14.カイゼル(1)

Luva


―――ヨカナーン
ファルクは私をそう名付けた。
「禁欲主義の坊さんの名前だ。あんたにぴったりだよ。」
彼の言葉に私はただ苦笑して答えた。
名前など何でもいい。 とにかく正体がばれたら、あまりにも多くの人に迷惑がかかってしまう。

殺風景な空港に荒っぽく着陸すると、私はすぐに無機質な四角い建物に案内された。 草原の真ん中を丸く整地して、そこにいきなり都会的なビルを立てたような、なんとも不自然極まりない光景だった。
「ここが宮殿兼、総合司令室だ。俺たちの女王に紹介するぜ。ルビアって言うんだ。」

ファルクが陽気に並べたてる言葉に私は正直戸惑った。いくら小国とはいえ、よそ者をいきなり約束もなしに女王陛下に引き合わせるというのは、ちょっとばかり常識にはずれている。しかもファルクは女王の名前を呼び捨てにしていた。

最上階でエレベーターを降りると、ファルクは私の当惑にはお構いなしに、ずんずんと奥へ突き進み、目の前のドアをノックもせずに開くと
「ちょっと待ってろ!」
一言残してさっさと中へ入っていった。そして、入ったかと思うと、すぐさまドアの隙間から顔を出して私を手招いた。


決して豪華ではないが落ち着いた品のいい調度が並ぶ室内。

目の前に立ったのは背がすらりと高い非常に美しい女性だった。 黒い髪を長く垂らして、皮製の民族衣装のあわせからは真っ白な脚や腹部がちょっと目のやり場に困惑するくらい無造作にのぞいていたが、全体的な印象は知的で意志が強そうに、むしろ雄雄しくすら見えた。

「ようこそカイゼルへ。 ファルクを救ってくれたそうね。お礼を言います。」

よく通る明るい声だった。
凛とした外見に対して、その声は意外に温かかった。

「いいえ。」
私は拝礼すると言葉少なに答えた。
別に私が助けたわけではなかったのだが、事情を一言で説明するのは難しかった。
「頭のいい人ね」
「 えっ?」
「ファルクに聞いたわ。あなたがいなければ船ごと捕獲されてたわね。よくやったわ。しかも未経験で。度胸があるのね。」
「いえ、・・・それは・・・。」
大げさにほめたてられて私は却って慌てた。それは少し事実と違う。私のしたことは単に危険から逃げたというそれだけだった。
慌てて説明しようとする私を、彼女は手を振ってさえぎった。

「謙遜しなくていいのよ。時間がもったいないわ。単刀直入に言います。ここにいて私のために働いてくれないかしら。 艦隊を率いて戦って勝てる人材を探してるの。しかも、かなり切羽詰って。 あなたみたいな人が欲しいのよ。移民だろうが犯罪歴があろうが、構わないわ。 条件があるなら是非出してみて頂戴。秘密は守ります。」

彼女が流れるように口にする言葉を、私はほとんど呆気にとられて聞いていた。
「今会ったばかりの外国人を、そんなに簡単に雇っていいんですか?私がスパイか何かだったらどうするつもりですか?」
「あなたが・・・・?スパイ・・・?」
ルビアは一瞬目を丸くしたかと思うと、背をかがめてくっくっと笑いを漏らしながら言った。
「そのくらいの人を見る目はあるつもりよ。」
そしてルビアはまだ笑いを残したままの目を私に向けると、少し首をかしげて続けた。
「返事もすぐにもらえると有り難いんだけど。・・・・報酬は?希望はある?」

ルビアの目は私をまっすぐに見ていた。
彼女は信頼できる。私も理屈じゃなくそう感じていた。

「人を探しています。」
「人を見つければいいのね?分かったわ。」
私の言葉にルビアは迷うことなく頷いた。
「いつまでに見つけてもらえますか?」
「どこにいるか全く分からないの?どの星系とか、どの惑星とかも?」
「主星にいるはずです。」

ルビアは私の目をじっとみたまま、考え込むように白い指を頤に当てて、ふぅん・・・・と、口の中だけで呟いた。

「・・・・・1年。1年私のために働いて頂戴。その間のあなたの働きに納得がいけば、私もかならず答えて見せるわ。」

1年。・・・・私は答えに迷った。
これだけ自信ありげなところを見ると、彼女はそれなりの手段を持っているのだろう。もしかしたら主星のデータベースへのアクセス権も部分的には持っているのかもしれない。さっきの空港やこの建物の開発途上国に不似合いな設備の数々を見て、私はどうやら彼らが単なるこの惑星の国家軍ではないらしいことに気がつき始めていた。彼らはもしかしたら・・・・・ だとしたら彼らは、1年かけずに探し人を訪ね当てることも可能なはずだった。

「不満そうね。・・・確かに調べるだけだったら、2-3カ月もあれば十分よ。だけど、仮にあなたが他のどんな手段を使ったとしても、個人でこれ以上早く調べることは不可能だと思うけど?」
確かに彼女の言うとおりだった。遅いと文句を言う筋合いはない。私は顔を上げ、彼女の目を見返した。
「何をすればいいんですか?」
「さっき言ったとおりよ。辺境荒らしや海賊、我が軍を脅かすものすべてと戦うの。敵にダメージを与え、当方の被害を最低限に食い止める。もちろんすぐにとは言いません。1ヶ月訓練期間を与えます。その間に我が軍のすべてを学んでもらいます。」
「おい。こいつを船に乗せる気か?作戦司令室でいいじゃないか?」
慌てて口をはさんだファルクに、ルビアはさっきと打って変わった厳しいまなざしを向けた。
「きれいごと言ったって同じことでしょ?自分で殺すか、人に殺させるか、それだけの違いじゃない。いやなら断ってもいいわよ。無理強いできることじゃないし。」

「分かりました。お世話になります。」
彼女の言うとおりだった。そして私には他の選択肢はなかった。

「そう。・・・有難う。大いに期待させてもらうわ。それと、あなたの心配を取り除くことにはならないかも知れないけど、一つだけ言っておくわ。私たちは別に野武士でもなければ侵略戦争がしたいわけでもないわ。私たちが殺さなきゃ、もっと大勢の善良な市民がやつらに殺されたり売り飛ばされたりすることになるんだからね。」
「分かってます。・・・あなたがたは王立軍の下部組織なんでしょう?」

ルビアはちょっと眉をあげて私の顔を見た後、答えずに口元だけで笑ってみせた。

「ファルク、彼の面倒をみてあげて。1ヶ月で全部仕込むのよ。幹部向けの情報は全部彼にも流れるように手配して。それとあなた、後で部屋から尋ね人の情報を送って頂戴、分かってると思うけど、なるべく詳しくね。」
ひとしきり流れるように指示を下した後で、ルビアはもう一度私に視線を向けた。
「ところで、あなた名前は?」

「・・・・ヨカナーン。」
私は少しためらった後、先刻ファルクが私を呼んだ、その名前を名乗った。

「・・・そう。よろしく、ヨカナーン。」
片手を振りながら、その時にはもうルビアの目は私を離れて卓上の端末を追っていた。


こうして、不思議な縁から私はベータへは向かわず、惑星カイゼルに留まることになったのだった。


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