12.移民船(1)

Farc


俺がその男と出会ったのは、主星から惑星ベータに向かう薄汚い移民船の中だった。


主星から自国に戻るのに、わざわざ薄汚い移民船に乗ってベータ経由で帰る道を選んだのは、人目に立ちたくなかったからだ。 今回の任務は隠密のものだった。一部の軍人や海賊達の中では俺の顔はけっこう知られている。いちいち身分証をチェックされる旅客機よりは、食いあぶれた連中を毎日溢れるほど辺境に送っている移民船の方が人目につき難かった。

そいつと会ったのは航海の5日目。とんでもない事件の真っ只中で、だった。5日目の未明。すし詰めの三等船室にいた俺たちは、ドカンという轟音と体ごと跳ね上がるくらいの衝撃に飛び起きた。


――おいでなすったな

俺にはすぐにピンと来た。海賊の来襲だ。この海域じゃ珍しいことじゃない。
船室はたちまち上を下への大騒ぎになった。悲鳴と怒号が飛び交い、パニックに陥った連中が右往左往する中で、俺はキャビンを抜けると、振動のおこった方角――オペレーションルームの方へ向かった。

オペレーションルームの中はひどいありさまだった。外壁だけは頑丈に出来ていたようで、モロに爆撃を受けても目だった外損はなかったが、変わりに安全装置がちゃちだったらしい、乗務員は大方振動で跳ね飛ばされて身動きもできないありさまになっていた。

オペレーションルームを狙うなんてプロの海賊のやり方じゃねえ。ヘタをすれば電気系統をぼろぼろにして大爆発を誘致しかねない。物取り目当てだったら絶対やっちゃけない下策だった。
俺がいつもの乗艦に乗ってたら、こんなシロウト海賊屁でもないが、あいにくここはオンボロ旅客機の中だった。

振り切るか・・・・最悪俺一人で脱出するしかなさそうだな。
こういう修羅場には慣れてる。俺はカクゴを決めていた。

その時点ではオペレーションルームにはもう、不安にかられた乗客が続々と詰め掛けてきていた。

―――すると

うろたえて右往左往するばかりの人ごみの間を縫って、ターバンを巻いた背の高い男が歩み出て来たかと思うと、ぽつんと操縦席の前に立ったのだった。男は操作盤をためつすがめつ眺めた上で群集を振り返ってこう言った。

「あのー。どなたか旅客機の操縦が分かる方はいらっしゃいませんか?」
別段大声で叫んだわけでもないのに、よく通る声だった。
しかも、この修羅場にあってほとんどの乗客が動転している中で、こいつの声は何やらのどかにすら聞こえた。

返事がないのを確認すると、そいつはやおら「ふぅ」っとばかりに肩で息をついて、操作盤のオートボタンを解除すると、いきなり操縦桿を大きく右に切った。
重力制御がおかしくなっているらしく、機内は大きくかしいで、何人かが床に転がった。 恐ろしく荒っぽい、ヘタクソな運転だったが、こいつがやろうとしたことは見事に的を得ていた。
敵機に向かってまっすぐに突っ込みかけていた機体は、大きくコースを変えた。

「すみませんねー。揺れますから、みなさん真ん中に立たないで、何かに掴まっててくださいねー。」
子供の遠足を引率する教師のような緊張感の無い口調で言うと、そいつはまた荒っぽく操縦桿を切って、どうにか向きを完全に逆転させた。

不思議な男だった。操作は恐ろしくヘタクソだったが、手順にはひとつも間違いが無かった。 しかもこの腹の据わり方は尋常じゃなかった。
―― どこのナニモノだ? 俺は興味が湧いた。

ゆっくりと歩み寄ると、平然として見えたそいつの額には薄っすらと汗が浮かんでいて、目つきは真剣そのものだった。

「おまえ、どこの軍の出身だ」
問い掛けるとそいつは操縦板から目も上げずに短く答えた。
「・・・民間人ですけど?」
「航空艇の操縦はどこで覚えた?」
「本で読んだんですよ・・・・数年前のことなので、かなりうろ覚えですけど・・・。」
「冗談だろう?」
するとそいつは、ちょっとだけ顔をあげてにこっと笑ってみせた。
「すみません。少し黙ってていただけますか?考えるのと操縦で精一杯なので・・・。」

