18.地の守護聖(3)

Zephel

もう、揉め事を起こすのはやめようと思ってた。
あいつの替りが来たら、あいつと思って助けてやろうと、そう思ってた。
ルヴァのことは忘れる。二度と口にしない。それが俺たちの申し合わせだった。下手なことすると逆にあいつらの首をしめかねない。 あいつらのために俺たちがしてやれることは、もう、祈ることくらいしかなかった。
だから俺は、せめてあいつが喜ぶように、あいつが全うできなかったことをしてやりたいと思ったんだ。
宇宙を平和に・・・・ あいつらがせめて平和に暮らせるように・・・・
そんなことを、俺は今更初めて考えだしていた。

だけど、あの守護聖は ジルオールは・・・。

着任式の式典中、並み居る守護聖の間をにこやかに会釈しながら通り抜けたあいつは、一番末席の地の守護聖の椅子の前に立って ・・・・そして、笑った。
それはどう見ても嘲笑としか呼べないものだった。
勝利を確信したものの、傲慢な笑みだった。
あいつは地の守護聖の座席を小馬鹿にしたような表情でじっと見詰めた後、何食わぬ顔でそこに腰かけた。

誰も気づいちゃいなかった。
そのくらい、ほんの一瞬の出来事だった。 ジルオールは、自分の座席にたどり着き座るまでの間、全員に背を向けていた。

俺だけが見てた。

例によって遅刻して、入り口の柱の影で息を整えていた俺が・・・俺だけがこの光景に出っくわした。
その笑顔は、ぞっとするなんてもんじゃなかった。
まじで総毛だった。全身の血が一瞬で逆流しそうなくらいの衝撃だった。

・・・こいつ、ルヴァのこと憎んでやがる。

稲妻が走るように、俺はそう直感した。
断じて、見間違えなんかじゃねぇ。




それから俺はこっそりとあいつのことを見張り始めた。

あいつの行動はごく普通で、自然で・・・だけど俺に言わせりゃやっぱどっかおかしかった。俺にはあいつがまるで、ルヴァの後をなぞって行動しているように見えた。
ルヴァの知り合い。ルヴァのやってた仕事。ルヴァの良く行く場所。ルヴァの行動・・・。 あいつはどこでも何をやらせても、ルヴァよりもちょっぴり器用にたくみにすべてをやってのけた。そして、そうやってあいつが通り抜けた後では、少しずつルヴァのやったことが塗りつぶされていくような・・・俺はそんな奇妙な感覚を感じていた。

あいつがルヴァんとこの執事を引き取りたいと言い出したとき、俺はまじで切れた。
ルヴァ達がいなくなって、ジジイは魂抜けたみたいになって寝込んでた。人の世話するどころじゃねー。かえって俺がジジイのメンドーみてる有様だった。
「いろいろ屋敷のこともご存知でしょうし・・・アドバイスをいただけたら、と思いましてね・・・・。」
愛想良くそういうあいつを俺は一瞬でたたき出し、そのことはあっという間に聖地中のウワサになった。

俺がルヴァを慕って、ガキみてーに理由もなくジルオールにつっかかってるって噂−−−見るからに人のよさそうなジルオールに誰しもが同情的だった。


言ってもどーせ誰も信じないだろーが、ルヴァの屋敷に火をつけたのは俺じゃない。
灯油を持ち込んで脅したのは事実だし、ルヴァやアンジェの大事なモン、こいつに触らせるくらいならいっそ燃やしてやろうかと確かにそう思った。だけど、炎が立ったのは着火する前だった。
確かに空気は乾いてて静電気の出やすい条件はそろってたけど、それにしてもタイミングが良すぎた。

そうして、2週間。俺が反省室に押し込められてる間に、あいつはさっさとルヴァの屋敷に引き移った。
ふざけんな。俺はゆるさねー。
とにかく俺は、アンジェとユーリの写真とか、せめてルヴァが大事にしていたものだけは、こっそり盗み出してでもあいつの手から奪い返すつもりだった。

そしてその夜。俺は庭の木伝いに地の守護聖邸に忍び込んだ。




見慣れたルヴァの部屋・・・・。
ジルオールは書棚を背にゆらりと立っていた。
あいつは分厚い本を手に何かぶつぶつとつぶやきながら、ものすごい勢いでページを繰っていた。そして、最後のページに差し掛かったかその瞬間、あいつは息を止めて手の中の本を一気に真っ二つに破り捨てた。

