浮かべながら枕もとに歩み寄ってきた。

「ここは・・・どこ、ですか?」
「王立研究院の地下室だ。お前はここで半年の間眠っていた。」
「眠って?・・・どうして・・・?」
徐々に記憶が蘇ってきた。
私は死んだのだ。陛下の前で頚動脈を切った。・・・それが何故・・・・?

「そなたは異端のサクリアを持つものを逃したことで、処刑されたことになっている。 そなたを下界に逃すためにはそなたの地のサクリアを失わせ、新しい地の守護聖の覚醒を待たねばならなかったのだ。」
「首の傷は陛下が即座に応急処置だけした。すぐに完治させると地のサクリアが戻ってしまうからな。悪いが治療のペースを落として、半年の間仮死状態でいてもらった。」
「そんな・・・・そんなことをしてあなた達。」
「すべて陛下の思し召しだ。」
「陛下の・・・・。」
「動けるか?」
「はい。大丈夫です・・・。」
オスカーにそう答えたものの、体を起こしたとたんに首筋がひきつれるように痛んだ。思わず手をやると、そこにはうねるような傷跡が残っていた。
私は足元が多少ふらつくのを感じながら、何とかベッドの脇に立ち上がった。

「新しい地の守護聖が訪れると何かと騒がしくなる。すぐにでも出発した方がいい。」
そういうジュリアスの表情は苦渋に満ちたものだった。
私の体を気遣いつつも、事が発覚した時のことを案じているのだ。
私が危険なのはもちろん、関わったもの全員、そして何より女王陛下の身にも累が及んでしまう。 聖地に大きな混乱を引き起こすことになり兼ねなかった。
私は即座にジュリアスにうなずいて見せた。
「分かりました。・・・・あの・・・・ ひとつだけ、・・・・・執務室にあるもので、ひとつだけ持って行きたいものがあるんです。」

「・・・・これじゃないのか?」
オスカーが無造作に差し出したものを見て、私は驚いた。
執務室の机の上にいつも飾ってあったアンジェリークとユーリの写真。 それは確かに私が、ただ一つだけ手元に置きたいと願ったものだった。
「・・・・・ありがとう。」
私は僅かに震える手で、その写真を受け取った。


「アタシ。・・・開けるよ。」
ノックもなしに小声でそう言って入ってきたのはオリヴィエだった。
オリヴィエは私の姿を見ると
「・・・・予定通りだね。」
そう言って、いつもの彼らしくもないちょっと悲しげな笑顔を見せた。

「着替え、持ってきたから 」
「オリヴィエ・・・」
「さっさとターバンとって帽子かぶんな。あんたのそのターバンと来たら目立つことこの上ないんだから。」
そう言いながらオリヴィエは、ベッドの上に持ってきた衣類をぶちまけた。
「早くっ!遅くなると逃げにくくなるよっ!メイクされたいのっ!」
「はっ、はい!」

着替えが終わると、オリヴィエは私をせきたてるように、研究院の小部屋からひっぱりだした。
ジュリアスとオスカーにゆっくり別れを告げている時間はなかった。慌しく目配せするのが精一杯だった。


建物から外に出ると、ひんやりとした風が頬にふれた。
日差しが目にやたらまぶしかった。

「ダーリン、はい、腕組んで。」
まだ足元のふらつく私の腕にそういいながら腕を絡ませると、オリヴィエは意外と力強く私を支えてくれた。 言われてみればオリヴィエは、かなり彼にしては地味な服装で、しかも女装していた。

「・・・・みんな、知ってるんですか?」
私は恐る恐るオリヴィエに尋ねた。
知っていて黙っていたとすると、それだけで十分に反逆罪になりうる。なるべくならみんなを巻き込みたくは無かった。