確かに、こいつの操縦は訓練されたものではなかった。本当に民間人なのかも知れない。だとしたらこの度胸の据わり方は半端じゃない。
面白い。・・・俺は思わず言った。

「迎撃してやろうか?」
そういうと、そいつはやおら顔をあげてまじまじと俺を見た。
「やつら、いい気になって追ってきてる。ドカンとかましてやればビビるだろ?」
するとそいつは、またしてもにこっと笑ってこう言った。
「お願いします。・・・ただし、空砲で。脅かすだけで結構です。」
そして、ほんの一瞬何やら考え込む顔になったかと思うと、すぐに顔を上げてこう付け加えた。
「ええっと・・・じゃあ150カイリくらいまで近づいたらお願いします。びっくりして向こうが停止したら全力で振り切りますから。」
この計算も素人にしてはまずまずの線だった。俺は苦笑していった。
「200でいいだろ?最近のは射程距離が長い。あんたの運転で振り切れるか、そっちの方が心配だよ。」
男はにっこり笑うと「お任せします。」とだけ言った。

「あの・・・・自分が操縦を代わります。主星の航空学校生で・・・・まだ卒業はしていないのですが・・・。」
こいつのヘタクソな操縦を見かねたのか二十くらいの若造が名乗りをあげてきた。
「あー。お願いします。良かった。あまり自信がなかったんです。」
男はあっさり操縦桿を渡した。
「ええとですね、このまま前進して、向こうが200カイリまで追いついてきたら、彼に合図していただけますか?そしたら彼が迎撃しますんで、その後、全速力で退避して下さい。退避の方向は、今、ルートを調べますので。」
「分かりました。」

操縦桿を握りながら若造の手は震えているようだった。
ターバンの男は、ポンと小僧の肩に手を置くと、速度計をのぞきこんで、またしてものどか極まりない声を出した。
「速度はでますかねえ・・・。」
「ええ、・・・だっ・・大丈夫だと思います。」
つまらない分かりきった質問をしたのも、わざわざ体に触れたのも、この若造の緊張をほぐそうとしてのことだった。
妙にこなれたやつだった。俺はますますそいつに興味を持った。

操縦桿から手が離れると、そいつは今度はてきぱきと船内の消火や病人の収容の手配を始めた。 こいつの一種暢気な調子につられて、オペレーションルームに立ち込めていた殺気も徐々に治まり、みんなが冷静さを取り戻しつつあるようだった。 そいつは今度はどこからか海図の操作が出来るやつを探し当ててきて、じっと睨んでいたかと思うと、つかつかとこちらに戻ってきて、俺に向かって言った。
「ルート7を通って、いったん惑星ルナに避難させてもらおうと思います。」
「ふん。それで・・・?」
「あなたの意見を聞かせてください。」
「いいんじゃないか?・・・・というか、それしかないな。」


ふいに、オペレーションルームに子供の泣き声が響き渡った。
慌しく人が行き交う中で、突き飛ばされて転がった子供が怯えて泣き出していた。

ターバンの男は、すっと歩み寄ると、膝を折ってごく自然な動作で子供を抱き上げた。
「大丈夫、ちょっと、すりむいただけですよー。」
びっくりして見上げた子供の泣き顔に向かって、男はにっこりと微笑んで言った。
「男でしょ?泣いちゃいけませんよー。お母さんを守ってあげなさい。」
相変わらず目を丸くしている子供を、母親の方にそっと押しやると、男は今度は母親に向かって言った。
「ここは危険ですから、ラウンジの方に避難してくださいねー。大丈夫ですよ。すぐに終わりますから。」

戻ってきた男に俺は苦笑して見せた。
「五つかそこらの子供に男はねえだろう?」
ターバンの男は笑って答えた。
「そうですかね?五つでも100でも同じだと思いますが・・・。」

そしてそいつは再び計器に目を落とすと俺たちに言った。
「そろそろお願いできますか? では、迎撃の準備を。」

こいつと俺のベーシック極まりない戦法は図に当たった。
テキはよたよた飛行していたボロ船がいきなりぶっ放してきたんで、相当魂消たらしい。若造の運転もターバンの男にくらべればかなりマトモだった。


通信機の前にいた男が言った。
「ルナから着艦許可の返信が来ました。誘導してくれるそうです。ルナの警備隊もこちらに向かっています。」

しばらくすると警備隊の船影がレーダーにも映るようになってきた。
敵機との距離は目に見えて開いてきた。

「・・・・追うのをあきらめたみたいですね。」
何時の間にかとなりに立っていたターバンの男が言った。
「ああ・・・・ルナから警備隊が出動して来たからな。やつらも正規軍とドンパチする自信はないんだろう。」


「そうですね・・・」

そうつぶやくと、ターバンの男はいきなり俺たちに背を向けて、足早に船室を出て行ってしまった。

そして

ターバンの男は、それきりオペレーションルームには戻ってこなかった。




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