「てめっ・・・何しやがるっ!」
思わず飛び込んだ俺は一瞬目を疑った。 床には破り捨てられた本の残骸が一面に散らばっている。
「なん・・・だっ・て・・こんな・・ことを!」

ジルオールが驚いたような顔を見せたのは一瞬だけだった。あいつはすぐに普段の虫も殺さないような笑顔になった。
「おや・・・あなたでしたか?」
「おめー、いったい何のつもりだ!」
「何のって・・・もう要らないから捨てるんですよ。 読み返す必要は無い。全部この中に入ってますからね。」
ジルオールは笑いながら自分の頭を指差して見せた。
「馬鹿ですねぇ。前任の地の守護聖は・・・。 こんなに本を溜め込んで、後で読み返そうとでも思ったんですかねぇ。 私は違いますよ。一度読んでしまえば全部頭にはいってしまいますからね。読み返す必要なんてない。・・・・」
そういうとジルオールは小さく肩をすぼめて、くすくすと笑いだした。
「・・・・第一取っておくと、他の人も読むじゃないですか。」


「・・・・本性だしやがったな。」
睨みつける俺に、ジルオールはにっこりと笑い返した。ルヴァに良く似た穏やかで善良そうな笑顔・・・・俺はムカムカと吐き気を催してきた。

「かまいませんよ。誰かに是非、言ってみていただけませんか?実は私もそろそろ試してみたかったんですよ・・・・みなさんがどの程度私を信用してくださっているのか・・・。」

「邪魔なんですよ。あなたは・・・・。」

そういうとジルオールはゆっくりと床にかがみ込んで、そして突然切羽詰ったような大声を上げやがった。

「ゼ・・・ゼフェル様!何を・・・何をなさるんですか!やめてください!」

慌てたように使用人連中が数人飛び込んでくる。
ジルオールは床に散らばった本を手を震わせてかき集めながら、必死な表情で俺に向かって叫んだ。
「何かあるなら私に言ってくださればいいじゃないですか?これは前の方が集めた大事なものでしょう?それをこんな・・・・、これはあんまりですよ!」
「旦那様!」
「早く!早く聖殿に連絡を!」
この光景を目の当たりにした屋敷の連中は、外に向かってばらばらと駆け出していった。

説明する気もおきない・・・・腹が立つよりむしろ、俺はこいつ厚かましい芝居に反吐が出そうだった。
「たいした茶番だぜ・・・・役者になったほうがいいんじゃねーの?」
「・・・・どうも」
ジルオールはまたしても笑顔になると、俺に向かって軽く会釈を返した。

まじで一発ぶん殴ってやろーかと思ったその瞬間
「ゼフェル!またお前か!」
声がして、突然振り上げかけた腕を後ろからぐっと捕まれた。

声の主はオスカーだった。
まるですぐ近所にでもいたかのようなタイミングの良さだった。
こないだといい・・・・こいつ・・・ジルオールとグルなんじゃねーのか?
俺は思わずオスカーのアイスブルーの目を睨みつけた。

「自分が何をやったかは分かってるな?来てもらおう。まずジュリアス様の前で事情を説明してもらう。処分はそれからだ」
「話すことなんかねーよ」
俺は腕をつかんでいるオスカーの手を乱暴に払いのけた。


オスカーに引きずりだされて聖殿へ向かう道筋、俺は腹ん中で焼け付くような焦りを感じていた。
アイツにまんまとやられた・・・・かも知れねー。
下手するとこれでまた2週間くらい放り込まれるかもしれねぇ。
だけど、ついにあいつは本性を出した。
あいつは俺を蚊帳の外にしておいて、その間に、何かここでやらかそうとしているのかも知れない。



聖殿の階段を上がると、オスカーのやつ、何を思ったか急にジュリアスの部屋とは逆の方向にまがりやがった。
「あんだよ。ジュリアスんとこ行くんじゃねーのかよ!」

俺の言葉にオスカーは急に立ち止まり、こっちを振り向いた。
「その前に・・・だ。」
オスカーはゆっくりと俺に向き直ると、自分の執務室のドアを指差した。

「・・・・ 男と男の話をしないか?」



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