「あんたが目覚める日を水晶球で時間単位まで言い当てたのがクラヴィス。 リュミエールは広場で握手会つきのコンサートやってこっちに人が来ないように、人を集めてる。 お子様達には、はっきりとは言ってないけど、まあ、みんな分かってるよ。」
「・・・・・すみません。」
私はうなだれて誰にいうともなく詫びた。
私ひとりで済ませるつもりが、結局そうはならなかった。それどころか、みんなをとんでもない危険な行為に引きずり込むことになってしまった。


王立研究院の本館に回りこむと、守衛の替わりに立っていたのはなんとランディだった。

「おっ・・・お疲れ様です。」
かしこまって敬礼するランディの目が真っ赤に潤んでいるのを見て、私は胸が苦しくなった。
そうだった。ユーリが池に落ちた時、一瞬もためらわずに飛び込んで助けてくれたのは彼だった。
「ありがとう・・・」
そっと呟いて頭を下げると、私はオリヴィエに引っ張られるようにして建物の内部に向かった。


どこをどういう手回しをしたのか、中央管理室は日中だと言うのに無人だった。 オリヴィエはつば広の帽子を脱ぐと、私に向かって部屋の奥を指差した。

「あたしの係りはここまでだよ。後はあのボーヤの指示に従って。グッド・ラック。負けるんじゃないよ。」



背中を押されて向かった先に立っていたのは、ゼフェルだった。


「早く乗れよ・・・・行き先は主星になってるぜ。」
相変わらずの切り口上で、私に背を向けたままゼフェルが言った。
私は思わず目を閉じた。 やはり、彼まで巻き込むことになってしまった。 彼だけは・・・・彼だけは、こんな危険なことに首をつっこませたくは無かった。

「・・・・ゼフェル・・・」
「声だすんじゃねー!!!」
口を開きかけた瞬間に、逆に怒鳴り返された。
ゼフェルの声は震えていた。

「・・・・ったく、ばれたらどーすんだよ!」
背を向けてキー操作をしたまま、ゼフェルが呟くように言った。

「さっさと入れ!見つかったらやべーんだよ!」
言われて私は慌ててゲートをくぐった。彼の言うとおり、時間がかかればそれだけ危険が増すのだ。

「・・・・閉めるぜ」
そう言った後で、ゼフェルはやっと顔を上げた。
相変わらず口をへの字に曲げたまま、ゼフェルは泣き出しそうな目を見開いて、私に向かって早口で叫んだ。

「おめーんとこの執事、ウチに来てもらってるから、心配すんな。 絶対、ぜったい、二人を見つけろよな。」
ドアが閉まった。
閉まったドアの向こうで、まだゼフェルががなってるのが聞こえた。

「ばかやろー。幸せに・・・・絶対幸せになりやがれー!! でなきゃ、承知しねえからな!」





次元回廊が動き出すと、私は力が抜けて床に座り込んでしまった。
あまりにも慌しかった。
生きていること自体計算外だったが、こんな形で自分が聖地を去ることになるとは思ってもみなかった。

あまりにも多くの人たちを危険の中に巻き込んでしまった。

ぼんやりと顔を上げた視線の先に、緑の影が揺れているのが映った。
それは無機質なコントロールルームにはおよそ不似合いな、1本の草だった。

花ではなくて、なんの変哲も無い、1本の草。
冷たい機械に取り囲まれて、そこだけがはっきりと生きていた。
生きろ、と、そう言っているように聞こえた。

誰が、どんな気持で、このコントロールルームにこの草を挿したのか、分かる気がした。 紫色の澄んだ瞳が脳裏をよぎった。



探さなければならない。
アンジェリークを。ユーリを。なんとしてでも。



そのために私は生かされた。
みんながそれを望んでくれているのだ。










<導入部終了です>


ロンアルより。いらない後書きです。
暗くて無理が多い話ですが、ここまで読んでくださって有難うございます。
物語はこの後、展開部に入り、主星でルヴァを待つアンジェ&ユーリと
必死になって二人を探すルヴァ、彼らを失った聖地に別れて進行します。
三人は無事再会を果たすことができるのでしょうか?
ユーリの黒い力の正体は?
へたれ話ではありますが、続けて読んでいただけると光栄です!


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